第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

304 創設セレクションの前に

 春季キャンプの地である久米島から1人山形県に戻った俺は、村山マダーレッドサフフラワーズの本拠地である山形きらきらスタジアムを訪れていた。
 ジュニアユースチームとユースチームの創設セレクション。
 その2次選考である実技審査を行うためだ。
 尚、それぞれ1日ずつで2日にわたって行われることとなっており、今日はまずジュニアユースチームの方の創設セレクションとなっている。

「もしかして、飯谷さんと新葉さんはもういらっしゃってます?」
「はい。応接室の方で待機いただいてます」

 球場に着いたら顔見知りのスタッフに挨拶しながら彼らの居場所を確認して、それから2人のところへと大急ぎで向かう。
 予定の時刻より大分早いのだが、どうやら俺の方が遅くなってしまったらしい。

「失礼します。野村秀治郎です。申し訳ありません。お待たせしたようで」

 部屋に入ってすぐ、平身低頭するぐらいの気持ちで頭を下げる。

「いやいや、こちらも気が逸って早く来てしまっただけですから」
「ええ。気にすることありませんよ」
「……ありがとうございます。改めまして今日、明日のセレクション。よろしくお願いいたします。飯谷さん、新葉さん」

 彼らはジュニアユースチームとユースチームを指導して欲しいという俺達からの要請に対し、落山監督からの紹介もあって快く応じてくれた元プロ野球選手達だ。
 それだけでも自然と頭が下がる思いだ。
 たとえ母体となる1部リーグのプロ野球チームの投手コーチを兼任する形になっていたとしても、俺はプロ野球選手としては若手も若手。
 何より、未来ある子供達を長きにわたって指導していただくのだ。
 失礼があってはならない。
 とは言え――。

「ええ、よろしくお願いします。秀治郎選手」
「そんなに畏まらなくていいですよ。同じ指導者の立場なんですから」

 相手は相手で随分と腰が低い。
 飯谷さんは柔和な表情で物腰柔らかな印象が元々あったので分からなくもない。
 一方の新葉さんはメディアに露出している時は大分破天荒な感じだった。
 そこだけを見て作り上げたイメージを持っていると面を食らうに違いない。
 勿論、深く掘り下げていくと野球IQの高さが透けて見える選手だったので、多分ファン向けにキャラを作っているんだろうなという納得もあったけれども。
 なら、これが素かと言えば、まあ、それもまた微妙に違うんだろう。

 いずれにしても、俺をかなり尊重してくれていることは言動から伝わってくる。
 それだけに。
 たとえ畏まらなくていいと言ってくれてはいるにしても、むしろ畏まってしまうのは無理からぬことだ。

「ですが、今回のオファーを受けて下さってコチラとしても本当に助かりましたので。おかげさまで、ユースチームを万全の状態で開始することができます」
「いや、僕の方こそ。球界の台風の目とも言える村山マダーレッドサフフラワーズで育成に関わることができるのは非常に光栄なことです」

 飯谷さんが微笑みを浮かべながら応じる。
 前々から思っていたが、人好きのする笑顔だ。
 穏やかな雰囲気で実に話しやすい。
 ただ、球団のことながらそこまで褒められると尚のこと恐縮してしまうな。

「しかし、お2人方には他球団からのオファーもたくさんあったのでは?」
「まあ、一応はありましたけど。中々こう……球団の雰囲気とか経営陣や首脳陣の考え方とかがうまくマッチするところがなくてですね」

 俺の問いかけに対し、頭をかいて苦笑いをしながら丁寧な口調で返す新葉さん。
 村山マダーレッドサフフラワーズの昇格まで割と硬直していた日本野球界だ。
 経営陣も首脳陣も、スタッフに至るまで保守的であっても何ら不思議ではない。
 比較的先進的な考えを持っている新葉さんが旧態依然とした球団と反りが合わないのは、ある意味当然のことではあるだろう。

「ジュニアユースチームやユースチームの指導者のオファーもありましたけど、そちらはそちらで母体となる球団とのしがらみもありますし」
「リトルやシニアとかも強豪は風土が固まっていますからね。割って入るのもどうかということで新しく自分でチームを作ろうと準備をしてはいたんですよ」
「そこへ今回のオファーを貰って、村山マダーレッドサフフラワーズの方針も大分僕達の考え方と近かったので……まあ、渡りに船でした」
「そうでしたか。そう言っていただけると幸いです」

 つまるところ今回の話はWin-Winという訳だ。
 こういったものはタイミングも大事になってくる。
 コネがあったところで縁がなければどうにもならない。
 この巡り合わせには深く感謝すべきだろう。
 丁度いい人材を紹介してくれた落山監督にも。

「ところで、グループを2つに分けたのは何故ですか?」

 と、新葉さんが純粋な疑問という感じで尋ねてくる。
 ジュニアユースチームもユースチームもそうだが、創設セレクション1次審査の合格者はとある基準で2グループに分けられていた。
 その理由についての問いだ。

「1つは私が独断で選んだグループになるので。現時点での実力は明らかに不足どころの話ではありませんが、個人的に伸び代を非常に大きいと感じてる子達です」

 つまるところ。
 俺のような転生者が傍にいない【成長タイプ:マニュアル】という特大のハンデを負いながら、これを恐らく最後の機会と定めて応募してきてくれた子達だ。
 傍から見れば、どうしようもない運動音痴と切り捨てられて然るべき存在。
 飯谷さんも新葉さんも1次審査の動画選考を確認し、それを認識している。
 いくら先進的な考えを持っていようと、こればかりは【マニュアル操作】を持っていなければ理解の及ばないところになる。
 どれだけ優れた指導者でも、伸び代など感じることができるはずもない。
 だからこそのその質問だろうし、当然の疑問と言っていい。

「彼らだけ2時間も早めに呼んだ理由は?」
「私個人の感覚だけだと1次審査の合格すら不適当に思われても全くおかしくはないので、実際に見て貰おうかと」
「実際に、見る?」
「はい。僅か2時間の間に大きく成長するところを」

 訝しげな表情を浮かべる2人に、有無を言わせないような自信満々の笑みを向けて無理矢理不審を抑え込む。
 百聞は一見に如かず。
 こればかりは不可思議の領域であるが故に、実際に見て貰う以外にない。

「では、行きましょう」

 そのグループに伝えた時刻が近づき、2人を伴ってグラウンドに向かう。
 そこには小学6年生から中学2年生の子供達が20人待っていた。
 春季キャンプに参加しているはずの俺が来ているとは思っていなかったのか、彼らは全員驚きで目を見開いている。
 それはすぐに憧憬の眼差しに変わった。
 そんな目で見詰められるとちょっとムズムズしてしまうが、彼らの中にあるプロ野球選手野村秀治郎像をぶち壊す訳にはいかない。
 なので、堂々と彼らの前に出て背筋を伸ばす。

「まずは受験生の皆さん。村山マダーレッドサフフラワーズジュニアユースチームの創設セレクションに参加してくれて、ありがとうございます」

 20名それぞれの顔を確認するように見回しながら口を開く。
 かなり遠くから、泊まりがけで来てくれている子も中にはいる。
 散々運動音痴と馬鹿にされてきたであろう彼ら。
 ダメで元々なのは間違いないだろう。
 だとしても、それだけのサポートをしてくれる親がいるということでもある。
 一縷の望みに賭けているのは親も同じなのだ。

「今日は2次審査を受けて貰う訳ですが、その前に軽く指導をさせて下さい。1次審査の動画選考を見て、少し気になる部分があったので」

 俺の言葉に彼らは困惑し、互いを見比べるように顔を見合わせた。
 事前に示したスケジュールでは、ウォーミングアップをしたらすぐに審査を開始する予定となっていたはずだ。

「まあ、これも2次審査の一部と考えて下さい。この後で他の子達と合流して本格的な実技審査となります」

 ここまで話すと彼らも何となく察したようだ。
 このグループがどういう集まりなのかを。

「では、軽くウォーミングアップをしてキャッチボールから始めましょうか。一先ず指示された組み合わせ通りに2人組になって下さい」

 そうして受験者達は各々ストレッチを行ってから、俺の指示通りにペアを組んでキャッチボールを始めた。
 しかし――。

「うーん……」
「これは……」

 明後日の方向に暴投してしまったり、後ろに大きく逸らしてしまったり。
 昔の昇二達を思い起こさせるような状態に、飯谷さんと新葉さんは言葉を失う。
 誰がどう見てもセレクションを受けるに足るレベルではなかった。
 2人が疑わしげな目を向けてくる。
 俺はそれを完全に黙殺し、2人組になった受験者の内の1組に近づいた。

「皆田和久君」
「は、はいっ」

 話しかけられて緊張で体を固くしながら返事をした彼は、今回WBW日本代表の投手コーチに選ばれた皆田久夫さんのご子息だ。
【成長タイプ:マニュアル】で、尚且つ【無駄方便】と【経験ポイント共有】という【生得スキル】を持っていることから元々注目していた。
 キャッチボールの状況はお察しだが、彼には合格して貰わなければならない。
 コネでもなんでもなく、将来のチームに不可欠な存在だからこそ。

「少しフォームを整えよう」

 言いながら彼の体に触れ、スローで投球動作をさせる。
 その間に【マニュアル操作】でステータスを再確認。
 やはり【経験ポイント共有】のせいで地元の子らに【経験ポイント】を吸われてしまったらしい。
 和久君のそれはほとんど残されていなかった。
 だが、彼の俺に対する【好感度】が正にプロ野球選手野村秀治郎の実績と名声のおかげもあって80を超えていた。
 つまるところステータスカンストして以来、だだ余りとなっている俺の【経験ポイント】を共有することができるということだ。
 勿論、タダで分け与えるというのは違うだろう。
 とは言え、今日に至るまで吸われてきた分を補填するぐらいは構わないはずだ。
 なので、まずは球速以外のステータスを程々に上げていく。

「さ、今のを強く意識しながら投げてみて」
「は、はい……」

 それで何が変わるのか、と内心首を傾げていそうな雰囲気を出しながらも、彼は俺に言われた通りにキャッチボールを再開する。
 そうして投じた球は相手の胸元に的確にコントロールされ――。

「わっ!?」

 ペアを組んだ相手はグラブでボールを弾いて掴み損ねてしまった。

「おっと、君もだね」

 今度は相方の方に駆け寄って、今度は彼自身がこれまで蓄えていながらも完全に死蔵されていた【経験ポイント】を消費していく。

「よし。投げ返して」
「はいっ!」

 和久君に投じた球も胸元へ。
 こちらは球速も上げたので、かなりの速さになっていた。

 ――パンッ!

 しかし、和久君は向上したステータスのおかげもあって普通にキャッチする。
 グローブがいい音を鳴らす。
 キャッチボールとしては普通の光景だ。
 しかし、彼らにとっては当たり前ではなく、ボールや自分の手をまじまじ見る。
 俺はもう1度和久君の方に向かい、今度は球速も弄る。

「よし。じゃあ、少し力を入れて投げてみようか」
「分かりました!」

 ――パンッ!

 しっかり捕球した相手のグローブもまた気持ちのいい音が鳴る。

「うん。いい感じだ」

 それに満足していると、ふと視線を感じて周りを見回す。
 すると、他の受験者達はキャッチボールをとめて俺達の方をポカンと見ていた。

「ほらほら、続けて続けて。1人1人見ていくから」

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