第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

309 スキルゴリ押しスパイ大作戦

 またも繰り返しになってしまうが、この世界は野球狂神のせいで野球が国家間のパワーバランスを決定する最大の要素となってしまっている。
 つまるところ、WBWの優勝国がそのまま覇権国家となる訳だ。
 故に野球の技術やそれに付随する情報は前世で言う軍事機密のような扱いを受けており、外国の、特にアメリカの野球に関する情報を得ることは極めて難しい。
 前世からすると異様だが、これが今生の常識ということになる。

 とは言いながらも、海外旅行や海外出張は普通に行われている。
 少なくとも自由主義国家であれば、外国人の野球観戦も禁じられてはいない。
 ただ、手荷物検査などのセキュリティ対策が前世の比ではなく厳しい。
 これは自国民だからと例外になるようなことも基本的にはない。
 特にアメリカでは球場にスマホを持ち込むことすら禁止されているため、家に置いてくるか、事前にどこかに預けておくのが当たり前だと聞く。
 アチラの球場には、デフォルトで預かりサービスもあるらしい。
 野球観戦をしていれば連絡がつかなくても割と許される風潮もあったりするようで、それを都合よく利用したりしている悪い社会人もいるとかいないとか。

 それはともかくとして。
 そんな厳戒態勢を承知の上で観客席に撮影機器の類を持ち込もうとしようものなら、たとえ未遂だったとしても問答無用で逮捕されてしまうことになる。
 しかも、前世で言う軍事スパイに相当するような重罪で、だ。
 それこそアメリカなら極刑もあり得るレベルの話ということになる。
 まあ、さすがにそこまで行くのは余程意図的で悪質な場合のみのようだが……。
 アメリカの最先端の野球を容易に分析できるような環境ではないのは確かだ。
 そのせいもあって日本の野球は前世よりも技術的なブレークスルーのタイミングが遅れに遅れ、長らくフィジカル偏重が罷り通ってしまっていた訳だ。

 勿論、世界を見渡せばアメリカに対して小細工を仕かけた国はいくらでもある。
 実のところ、日本もそういう方向に行きかけたことが過去にはあったようだ。
 しかし、一見すると大味に感じるアメリカが全て容易に弾き返してきた。
 彼らはWBWの歴史上、1度たりとも世界最強の座を譲ることはなかった。
 結果、まず身体能力の差を縮めないと戦術も何もないという認識が広がった。
 フィジカル偏重の風潮を強固なものとした要因は正にそれに違いない。

「この辺の話は余談だけどね」

 前世と比較した部分を除いて。
 おおよそそんな感じのことを、ある種の元請けのような立場から仁愛さんがまず本題に入る前の確認事項として説明を行った。
 それを傍らで聞いて、やはり活発な技術交流とそこで得たものを活用できる人材あってこその野球における日本の前世の立ち位置だったのだろうと改めて思う。
 これもまた余談だが、いずれにしても。
 アメリカ代表に関する情報を集めることの難易度の高さについては、全員過不足なく再認識することができたはずだ。

「超小型カメラを隠し持って試合を偵察、なんてことは絶対無理だもんね~」
「ええ。さすがにそんな危ない橋は渡れません。画質も怪しいでしょうし」

 どこぞの国は逮捕上等の鉄砲玉的な国民を何人も送り込んで盗み撮りしているそうだが、少なくとも俺個人の裁量で手配できる範囲でそんな真似はさせられない。
 だからと言って、肝心な部分が巧妙に隠された公式生中継の映像からどうにかこうにか得られる情報だけでアメリカ代表に挑むのは余りに心許ないのもまた事実。
 敵を知り己を知れば百戦危うからず……と言うには相手が余りにも強大過ぎて勝ち目は乏しいが、可能な限り精度の高い情報を収集して戦いに臨みたいところだ。

「アメリカ代表と最後に直接対決した前々回WBWの日本代表メンバーからの聞き取った書にも目を通しましたが、正直なところ役に立ちそうもありませんでした」

 嘆息気味に告げた佐藤さんに、同意するように深く頷く。
 そもそもが2-52という歴史的大差で負けてしまった試合の話だ。
 しかも、途中で控え選手に総入れ替えされる舐めプを食らった挙句の出来事。
 それだけに元々大して期待していなかったので無駄なぬか喜びはせずに済んだものの、完全に予想通りだったのは何とも言えないところだ。
 まあ、それはそれとして。

「だからこそ、皆さんに協力を仰いでいる訳です。内容は前々からお伝えした計画の通り。これなら逮捕されることもなく、比較的正確な情報を得られるはずです」
「そうかもだけど……ちょっと個人技能に依存し過ぎじゃないかな?」

 と、陸玖ちゃん先輩が藻峰さんと五月雨さんの2人をチラチラと見るようにしながら、彼女達を気遣うように俺に尋ねかける。
 特に負担の大きい2人を心配してのことだろう。
 陸玖ちゃん先輩が口にした通り、今回の計画は2人の個人技能……もとい【生得スキル】がなければ成立し得ないものなのだから。

「ですが、この計画を実現できそうな正確な記憶力を持つ人は、俺の知る限り2人しかいませんでしたので。申し訳ありませんが、お二方に頼らざるを得ません」

 藻峰さんの【完全記憶(野球)】。
 五月雨さんの【瞬間記憶】。そして【俯瞰】。
 前々から青写真を描いていた俺にとって2人は正に探し求めていた人材だった。

「正確な記憶力って言っても、野球に関してのことだけだけどね!」
「ひ、秀治郎選手に頼って貰えて、恐縮です……!」

 スキルの存在は知らずとも、この世界で20年以上生きてきた彼女達だ。
 何だか野球関連の知識は妙に身につく気がするな、とか。
 集中すると視野が広くなって細かいところまで記憶できるようになるな、とか。
 1から10までとは言わずとも、ある程度は自分の能力に気づいていたはずだ。
 そして、彼女達の記憶に関する特性は近しい人間ならば知っている。
 この計画が正にそれを軸にしていることもまた。

 内容としては単純なものだ。
 藻峰さんと五月雨さんにアメリカへと飛んで貰い、特にWBWにも出場して大きな活躍を見せているレジェンドの魂を持つ選手の出場試合を観戦して貰う。
 それを先述したスキルで正確に記憶して貰い、日本に持ち帰ってくる訳だ。
 非常に属人的ではあるものの、電子機器を全く使用していない以上、大手を振って情報収集することができるだろう。

 とは言え、その情報が保存されているのは2人の頭の中だ。
 この世界、この時代では記憶をデータ化して取り出せるような技術はない。
 言葉を尽くして出力しようとしても、他人に100%伝わることはまずない。
 そこで出番となるのが今回招集したレアキャラ。もとい3人の男性だ。

 2人の監修の下、現実の動きをリアル等身の野球ゲームに落とし込んで再現した映像を作り出すことで視覚的に分かりやすく、かつ正確性の高い情報を作り出す。
 それこそが彼らの役割という訳だ。
 当然ながら、微調整は藻峰さんと五月雨さんの記憶頼り。指示頼り。
 渡米した上で何試合も、場合によっては東海岸と西海岸を往復しながら観戦するだけでも重労働だが、更に日本に帰ってきてからも細かい作業が待っている。
 2人の負担が最も大きいことは、この場の誰もが認識を同じくするところだ。

「月雲、確認だけど、本当に大丈夫? もし無理そうだったら──」
「だ、大丈夫」

 陸玖ちゃん先輩の心配そうな言葉を遮るようにして、五月雨さんが答えた。
 ちょっと頼りなさげな口調とは裏腹に、表情は決意に満ちている。
 彼女も彼女で最初に会った時に比べて余りオドオドしなくなった。
 こうして何度も会っているので、さすがに慣れたのだろう。

「最先端の野球をたくさん見られる貴重な機会だもん。逃すなんて、できないよ」
「そうそう。しかも、自分のお金じゃなく、だもんね!」

 藻峰さんの現金な発言は全くその通り。
 これはインターンシップの一環なので、自腹を切らせるつもりは毛頭ない。
 更に言えば、ボディーガード的なサポート要員として仁愛さんと轟さん、そして世話役のような立場で陸玖ちゃん先輩と佐藤さんも同行する予定となっている。
 少しでも心理的な負担が軽減されるように。
 サークルの旅行のように感じて貰いつつ、自然体で依頼した内容を問題なくこなしてくれることを期待している。

「ただ、アメリカでも野球は人気興行なので日程はチケットの入手状況次第によっては非常に変則的なものになってしまう恐れがあります」
「それは仕方ないよ」

 五月雨さんも同意してコクコクと頷く。

「WBW地区予選のチケットも取ることができれば最良ですが、レギュラーシーズンとは倍率が桁違いでしょうから基本はないものとして考えていて下さい」
「これも仕方ないね」

 札束ビンタでどうにかできる類のものでもないだろうしな。
 WBWの規定で外国人枠、もといビジター枠は一定数確保されている。
 だが、チケットの抽選に関しては完全に運任せだ。
 クジのようなもの1点に全てを賭ける訳にはいかない。
 結局のところ、地道にレギュラーシーズンで偵察していくしかないだろう。

「体力面の負担軽減としては移動手段の快適性を高める程度のものしか用意することができず、申し訳ありません」
「だ、大丈夫です! ボク、頑張りますから!」

 頭を下げた俺に対し、五月雨さんが珍しく声を張り上げて言った。
 謝る必要などないとフォローするように。

「アメリカ代表を丸裸にしてみせます!」

 そんな五月雨さんの一生懸命な姿に、野球の、ひいてはスポーツの正解を確立して陳腐化させてしまおうという彼女の目的を思い出す。
 彼女は彼女自身のために、この機会を活用しようとしているのだ。
 そしてそれは藻峰さんも同じことで――。

「……はい。よろしくお願いします」

 だから俺はそれ以上気兼ねすることなく彼女達に助力を乞い、そうして言わばスキルゴリ押しスパイ大作戦とでも呼ぶべき計画を本格始動させたのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品