ヤクザで弁護士のあの人が、私の書いた恋愛小説を読んでいる。
07.デートのお誘い:夏樹side
「夏樹、おはよっ」
キャンパスに向かう朝の道で。
背を叩かれ、そう言って声をかけられる。
そこから私の横に並び、歩調を合わせてくれる彼女は、葛木美衣。
昨年初めに友達になった、同じ学部の同級生だ。
「おはよう、美衣」
「なんだか最近ごきげんだねー。鼻歌なんか歌っちゃってさ。何かいいことあった?」
「え、そ、そう? 私、歌ってた?」
「うん。すごく楽しそうにね」
「う……無意識だったわ。登校中にそれは、ちょっとアレだね……」
もう電車内で神島さんとおしゃべりするのは、毎日の習慣のようになっていた。
今日も彼とひとしきり話し、それから駅を出て大学に向かう。
だから多分、それが楽しくて浮かれていたせいだろう。
私は軽く胸を叩いて自分を戒める。
すると美衣は、何かを察したように、「あ、わかった」と小さく声をあげた。
「また賞をもらったんでしょ。小説書いてさ、それが結構いいとこまでいったみたいな。違う?」
「残念。そんなふうに連続して受賞できたらいいんだけどね。私の実力だと、まだまだ足りないかな」
「ふーん、そうなんだ……。じゃ、何なの?」
否定した直後、屈託ない笑顔でそう聞かれて私は固まった。
(えぇ……何て言えばいいのよ……。電車内で弁護士さんと知り合って、恋愛小説貸し借りする仲になったって……? い、言えない……! 絶対変に誤解されるわ……!)
「えーと……」
一拍置いて、私は慎重に言葉を選ぶ。
「わ、私の小説を面白いって言ってくれる人がいてね。リアルでそういうこと言ってもらえたの初めてだったから、すごく嬉しかったのよ」
「あー、わかる! 小説はわかんないけど、直で褒められるのって、やっぱ違うもんね。で、男の人?」
「うぐ」
何とか嘘をつかずに切り抜けたと思ったのに、答えにくい質問を追加されてしまう。
(どうしてピンポイントでそういうところ突いてくるかなあ、もう……!)
「そ、そんなわけないじゃない。私の書いてるのって女の子向けの恋愛小説だよ? 男の人で読んでる人なんて、そういないよ」
「なーんだ。そこから始まる素敵な恋……みたいなのを期待したのに。つまんないの」
「あのねぇ」
苦笑いしつつも、私は自分で言ったことにかすかな罪悪感を覚えた。
神島さんには「そんなこと気にしません」と言ったのに、この場を切り抜けるためとはいえ、思わず彼の趣味を否定するようなことを口にしてしまったからだ。
「男の人で、恋愛小説を読んでる人なんてそういない」なんて。
貶したわけではないにせよ、言った後、自分ですごく嫌な気持ちになる。
(ごめんなさい、神島さん……。もう二度とそんなこと言いません……思いませんから……!)
「あー、あたしも一回盛大にバズって、本とか出してみたいなあ。そしたら家族とかにも自慢できるのになー」
そんな私の内心を知るよしもなく、美衣は気楽な感想をつぶやく。
「バズってって……別に漫画描いたりしてるわけじゃないんでしょ? 単につぶやきだけで本になるとは思えないんだけど……」
「あー、そっか。そういうものなんだ」
「美衣……あんた何も考えずに言ってるでしょ」
「あはは、バレた?」
他愛ない会話でお互いに笑い合う。
というか、自慢したい家族がいるなんて、うらやましいなと私は思った。
と、その時。
「ポコン」と、アプリに連絡が入った音が聞こえた。
私はスマホを取り出し、画面を開く。
さっき別れたばかりだけど、神島さんからのメッセージだった。
何だろうと中身を確認して、思わず声をあげる。
「ええぇっ……!?」
「何、どうしたの、夏樹?」
「な、何でもない。き、気にしないで」
そう言いながら、もう一度画面を確認する。
そこには彼からのお誘いのメッセージが書かれていた。
『──いつもよくしてくれてありがとう。今日もとても楽しかったです。そのお礼と言ってはなんだけど、来週あたり食事でもどうですか。駅前においしいお店があるので、よければご馳走させて下さい』
いかにも彼らしい、気取りのない手慣れた感じの文面だった。
そんなさらりとしたお誘いに、逆に私は戸惑ってしまう。
(これって、もしかして……もしかしなくても……で、デートのお誘いってこと……!?)
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