第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

閑話41 ちょっとした危機感(昇二視点)

 沖縄そばを存分に堪能した僕は、桐生さんと連絡先を交換して別れた。
 将来はトレーニング器具の開発がしたいという人物で、尚且つ茨城県から特別強化合宿を見にわざわざ沖縄県まで来るような情熱の持ち主。
 あの場に秀治郎がいたら、ある種の逸材として確保に動いたのは間違いない。
 連絡先を聞いたのはそう確信したからで、それ以上の他意は……うん、ない。
 もっとも、僕に他意があろうとなかろうと。
 一連の騒動の話を共有していく中で新たな協力者候補の伝手を得たことについても一応触れた結果、皆(主に女性陣)に冷やかされたのは言うまでもないことだ。

「……にしても、昇二。何かいい顔になったな」

 その翌日。
 特別強化合宿の練習を終えて琉球ライムストーン球場からホテルへと戻る道すがら、秀治郎がどことなく安堵したように言った。
 彼がそんな様子を見せるぐらい、最近の僕は鬱々としていたのかもしれない。

「そう、かな?」
「ああ。何て言うか、迷いが減った気がする。練習中も」
「それは……うん、そうかも」
「もしかして、新しい出会いのおかげかしら?」

 と、横から嫌らしい顔と共に尋ねてきた浜中さんに思わず軽く嘆息する。
 昨日の今日だからというのもあるだろうけど、今日は何かにつけてこれだ。
 自分のあれやこれやは棚に上げて、他人の浮いた話に首を突っ込んでくる。
 異性の幼馴染というものには全く困ってしまう。
 互いに恋愛感情がないだけマシだろうけど。

 ただ、浜中さんの発言それ自体は全く間違っている訳じゃない。
 どうあれ、桐生さんの言葉が何故か胸に響いたのは確かだ。
 それもあって、どうにも反論しにくかった。
 勿論、彼女が考えている方向に転がる可能性もゼロじゃないというのもある。
 どんな未来が訪れるかは全くの未知数でしかない。

「……にしてもムカつくわね。まるで野球選手の権威を笠に着たような態度で一般の女の人に絡むなんて。エドアルド・ルイス選手だっけ?」
「うん。インターンシップの報告会でも名前が挙がってた選手だよ」
「確か前回、前々回のWBWで活躍してた二刀流の選手だったっすよね」
「ああ。次回WBWで警戒すべき対象の1人だな」

 秀治郎の同意を受け、浜中さんは不快げに嘆息する。

「昇二君の話を聞いた限りだと、性格の方はよろしくないみたいね。実力がありながらそれってのが尚更酷い話だわ」
「イタリア代表のルカ選手も大概だったっすけどね。ただ、別ベクトルの……海峰永徳の方向性で更にヤバい奴が出てくるとは夢にも思わなかったっす」

 困ったように告げた倉本さんには同意するしかない。
 自然と苦笑いが出るが、僕は同時におかしさも感じてしまっていた。
 かつては日本一の選手とまで言われていた海峰永徳が、僕達の間では素行不良選手の1つの物差しと化してしまっている状況に対して。
 浜中さんのエドアルド・ルイス選手に対するネガティブな感情は、彼のことが頭に過ぎって助長されてしまっている部分もあるのかもしれない。

「まあ、メキシコマフィアの強い影響力の現れでもあるんだろうな。……それでも初手で腕力に訴えてこなかっただけ、マシと言えばマシか」

 秀治郎が難しい表情を浮かべながら呟く。
 これは多分、歴史のイフ的な話も多分に含んでいるんじゃないかと思う。

 メキシコマフィアの歴史は意外と浅く、実は世界大戦以後に結成されたと聞く。
 そのため、揉めごとがあったとしても、世界大戦以前のイタリアマフィアのように血で血を洗う大抗争に発展するといったことは基本的にないそうだ。
 銃弾が飛び交うよりも先に、野球で雌雄を決することになるからだ。
 とは言え、敗北した方は命を以って責任を取らされる場合もあるそうだし、命を落とさずに済んだとしても相当酷いことになるらしい。
 日本でぬくぬく過ごしてきた僕には、具体的なイメージがつかないけれども。
 そんなでも世界大戦以前に比べれば、穏健なのは間違いないだろう。

 そうしたメキシコマフィアの影響を多々受けているエドアルド・ルイス選手達。
 ならず者のように見えても、いきなり暴力を振るうようなことはしないはずだ。
 さすがに。
 その一方で。野球の勝敗如何では、それこそ何をしても許されると考えて無体な真似をし始める可能性もなくはない。

「出自不明で非合法な地下野球出身かもってとこからして、まず日本人からすると想像することもできないレベルなのよね。彼」
「更にそこから国の代表になれるルートが存在することが恐ろしいっす」

 非合法と言うからにはそれは犯罪だ。
 勿論、元犯罪者だとしても罪をしっかり償っているのであれば、実力優先の代表チームに加わることはあり得てもいいと、少なくとも僕は思うけれども。
 事実関係を明らかにする訳でもなく、出自不明という形で曖昧にしたまま国の代表選手に名を連ねていることには首を傾げざるを得ない。
 それもまた秀治郎の言う通り、メキシコは裏の社会の影響力が表の社会にまで侵食してしまっている証なのかもしれない。

「そういう国が、万が一にでもWBWで優勝したりしようものなら……」

 ふと頭を過ぎった仮定をそのまま口にし、その可能性に少し恐怖を抱く。
 野球で勝つことさえできれば何をしても許される。
 極端な話、そんな思想が罷り通った国が世界を主導する立場になったら……。

「ルカ選手が先頭に立って国家間の行き来や国際結婚の自由度を高くしようとしているように、彼らには彼らの望みがある。その実現を目指すことになるだろうな」
「あの手の連中の望み、ね。碌なものじゃなさそうよね」

 勿論、WBWで優勝しても名目上はあくまでも主導であって独裁ではない。
 なので、そこまで酷いことにはならないと信じたいところではある。
 とは言え、朱に交われば赤くなるとも言うし、どの国にも潜在的に似たような思想を隠れていて、それがいきなり噴出してくる可能性もなきにしも非ずだ。
 暴力的な話ではないながらも、独裁的な暴挙をアメリカが行った事実もある。
 どれだけ陰謀論染みていても一笑にふすことはできない。

「まあ、アメリカ代表が彼らに負けるとは思わないけど……早々に俺達がアメリカ代表と当たって下してたりしたら、組み合わせ次第では分からなくなるかもな」

 アメリカ代表に勝つ可能性とメキシコ代表に負ける可能性が同居するのはおかしく感じられるかもしれないが、日本代表の不安材料を思えば理解できるはずだ。
 つまるところ、控え選手の層が心許ないこと。
 この問題が完全に解消していないが故に、正にトーナメントの妙とでも言うべき状況が起こる可能性があると秀治郎は考えている訳だ。

 もっとも。
 選手層の話をするなら日本代表よりもメキシコ代表の方が酷そうだけど……。
 それこそ組み合わせ次第ではどうなるか分からない。
 スルスルと勝ち上がってしまう恐れはある。

「それは、何としても避けないといけないよね」

 世界のために。なんて言い方をするのは大仰過ぎる。
 けれども、僕はちょっとした危機感を抱いて同意した。
 対して秀治郎も深刻そうに「ああ」と頷き、それから真剣な顔で続けた。

「うまくアメリカ代表に勝つことができたとしても、WBWで優勝できなければ台なしだ。トーナメントを勝ち抜けるだけのチームを作り上げないといけない」
「そのための戦力底上げも、この特別強化合宿と特別強化試合の目的な訳よね」
「言うは易し。今回招集された面子だけでは難しい」
「茜、そういうことは言わないの!」

 浜中さんの締め括りに対して冷たく横槍を入れる子がいたりしながらも、僕が遭遇した出来事から広がった一連の話はそこで一段落。
 それから数日経って。
 メキシコ代表との特別強化試合の当日になった。

「――何か昇二のこと、睨んでるな」
「あ、はは。だよね……」

 日本代表の試合前練習時間。
 ルカ選手のように挨拶に来るようなことはなかったけれども、エドアルド・ルイス選手は明らかに僕を認識して意識しているのが分かった。
 ふんぞり返ってベンチの背もたれに寄りかかりながら見下すような目をこちらに向けている姿は、傍目にも態度の悪さが滲み出ている。
 それこそマフィアのボスのようだ。
 エースで4番という自負心が肥大化したお山の大将。
 そんな拗らせた厄介者を体現しているかのような姿だった。

「まあ、先発登板してくれるのはありがたいことだけど」
「何か志願したって話だけど、そこまで権限があるのかしら」
「完全なワンマンチームっぽいし、首脳陣も頭が上がらないんだろうな」
「コッチのスターティングオーダーにも口出ししてきたみたいっすからね」

 倉本さんの言う通り、直前になってメキシコの首脳陣から名指しで僕の打順について介入というか依頼があったらしい。
 明らかにエドアルド・ルイス選手の差し金だろう。
 別にそれを受け入れる義務はないけれども、落山監督はそれもまた一興とでも言うようにそのまま採用することを全体ミーティングで明らかにしていた。
 こういった過程を辿った上で現在、電光掲示板に表示されている日本代表の今日のスターティングオーダーは次の通りだ。

1番 中堅手 瀬川昇二  村山マダーレッドサフフラワーズ
2番 遊撃手 野村茜   村山マダーレッドサフフラワーズ
3番 二塁手 倉本未来  村山マダーレッドサフフラワーズ
4番 捕手  野村秀治郎 村山マダーレッドサフフラワーズ
5番 左翼手 山崎一裕  宮城オーラムアステリオス
6番 一塁手 黒井力皇  福岡アルジェントヴァルチャーズ
7番 三塁手 白露尊   神奈川ポーラースターズ
8番 右翼手 大松勝次  東京プレスギガンテス
9番 投手  磐城巧   兵庫ブルーヴォルテックス

 見ての通り、何故か僕がトップバッターになっていた。

「昇二との対戦機会を増やすためだろうな……」

 エドアルド・ルイス選手をチラッと見ながら秀治郎が呟く。
 多分、その通りだろう。
 そして僕を完璧に抑え、留飲を下げようとしているに違いない。

「昇二、行けるか?」
「うん、まあ、やってみるよ」

 今回も日本代表はビジター側で先攻。メキシコ代表が後攻。
 試合が始まれば、すぐにも僕の打席が始まる。
 先頭打者は人生でも数えるぐらいしか経験がないが、セオリーは当然分かる。
 ただ、今日はそれを意識するつもりはない。
 ここで自分のスタイルを確立する。
 それぐらいの気持ちで試合に臨むつもりだ。

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