第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

308 情報収集の下準備

「それにしても凄かったね! 正樹選手の両投げスイッチ投法!」

 金曜日の午前中。村山マダーレッドサフフラワーズの球団事務所に向かう途中。
 予定の時刻よりも早くに来ていて先んじて俺達と合流することになった陸玖ちゃん先輩が、心の底から感嘆している様子で言った。
 彼女の隣で歩いている五月雨さんは、何故か疲れたような表情で頷いている。
 同意しているのは間違いないようではあるけれども……。

「五月雨さん、どうかしました?」
「あ、えっと、その、1試合の中で両投げは、日本プロ野球だと初めてのことなんだって、陸玖が興奮しちゃって昨日……」

 俺の問いに困ったように笑いながら答える五月雨さん。

「ああ……」
「いつものこと」

 そんな彼女の言葉に、俺は隣にいるあーちゃん共々納得の意を示した。
 陸玖ちゃん先輩は珍プレーや珍記録が大好物だからな。
 またぞろ暴走気味になって、彼女相手に語り倒したのだろう。
 昨日の試合が終わってから下手をしたら深夜まで。
 疲れている様子から見て、五月雨さんはそれに律儀につき合ったに違いない。

「ランナーが出たら左にスイッチして、Max170km/hの直球と切れ味鋭い変化球で余裕の7回無失点HQS! 打っては3本塁打で自援護!」

 再びスイッチが入ってしまったらしい陸玖ちゃん先輩の姿に、あーちゃんや五月雨さんと顔を見合わせながら苦笑する。

 正樹の復帰劇は既に様々なところで取り上げられている。
 ちょっと過剰なぐらいに。
 怪我のリスクを下げるために、並の1流投手レベルに抑えて投げさせた右投げ。
 そこから日本球界最強レベルのサウスポーへのスイッチは、どうやら日本中の度肝を抜いてしまったらしい。
 何だかんだ言って2度も大怪我を経験してしまっている肉体の消耗を抑えるための策でもあったのだが、ある種の演出としての効果も非常に高かったようだ。
 話によると、どこかのラジオ放送で無音の放送事故が発生したぐらいだそうだ。

 それだけに、この陸玖ちゃん先輩の興奮具合も理解できなくもない。
 と言うか、こうならなかったら陸玖ちゃん先輩の偽物かと疑うところだ。
 相変わらずな彼女にちょっとした安心感を抱きつつ、熱い語りに耳を傾けながら球団事務所に4人で入っていく。

「日本にも昔、両投げで登録されたピッチャーがいたんだけどね! 結局、公式戦ではスイッチしたりしなかったんだ!」

 そのまま会議室に向かい、そこでも陸玖ちゃん先輩の蘊蓄を聞いていると――。

「この状態の陸玖ちゃん後輩、何だか久し振りに見たわ」
「そうだな」

 招集をかけた山大総合野球研究会の元メンバーが集まってきた。

「あ、わわ」

 そこで我に返ったらしく、恥ずかしそうに小さくなる陸玖ちゃん先輩。
 微笑ましさを感じながら再起動するまでそっとしておく。
 それからしばらくして、約束の時間の少し前に全員揃ったところで。
 俺は彼女達を見回しながら口を開いた。

「コホン。本日はお忙しい中、ありがとうございます」
「全然。大丈夫だよ~」
「まだ大学は休みですからね。問題ありません」
「と言うか、昨日試合の後に山形県に戻ってきたばかりなのに、秀治郎選手達こそ大丈夫? 今日も夜に試合でしょ? しかも秀治郎選手の登板日」
「それは大丈夫です。疲労は溜まってないので。あーちゃんも」
「ん。体力には自信がある」

 強がりでも何でもなく。
 疲労回復系スキルのおかげでほとんど疲れてない。

「さ、さすがは日本トッププロね……」

 そんな俺達に驚嘆とも畏怖ともつかない声が上がる。
 だが、そんなことよりも俺としては彼女達が無理をしていないかの方が心配だ。
 野球に関わることは無法なところが多々ある世界だけに、個人もそれに流されて容易に、安易に私生活を犠牲にしかねない。
 勿論、場合によってはそれも必要なことかもしれないが……。
 ブラック化しても全体的な能率は悪くなるだけだ。
 余裕を持ってことに当たるのが肝要だろう。

「皆さん、大学の方は大丈夫ですか?」
「私は問題なく卒業できたよ」
「俺もな」

 その辺りのことを確認しようと問うた俺に、真っ先に返答した2人。
 2年前に初めて出会った頃は3年生で山大総合野球研究会の代表だった大島仁愛さん改め石嶺仁愛さんと、その彼氏……から夫に変わった石嶺轟さんだ。
 対して俺は、微苦笑を浮かべながら「知ってますよ」と応じた。
 とりあえず、さっきの質問はこの2人に対してのものではない。

 日本プロ野球の新たなレギュラーシーズンが開幕して早1週間。
 先程の会話にあったようにまだ春休みではある。
 しかし、3月は既に終わり、4月に突入している。
 ちなみに大学の新学期が始まるのは次の月曜日からだ。
 つまるところ。日本の大学で普通に春に入学し、8セメスターで最低単位を取得した者はとっくの昔に卒業式を終えていて然るべき時期ということになる。
 まあ、就職できているかどうかはまた別の話になるが……。
 大島さんと石嶺さんに関しては村山マダーレッドサフフラワーズの関連企業に既に正社員として就職しており、今日のこれは仕事の一環でもある。
 当然、村山マダーレッドサフフラワーズ関係者として俺もそれを把握している。
 ウチはブラック企業ではないので、彼らについては問題ないと分かっている。

「現役大学生の皆さんの話ですよ」
「シュシュは大丈夫だよ。7セメで大体終わる感じだから」
「右に同じです。村山マダーレッドサフフラワーズでのインターンシップで得られる単位がかなり優遇されているようなので」

 学年順という訳ではないだろうが、4月から大学4年生となる藻峰珠々さんと佐藤御華さんがまず答える。

「依怙贔屓?」
「そう言えなくもないですが、よくある普通のことだと聞いています」

 首を傾げて尋ねたあーちゃんに対し、佐藤さんがちょっと困ったような曖昧な表情を浮かべながら軽くフォローを入れる。

 そもそも大学というものは義務教育ではない。
 だから画一的な教育の基準や学生の評価基準がある訳でもなく、単位の授与に関しても大学によって、講義を受け持つ教授によって可否の判断基準も異なる。
 大学生ならば馴染みの深い鬼仏表の存在からも明らかだろう。
 勿論、それは己の将来の糧になるかどうかの度合いではないのだが……。
 いずれにせよ、大学の裁量で特別な単位が与えられることも十分あり得る訳だ。

 この野球に狂った世界においては特にあからさまなものがある。
 即ち、野球に関わるもの。
 スポーツでの実績を始めとして、研究成果や付随した事業まで。
 それらが自ずと優遇されていくのは、当然と言えば当然のことではあるだろう。
 村山マダーレッドサフフラワーズのため、ひいては日本野球界のためにと始めたインターンシップだが、おかげで単位の優遇措置としても機能しているのだ。

 とは言え、取るべき単位の最低数は大学設置基準というものの中で定められており、その数以上の単位を取得しなければ結局は卒業することができない。
 当たり前だが、このインターンシップだけで単位の全てを賄える訳ではない。
 これを頼みに適当な過ごし方をしていると、単位不足に嘆くことになるだろう。
 だからこその最初の問いかけだった訳だが、俺の呼びかけに応えて集まってくれたこの面々は余裕綽々といった雰囲気だった。

「同じ理由で、私と月雲も結構単位にゆとりがあるよ。ね? 月雲」
「う、うん」

 復活した陸玖ちゃん先輩と五月雨月雲さんもそう言って続く。
 油断して単位不足、みたいな自体には陥っていないようだ。
 まあ、2人はまだ3年生なのでどちらに転ぶ可能性もまだあるが。

「お3方はどうです?」
「僕らも問題ないです」

 この場に集まって貰った彼女達以外の人物。
 会議室の端の方で、やや所在なさげに3人で固まっている男性達も余裕の様相。
 AIに精通した綾瀬孝明さん。
 ゲームエンジンの開発をしている矢口映助さんと与田遊太さん。
 全員4年生なので、彼らも大学生のベテランと言って差し支えない。
 この感じであれば恐らく大丈夫だろう。

「であれば、よかったです」

 もしここで何か問題があるとなったら、計画に色々と支障が出かねないからな。
 とりあえず大丈夫そうで一安心だ。

「それにしても、今日は珍しいね。綾瀬君達まで呼ぶなんて」

 割とレアキャラな3人に視線をやりながら、少し不思議そうに言う仁愛さん。

 彼らにも先々のためにインターンシップ部隊として長期的な仕事を多々依頼させて貰っていたものの、その内容から半ば別動隊のような感じだったからな。
 だから、報告会の時も彼女達とは別になることがほとんどだったし。

「まあ、いよいよWBW決勝トーナメントまで1年を切りましたからね。これからのことを再確認しておいた方がいいかと思いまして」

 俺がそう真剣な表情で言うと、彼女達は居住まいを正す。
 この場にいるのは単なる村山マダーレッドサフフラワーズの裏方ではない。
 打倒アメリカ代表、WBW優勝を成し遂げるために共に戦う仲間だ。

「しゅー君。余り時間はない」

 あーちゃんのその言葉は単純に正午過ぎには球場に入らなければならないことを示しているだけだったが、時期的に別のものにも符合していた。
 自分で言った通り、WBW決勝トーナメントまで既に1年を切っているのだ。
 前置きはそろそろいいだろう。

「では、改めて。アメリカ代表の情報収集のための打ち合わせを始めましょう」

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