第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

306 春季キャンプにトンボ返り

 創設セレクションが終わり、これで直近の特殊イベントは一段落というところ。
 しばらくの間は通常運転が続いていくことになる。
 そして、この次の重大なイベントはと言えば……。
 9月。WBW地区予選だ。
 遂に戦いの本番がスタートすることになる。
 まあ、まだ半年と少し先の話ではあるけれども。
 この世界に転生して19年以上。そこに焦点を当てて駆け抜けてきた。
 約20年という年月と比べると、半年程度はもはや間近と言ってもいいだろう。
 そうやって意識すると、その時が迫ってきていることを強く実感させられる。
 しかし、だからと言って今更焦って方向転換するようなことはない。
 昨日の続きとしての今日。明日。そして、その先の未来。
 結局は1つ1つ積み重ねていくしかないのだから。
 タイムリミットが訪れるまで、粛々と準備をしていくのみだ。

「ふぅ」

 そんな日々の中で、今は飛行機の3人席の窓側の座席に座りながら一息つく。
 数々のスキルのおかげで肉体的な疲労はほぼないものの、僅かな時間の隙間に少しばかり気が緩んでしまったようだ。
 とは言え、常に張り詰めていてもそれはそれで問題だ。
 こういう場面も、むしろ必要なことではあるだろう。
 WBW日本代表の特別強化合宿を終えて、そのまま既に中盤を迎えていた村山マダーレッドサフフラワーズの春季キャンプへと向かい……。
 かと思えば、ジュニアユースチームとユースチームの創設セレクションで審査に加えて【成長タイプ:マニュアル】の子らの指導を行うために山形県へと移動。
 改めて書き連ねてみても、特にここ2、3日のせわしなさは相当だった。
 兼任投手コーチの身で春季キャンプを不在にするため、空いた時間はスタッフに撮影して貰ったブルペンの映像を見て指示を出したりもしていたからな。
 そこに創設セレクションの審査も加わって、少々睡眠時間も削ってしまった。
 睡眠不足はスポーツにおいても大敵だ。
【衰え知らず】の俺じゃなければ悪影響が出ていたに違いない。

 それはともかくとして。
 指示は撤回していないので、今日の最新情報も随時送られてきているはずだ。
 なので、荷物からタブレットを取り出して確認しようかとも一瞬思う。
 だが、今し方、頭を休める時間も少しは必要と考えたばかりだ。
 一旦意識から追いやって、荷物から通路側の席に座る同行者へと視線を移す。

 行きは1人。道連れはいなかった。
 ちょっと不満そうな顔をしていたあーちゃんも含めて、その球団のプロ野球選手たる者、普通は春季キャンプに参加しなければならないのだから当然だ。
 俺の場合は更に投手コーチも兼任している訳で、尚更そのはずなのだが……。
 今回ばかりは5年後、10年後の村山マダーレッドサフフラワーズ、何より日本野球界のために必要不可欠だからと例外的な対応を取らせて貰った。
 セレクションをこの時期に行うのは創設段階の今回限りのこと。
 次回からはここまで慌ただしくはならないだろう。

 話がズレてしまったが、そんなこんなで春季キャンプをわざわざ抜け出して創設セレクションに参加するために山形へと向かった球団関係者は俺1人だった。
 一方で、春季キャンプに戻るための久米島への道行きには同行者がいた。
 しかも2人だ。

「試験の感触はどうでした?」

 その彼らに世間話をするように尋ねる。
 尚、俺が口にした試験とは創設セレクションのことではない。
 ほぼ同じタイミングで実施されていた理学療法士国家試験のことだ。
 つまり2人の同行者が誰かと言えば。
 その試験を終えたばかりの青木斗真さんと柳原奨さんのことだった。

 彼らは昨日までの2日間、宮城県に赴いて試験を受けていた。
 前日入りで2泊3日の行程だったらしい。
 その上で、試験を終えて帰ってきた翌日の今日は山形から沖縄への長距離移動。
 彼らも彼らで中々にハードなスケジュールを課せられている。
 もっとも、これは村山マダーレッドサフフラワーズからの要請によるもの。
 間接的に俺にも過密日程の原因の一端はあると言うこともできるけれども。
 それに対しては特に文句もない様子で、2人は俺の問いかけに答える。

「ああ。感触は悪くなかった」
「合格、できそうですか?」
「自信はある」
「合格発表は1ヶ月先だから、後は座して待つのみ、かな」
「今は座っていても移動してるけどな」
「そういう意味じゃないよ、斗真」

 じゃれつくような2人のやり取りは一先ず置いておくとして。
 これからの彼らが座して待っていられる程、暇にはならないのは確かだ。
 恐らく、合格発表の日を指折り数えるような余裕はなくなるだろう。
 この春季キャンプの場から、正式に村山マダーレッドサフフラワーズのスポーツトレーナーとして働き始めることになっている訳だから。
 彼らはインターンとかではなく、れっきとした正社員だ。
 2月下旬の今。大学は卒業式を待つだけだし、制度上も問題はない。
 また、万が一、理学療法士国家試験に落ちたとしても撤回はない。
 その場合はウチに在籍しながら来年度の合格を目指す形になる。
 まあ、自信があるようだし、不合格の心配はしていないけれども。

「にしても、高速ナックルとはまた無茶なことを言うな」
「しかも浜中選手に150km/hオーバーの速球を投げさせた上で、でしょ?」
「チャレンジするだけでも体を壊しかねないぞ」
「分かってます。俺も、美海ちゃんも」

 心には躊躇いが未だに燻っているが、それは見せないようにハッキリと告げる。
 スポーツトレーナーとなる彼らに余計な迷いが伝播してしまい、美海ちゃん達のトレーニングに悪影響が出てしまっては困る。

「それでも、WBWで彼女が確かな戦力となるのに必要なことです。美海ちゃん自身も特別強化試合を経て、その考えに至っています」
「まあ、イタリア代表の女性選手が実際に151km/hを投げてたからな……」
「あれにはホントに驚いたよね」

 タイミング的にそれこそ試験の追い込みの時期だったはずだが、どうやら2人共普通にイタリア代表との特別強化試合をチェックしていたらしい。
 野球至上主義な今生の世界ではそれも仕方のないことか。
 とは言え、試験勉強の障害にはなってなかったようだから別に構わないだろう。
 しっかり自己管理できているのであれば、気晴らしも大事だ。
 その辺のメリハリもつけられないようなスポーツトレーナーは困るしな。
 勿論、2人には正樹のリハビリのフォローもして貰って、そうした部分についても問題ないことは確認済みだ。
 スポーツトレーナーとして信頼している。
 だからこそ――。

「いずれにしても、リスクは承知の上です。それでも、お2人のサポートがあれば最小限にすることができると思っています」

 今すぐMax150km/h超の球速と高速ナックル会得を目的としたトレーニングを始めたいと逸る美海ちゃんに対し、宥めるように必要と告げた万全の準備。
 その中には青木さんと柳原さんの存在も含まれている。
 と言うか、大半がそれだ。
 彼らが合流して初めてスタートすることができる。
 全てはそこからだ。

「しかし、高速ナックルということなら秀治郎選手は試さないのか?」
「それこそアメリカ代表にも通用しそうだけど」

 2人の問いかけに、俺は少し黙って言葉を選んだ。
 これもまた【マニュアル操作】なしには1から10まで説明できないものだ。

「投げることは、できると思います。ただ……」
「ただ?」
「やはりキャッチングと変化の不規則性の問題が大きいです。もし俺が投げるとすれば、170km/h近いナックルになりますから」
「確かに普段ナックルを捕ってる倉本選手でも難しいかもしれないね」

【軌道解析】もあるし、捕ることはできるだろう。
 しかし、その不規則性故に他の変化球よりも認識とのズレが一層起きやすい。
 150km/hならともかく170km/h近い球速のナックルともなれば、下手をしたらキャッチングで怪我をしてしまいかねない。
 ならばと美海ちゃんと同じ150km/h程度に抑えたら、レジェンドの魂を持つアメリカ代表選手達には打たれてしまうような気がしてならない。

「そう言えば昔、無回転打球を捕球する動画出してなかったか?」
「あったあった。あれは茜選手だったよね?」
「ええ。まあ」

 当時は中学生だったとは言え、ステータスは既にカンスト。
【体格補正】のマイナスはあれど、あーちゃんに対する全力ノックの打球速度は恐らく160km/h以上は出ていたはずだ。
 体感速度170km/hを超える距離でもやっていたと思う。
 恐らく170km/h近い球なら【直感】の方が怪我のリスクも低く、うまいことキャッチングを行うことができるだろう。
 だが、こちらには別の問題がある。

「俺とあーちゃんのバッテリーではナックルを制御し切れないので」
「制御、か」
「はい。倉本さんは天性の勘とでも言うべきもので変化を予測しています。だからこそ美海ちゃんのK/BBはナックルボーラーとしては異常なぐらい優れてます」
「制球力を示す指標だな。確かに、ストライク率も異次元の高さだった」
「ランダムな変化とは何だったのかって感じだよね」
「ですが、それは決して普通のことではありません。少なくとも、俺とあーちゃんには無理な話です」

【直感】では時間のスケールが合わない。
 投球前に軌道を把握するのは、倉本さんの【軌道解析】でなければ不可能だ。
 この【生得スキル】を持たない者にとって、ナックルは余りに無作為過ぎる。
 キャッチングに問題がなかったとしても、ストライクとボールをコントロールできないようであれば試合で使用するのは難しい。
 ましてや170km/h近い球。
 誤ってデッドボールになろうものなら相手を怪我させてしまうかもしれない。
 そんなことになれば、今度こそトラウマが刺激されてイップスになりかねない。
 うまく扱うことさえできれば、という思いは確かになくはないけどな。

「……逆を言えば、彼女達の特別な武器になるということか」

 顔を伏せた俺をフォローするように青木さんがそう纏める。
 俺達とはまた異なる方向性で、尚且つWBWで戦力になり得るピッチャー。
 とにかく美海ちゃんをそこまで押し上げる。
 余計なことを考えるよりも、そのことにだけ集中した方がいい。
 そうして俺は2人を引き連れ、翌日から再び春季キャンプに参加したのだった。

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