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青空顎門

閑話44 横浜ポートドルフィンズ対村山マダーレッドサフフラワーズ第3回戦ラジオ中継(神奈川地元放送局)

 開幕3連勝でホームに村山マダーレッドサフフラワーズを迎えた横浜ポートドルフィンズでしたが、勢いのみでは戦力差を覆すことができずに2連敗。
 本日も1回表の時点で既に6点を先制されてしまっている状況です。
 権平さん。横浜ポートドルフィンズとしては忸怩たる思いもあるでしょうが……。
 私営1部イーストリーグは、今年も村山マダーレッドサフフラワーズがまたもや異次元の成績を叩き出してしまいそうですね。

 そうですね。
 それはもはや避けようのないことでしょう。

 ……客観的に見て、彼らの勢いを削ぐことができるピッチャーは横浜ポートドルフィンズでは特別強化合宿にも参加した佐々藤投手ぐらいではないかと思います。
 今日の試合、佐々藤投手の登板はあり得るでしょうか。

 ハッキリ言ってしまえば、可能性は限りなくゼロに近いでしょう。
 佐々藤選手は現状クローザーとして起用されていますからね。
 その彼に投げさせるのであれば、それ相応の状況を作る必要があります。
 今の村山マダーレッドサフフラワーズ相手にそこまで持っていくのは、残念ながら横浜ポートドルフィンズには至難の業です。
 無理矢理登板させたところで半ば敗戦処理となってしまいますし……。
 シーズンを通した戦略として考えれば、無駄と言わざるを得ません。

 昨年も巡り合わせが悪く……という表現が適しているか分かりませんが。
 佐々藤選手が村山マダーレッドサフフラワーズ戦に登板することは、結局のところ1度もありませんでしたからね。

 ええ。全ての試合で先発が下位打線も抑えることができずに大量失点。
 勝利の方程式を使うに足るような状況にもならず、尽く敗戦処理や新人選手の洗礼の場のようになってしまっていました。

 いやはや、恐ろしい話です。
 本当の本当に、村山マダーレッドサフフラワーズに所属している特定の選手達は旧来の日本プロ野球のトッププロの域を逸脱してしまっていますね。
 さながらWBWにおけるアメリカ代表のようです。
 日本国民としては心強く思いますが、その一方で他球団ファンは複雑でしょう。

 そうですね。あるいは経営者もそうかもしれません。
 ここまで力の差があるとエンターテインメント性が薄れてしまい、来場者数が減少して興行面に悪影響を及ぼす可能性がありますからね。
 まあ、少なくとも昨シーズンは村山マダーレッドサフフラワーズ旋風とも言うべき状況のおかげで、そのような事態には陥っていませんが。
 常態化するようであれば、今後どうなるかは分かりません。
 それこそ、戦力均衡を図るために新たなルールを制定する必要すら出てきてしまうのではないでしょうか。

 もしそれを行うとすれば、どういった方向性になるでしょう。

 ……中々に難しい話です。
 あくまでもWBWのためのプロ野球、そして個人事業主であるプロ野球選手と考えますと、さすがに出場制限をかけるような真似はできないでしょうし――。

 選手はゲームのキャラクターではないですからね。
 スコアにハンデを設けるというのはどうでしょうか。

 それも現実的ではないでしょう。
 特に投手の個人成績の意味合いが大きく変わってしまいますからね。
 ただでさえ勝利数という指標は欠陥があるなどと指摘されている中で、それこそ指標として成り立たなくなってしまいます。
 タイトルの価値も揺らいでしまいかねません。
 完全試合を達成したのに負け投手。
 そんな首を傾げざるを得ないような状況も起こり得る訳ですからね。

 成程。
 確かにそうですね。

 今のところ少数の個人の話でもあるので、分散させるにしても限度があります。
 これもまたゲームのキャラクターならぬ生身の人間のことですし、対価もなく強制的に移籍させるという訳にもいかないでしょう。

 アメリカの大リーグを始め、諸外国では贅沢税なるものがあるようですが。

 コンペティティブ・バランス・タックスのことですね。
 贅沢税は通称で、日本語訳では競争力税というのが正式名称になります。
 球団所属選手の総年俸が基準額以上の場合に課徴金の対象となる制度で、金満球団が主に対象となるため、そのように呼ばれている訳ですが……。
 私としては、生え抜き選手が大活躍をして年俸が大幅に上がったことによって抵触してしまうのはどうかという感覚もあります。
 更に言うなら、その影響で例えば秀治郎選手が移籍せざるを得なくなったら。
 それに伴って膨れ上がる年俸分が他球団の総年俸に乗っかる訳ですから、大リーグと同基準でも移籍先が追徴金を支払わなければならなくなるかもしれません。

 現状の秀治郎選手は、言っては何ですが、成績からすると格安ですからね。
 移籍するとなれば相応の価格を要求することになるでしょう。
 親族が経営している村山マダーレッドサフフラワーズ以外の球団には、それこそ義理も何もないでしょうし。
 ……では、新たな上位リーグを作るというのはどうでしょう。

 個人的には悪くないと思いますが、先程申し上げた通り、現状平均的なプロ野球選手から恐ろしく逸脱しているのは少数の個人ですからね。
 独立したリーグを作ることができる程の人数ではありません。
 よしんば、人数が集まったとしても24球団全てとはならないでしょうし……。
 新たなトップリーグから零れる球団の扱いが紛糾しそうですし、そこまで人数が増えている段階であれば、後はバランスよく分散できれば済みそうな気もします。

 逆に、今すぐに、となるとルールを決めて大鉈を振るうしかないのでしょうか。

 勿論、ルールを定めれば従ってくれるでしょうが……。
 繰り返しになりますが、競技を行うのは結局のところ生身の人間ですからね。
 不当な扱いを受けてモチベーションが下がってしまい、野球そのものから離れるといった選択をされでもしたら本末転倒です。
 日本もまた自由の国。
 当然ながら、職業選択の自由もまた保証されている訳ですから。

 そうですね。
 誰の不利益になることもなく、国益に反することもなく、自然とよい形に収まっていって欲しいものです。
 ……さて。いい加減、現実逃避はやめて我々も仕事をしましょうか。

 投球練習も終わったようですからね。

 ええ。
 1回の裏。後攻の横浜ポートドルフィンズに対して、瀬川正樹選手がピッチャーとしてマウンドに上がります。
 プロ初登板であり、公式戦での登板は実に2年前の甲子園決勝戦以来です。

 あの大怪我からよく復帰してくれました。
 これに関しては球団も立場も関係なく、かつてプロ野球選手として怪我も経験した身として心の底からそう思います。
 怪我に苦しむ多くのスポーツ選手達の希望になったのではないでしょうか。

 スポーツ選手でなくともそうだと思います。
 困難に立ち向かう人々に勇気を与えてくれるに違いありません。
 こういった部分に関しては、秀治郎選手でも敵わないでしょう。
 ……その正樹選手ですが、少々見慣れない形状のグローブを装着していますね。

 ああ。
 あれは両投げ用のグローブですね。

 両投げ用のグローブ。
 そのようなものもあるのですね。

 はい。体のバランスを整えるために利き手の逆でも投球練習などをする場合があり、その際にこれを使用しているプロ野球選手を見たことがあります。
 アマチュアでは甲子園で両投げ投手が話題になったことがありますが、その子もこういったグローブを使用していました。

 両投げ……と言うことは、もしかして……。

 可能性はありますが、ブラフかもしれません。
 今は黙って見守りましょう。

 そうですね。
 一部では2年前の秀治郎選手の発言を受けてサウスポーでの復帰が噂されていましたが、本日は右投げでの先発復帰登板となりました。
 球審のコールで試合再開。
 キャッチャーを務める秀治郎選手へと、復帰第1球を……投げました!
 ストライク!
 まずはストレート。球速は151km/hでした。
 これは先日の浜中選手の最高球速と同じですね。

 球速そのものは怪我以前よりも落ちているようですね。
 靱帯再建手術の場合はトレーニング次第で球速が戻ることもありますが、正樹選手は肘だけでなく肩も怪我していますから、仕方のないところではあります。

 それでも150km/h超。
 かつての神童の面影が見て取れます。
 続いて正樹選手、2球目を、投げました!

 ――カンッ!

 打ちましたが、転がった打球はセカンド正面。
 倉本選手、1塁に送って1アウト。
 横浜ポートドルフィンズ先頭打者、高市選手。
 150km/hのカットボールを打ってセカンドゴロに終わりました。

 以前の正樹選手程には球速が出ていませんが、変化球はキレていますね。
 これは中々打ち崩すのは難しいかもしれません。

(解説の権平政博の言葉通り、瀬川正樹は主に変化球を巧みに使って横浜ポートドルフィンズ打線を抑えていく。
 だが、3回裏2アウトからヒットを打たれて初めてのランナーを出した)

 2アウトランナー1塁の場面で打順は1番バッターに戻り、高市選手がバッターボックスに入ります。
 おっと、ここで正樹選手がグローブを右手につけ替えました!
 球場がどよめいています。
 観客席からでは両投げ用グローブには気づかなかったのでしょう。

 やはり、と言うべきでしょうか。
 左投げにスイッチするようですね。

 秀治郎選手も公式戦でスイッチしたことはなかったかと思いますが……。
 野球規則では、両投げに関するルールはあるのでしょうか。

 当然、あります。
 まず、打者に対して初球を投げる前にどちらで投げるかを示す必要があります。
 投げない方の手にグローブをつけることがそれに当たります。
 また、対戦中の打者をアウトにするか出塁を許すまでは基本的に右と左のスイッチを行うことは禁じられています。
 怪我等でどうしても打席中でのスイッチが必要となった場合は、以後、試合が終わるまで再度スイッチすることはできなくなります。

 成程。
 しっかりとルールが定められているのですね。

 大リーグの後追いのようなものですが。
 これらに加えて、同一のピッチャーですので、交代に伴って与えられる投球練習の権利が発生しません。
 つまり――。

 正樹選手、スイッチした左投げで高市選手に対して1球目を……投げました!
 直球、ストライク!
 これは速い! 球速はっ!?

 ひゃ、170km/h……!?
 こんなことが……。

(電光掲示板に表示された球速にスタジアムが静まり返る。
 実況と解説の2人もまた言葉を失った結果、完全な無音が短くない時間続く。
 その結果として後日、ラジオにおける放送事故として総務省へと事故報告をする羽目となり、瀬川正樹の逸話として世間に広く知られることとなったのだった)

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