第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

閑話38 独り離れてみる(昇二視点)

「スポーツ選手だったら当たり前のことじゃないっすか。能力の限界を極め続ければ、自ずと体も壊れやすくなる。皆、そんなことは織り込み済みっすよ」

 倉本さんがそう告げて以降。
 僕は居た堪れなさのようなものを感じながら、無言のまま部屋の片隅にいた。

「――私は秀治郎君を信じて頑張るわ」
「分かった。一緒に世界に目にもの見せてやろう」
「ええ、勿論!」

 最終的にそんなやり取りを交わし、浜中さんは秀治郎に快活に笑いかける。
 彼女は何と言うか、口では色々と誤魔化しながらも昔から健気で一途だ。
 何やかんやと壁にぶち当たりながらも、その真っ直ぐさは損なわれていない。
 一方の僕は、日本のプロ野球選手全体を見渡しても体格に恵まれているというのに最近は僅かな心の引っかかりがプレイを鈍らせてばかり。
 それだけに、浜中さんを少し羨ましくも感じて引け目を抱いてしまう。

「しゅー君。わたし達にもそれはできる?」
「えっと、まあ。うん。……どうする?」
「当然、やる。しゅー君の力になるためなら、恐れるものはない」
「倉本さんは?」
「ウチもバッティングのパワー不足が命題っすからね。むしろ、そんなチャンスがあるなら絶対に逃さないっすよ」
「……分かった。けど、特別強化合宿中に始めると落山監督に迷惑がかかるかもしれないから、チームに戻って春季キャンプから少しずつ試そう」
「ん」
「了解っす」

 倉本さんが何やら軽く敬礼するような動作をしながら応じる。
 それから彼女は僕に視線を移して言葉を続けた。

「昇二君はどうするっすか?」
「昇二は……もう少し身長が伸びるかもしれないから、それから要不要の判断をする感じかな。さすがに体が成長し切るまでは余計なことはしない方がいいと思う」

 秀治郎は僕のこともよく見てくれている。
 実際、最近は落ち着きつつあるものの、確かに身長はまだ少しずつ伸びていた。
 終わらない成長に逆に少し怖くなって調べたところ、18歳どころか20歳を過ぎても身長が伸びる者も世の中にはいるらしい。
 勿論、数ミリとかそういう単位ではあるけれども。

 それはともかくとして。
 限界以上の力を引き出し、尚且つ、怪我のリスクを最小限に抑えたバランスの取れたフォームを身に着けるには自分の体を正確に把握していなければならない。
 それには繊細な調整が必要不可欠。
 となれば、成長途上では避けた方がいいのは確かだろう。

「少なくとも、今の昇二は体の出力という点で不足はないからな」
「うん……」

 秀治郎の言葉が暗に告げていることを感じながら頷く。
 僕に不足があるとすれば、体や技ではなく心。
 とにかくメンタルをどうにかしなければならない。
 あるいは根本的な思考の転換か。

 スポーツ選手に怪我はつきもの。
 倉本さんに言われるまでもなく、頭では理解している。
 それでも、兄さんが自分の目の前で野球人生を左右する程の大怪我をしたあの瞬間の光景が、あの音が脳裏からどうしても離れない。
 あれから兄さんは必死のリハビリをして野手としては今シーズンの頭から、ピッチャーとしてもどこかで復帰できるというところまで来た。
 それどころか左投げを会得し、むしろ怪我をする以前よりも凄い選手になった。
 けど、トラウマは薄れてくれない。

 直接の因果関係があったのかは分からないけれども、待球作戦が行われた果てに起きたことである事実が僕に早打ちをさせている。
 ハイレベルな戦いの中ではそれが問題として顕在化してきている。
 ルカ選手クラスのピッチャー相手では、もはや誤魔化すことができない。
 そのことを、この特別強化合宿で改めて突きつけられてしまった。

「淡白なバッティング……」
「ん?」
「ううん。何でもない」

 僕の呟きに反応し、心配そうな表情を見せる秀治郎に慌てて誤魔化す。
 丁度そのタイミングで、助け舟を出すようにルームサービスが届いた。
 そこで今日のところは話を打ち切り、食べを終わったところで解散。
 僕は自分の部屋に戻ってシャワーを浴び、すぐにベッドに入って眠りについた。
 きっと今日の試合でも、解説やネットの住人達に早打ちが過ぎるとか、淡白な打席とか言われているんだろうなと思いながら。

 試合の翌日。
 イタリア代表チームは帰国し、次なるメキシコ代表チームとの特別強化試合に向けて特別強化合宿は更に続いていく。
 僕はルカ選手との対戦を引きずりながらも淡々と練習をこなしていった。
 WBW本番に少しだけ近い勝負を経験し、一層現状に対するもどかしさが募る。
 迷いが更に深くなっている自分に気づいて、それが尚更僕を迷わせるループ。
 体はちゃんと動くけれども、どうしても表情には出ていたようだ。

「昇二、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ」

 秀治郎達が気遣ってくれるが、少しばかり煩わしくも思ってしまう。
 そんな自分が悪い人間のように感じられて嫌気が差す。

「昇二、明日の休養日はどうする?」

 練習を終えてホテルに戻ったところで、また気遣うように問うてくる秀治郎。
 その背後では。

『本日。那覇空港にメキシコ代表チームが到着し――』

 次の特別強化試合の相手が来日したことを知らせるニュースが流れていた。
 否が応でもルカ選手に抑え込まれたことが思い出させられる。
 だから僕は「あ、えっと」と視線を逸らしながら言い淀み……。

「ちょっと一人で行きたいところがあるんだ」

 それから言い訳をするようにそう返答した。
 後ろめたさから秀治郎と目を合わせることができずに俯いてしまう。
 本当にどこか行きたい場所がある訳じゃない。
 ただ、今だけは皆と離れて独りになりたい気分だった。
 それだけだ。

「……そっか。分かった。気をつけてな」

 その辺りの複雑な気持ちを秀治郎は察してくれたようで、それ以上突っ込んだことは何も言わずに離れていってくれた。
 もしかしたら、彼も今の僕に何を言えば正解なのか分からないのかもしれない。
 幼い頃から僕達を導いてきてくれた秀治郎でも、僕のような状態に陥った人間と向き合った経験は多くないのだろう。

 そんな経緯があった上での特別強化合宿の休養日。
 いつもより遅めに起きた僕は琉球ライムストーン球場最寄りのホテルから誰も伴わずに出ると、まずバス停に向かって那覇市行きのバスに乗り込んだ。
 近場でうろついていると、秀治郎達と顔を合わせることになるかもしれない。
 わざわざ時間をズラしたのに、それはちょっと気まずい。
 そう考えて、少し遠出をすることにしたのだ。
 ちなみに彼らは植物園に行ってみると言っていた。

「はあ……」

 そうしてバスに揺られること1時間。
 時折、小さく嘆息しながら大きな体を縮めて座っていると終点に到着した。
 1番後ろの席からコソコソと降りる。
 基本的に秀治郎達の陰に隠れている僕だけど、それでも知名度は割とある方だ。
 何より背が高すぎて目立つ。
 なので、伊達メガネに帽子に私服という今日の格好でもバレバレだろう。
 とは言え、プライベートへの干渉は余程のことがなければタブーだ。
 明らかに私用という出で立ちの僕のことは、そっとしておいてくれるはずだ。
 まあ、落ち込んだ様子で歩く姿の目撃談ぐらいはSNSとかに出るかもだけど。

「どこに、行こうかな……」

 独り言を呟きながら、あてどなく那覇市の近辺をさまよう。
 ぼんやりと、遥か遠くの風景を見るようにしながら只々歩き続ける。
 たまには意図して皆から離れ、独りになりたかった。
 それは確かだけれども、独りになったからと言って全部が解決する訳でもない。
 思考が堂々巡りになって、かえってこんがらがってきているような気さえする。
 それ自体が目的という訳でもないのに、行き先も決めず動き出すものじゃない。
 そう反省しながらも、だからと言ってホテルに戻るのは躊躇われる。
 結局、目的地を定めることなく街中を歩いていると……。

「あ」

 グーッと腹の虫が鳴り始めた。
 その音によって空腹を強く意識させられる。
 スマホを取り出して時間を確認すると、間もなく12時というところ。
 何だかんだと1時間ぐらいブラブラしていたらしい。

「どこか食べるとこ、探さないと」

 道の端に寄りながらスマホを操作し、地図のアプリで近場の食事処を検索する。
 そうしていると、どこからともなく複数人の賑やかな……と言うよりも、喧しいという表現が相応しい声が聞こえてきた。
 一体何ごとだろうと顔を上げる。

「……あれは――」

 声の方向。視線の先には数人の外国人の姿があった。
 歩道を横に広がってワイワイと騒ぎながら歩いている。
 観光客かなと思うが、妙にガタイがいい。
 まず間違いなく、と言うか、確実にスポーツをやっているだろう。
 それもプロアスリートレベルで。
 あれぐらいだと渡航に何らかの制限がかかっていてもおかしくない。

「もしかして……」

 1つの可能性に思い至って改めて目を凝らすと、やはりと言うべきか、何となく見覚えのある顔が並んでいた。
 テレビのニュースでも目にしたし、その中の1人はそれ以前から知っている。
 大分前にインターンシップ部隊の報告会で名前が挙がっていた選手その人だ。
 確かエドアルド・ルイス・ロペス・ガルシア。
 若干16歳で前々回のWBWに出場し、アメリカ代表のサイクロン・D・ファクト投手からマルチヒットを打ったメキシコ代表の中心人物。
 昨日来日したばかりだったはずだが、どうやら彼は早速チームメイト数名と共に街に繰り出しているようだった。

 さすがに自由過ぎるような気がするけれども、メキシコ代表団がそれを許しているのであれば僕がとやかく言えることじゃない。
 それよりも、時差ボケした様子が全くないパワフルさに驚嘆する。
 海外試合への適性のようなものを感じさせられる。

「……ついていってみようかな」

 ともあれ。
 僕はそんな彼らのことが何となく気になって、気づかれないように一定の距離を保ちながら後を追いかけたのだった。

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