第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

299 本当なら誰もがリスクを負っている

「……ふぅ」

 ほとんど睨むようにしながら強く意思を問うた俺を前にして、美海ちゃんは決意を固めるように瞑目してから1つ深く息を吐いた。
 そして、ゆっくり目を開けると俺の圧に耐えながら見詰め返してきた。

「私は、WBWでちゃんと戦力になりたい。秀治郎君と、皆と一緒に戦いたい。そのためなら、どんな代償を払ってもいい」

 そのまま美海ちゃんは絞り出すように告げる。
 その必死な姿だけでもルカ選手の暴言が棘となって彼女の心に深く突き刺さっていたであろうことが、ヒシヒシと伝わってくる。
 それでも俺は短くない時間、険しい視線をぶつけ続けた。
 上辺だけの言葉では決してないことを確かめるために。
 対する美海ちゃんの瞳は、今度は揺れることはなかった。
 彼女は間違いなく本気だ。

「はあ……」

 だから俺はある種、根負けするような形でその方法を実行することに決めた。
 小さく嘆息し、苦笑しながら続ける。

「分かった。美海ちゃんの意思を尊重するよ」
「秀治郎君……ありがとう」

 俺の返答に美海ちゃんはホッとしたように微笑んだ。
 そんな彼女の様子を目の当たりにすると、これからやることに罪悪感が募る。

「けど、代償って変なことじゃないっすよね?」

 と、そこへ茶化すような微妙に嫌らしい笑みと共に倉本さんが尋ねてきた。
 張り詰めた空気を和らげようという思惑があるのだろうが……。

「あー……」

 今回ばかりは大分真剣にならざるを得ない内容だ。
 それだけに俺は乗っかることができず、曖昧な反応をするしかできなかった。
 結果、倉本さんは嘘から出た真かみたいな表情を一瞬浮かべかける。

「みっく、空気読んで」

 しかし、俺の内心を読み取ってか、あーちゃんが真顔で倉本さんを窘めた。
 その圧は俺が美海ちゃんにかけたものの比ではない。
 余りに冷た過ぎる目は友達に向けていいものではなかった。

「うっ……ごめんなさいっす」

 倉本さんはその視線に呆気なく負けてしまい、小さくなって謝った。
 俺だってあーちゃんにそんな目を向けられてしまったらそうするだろう。
 特定の界隈ではご褒美になるかもしれないが。

「まあ、今回ばかりは未来が悪いわね」
「申し訳ないっす……」
「……ま、私は多少変なことでも受け入れるけどね」

 一層縮こまった倉本さんの姿にさすがに可哀想になったのか、美海ちゃんはそんな風に軽くフォローを入れてから改めて俺と向き直った。
 俺もまた、少し逸れてしまった思考を戻して姿勢を正す。

「それで、秀治郎君。私はどうすればいいの?」
「端的に言うと、打撃フォームと投球フォームの再調整だな」
「…………えっと、それだけ?」

 俺の返答に対し、拍子抜けしたような声と共に問う美海ちゃん。
 勿論、かなり端折った内容だ。
 伝えようがない部分の誤魔化しも多分に含まれている。
 当然、それだけでは理解も納得もできないだろう。
 だから再度口を開いて補足を始める。

「今までの最適なフォームから、限界以上の力を出せるフォームにするってこと」
「……限界以上の力を出せるなら、むしろそれが最適解なんじゃないっすか?」
「未来、そんな都合のいい話がリスクもなしにある訳ないでしょ?」

 ちょっと呆れたように倉本さんに反論した美海ちゃんは、それから自分の言葉を受けて「ああ」と納得したような声を上げた。

「成程、それが秀治郎君の言う代償ってことね」
「どういうことっすか?」
「限界以上なのよ? そんな無理をしたら、怪我しやすくなっちゃうじゃない」
「まあ、そういうことだな」

 厳密には理由が違うけれども。
 前提の部分をそう誤認するように誘導するために肯定する。
 実際に行うこととしては割と単純だ。
 怪我しやすくなる代わりに【体格補正】にプラス補正が入るスキルである【全力プレイ】と【身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】を取得して貰う。
 まずはそれだけのことだ。

 これまでのやり取りは、あくまでもステータスやスキルといった超常的な要素抜きに皆の常識に落とし込んで説明するための、それっぽい理屈づけでしかない。
 勿論、その結果としてフォームが大なり小なり変わることはあるだろう。
 怪我のリスクが高まるのも事実だ。
 全くの嘘という訳でもない。
 それでも色々と誤魔化していることには変わりないので少々心苦しいが――。

「……えっと、そんなんで代償って言ってるっすか?」

 倉本さんがまるで肩透かしでも食らったように言いながら首を傾げた。
 そんな反応をされる意味が俺にはよく分からず、一瞬思考がとまってしまう。
 いや、怪我のリスクが明確に上昇する訳だから相当大きな代償だろうに。

「スポーツ選手だったら当たり前のことじゃないっすか。能力の限界を極め続ければ、自ずと体も壊れやすくなる。皆、そんなことは織り込み済みっすよ」
「それは、でもな」

 スキルの効果として明記されている訳で……。

「秀治郎君は、何だか育成ゲームでもやってるみたいっすよね」

 苦笑気味に軽く告げられた倉本さんの言葉に、二の句を告げなくなる。
 実際、そういったところを認識している俺と、それらを全く知らない彼女達とでは判断基準が違ってくるのは当然のことではある。
 しかし、ここまであからさまに指摘されたのは初めてのことかもしれない。

 あーちゃん達と接する中で、ゲーム感覚も大分薄れてきたつもりではあった。
 それでも、この部分に関して完全にそこから脱却するのはさすがに無理だろう。
 知ると知らぬの差が余りにも大き過ぎる。
 どうしてもステータスやスキルの存在は意識せざるを得ないものだから。

「秀治郎君。未来の言う通りよ」

 俺がそうこう考え込んでいる間に、美海ちゃんも追従するように口を開く。

「今の私だって……それこそゴリラだ何だって揶揄されるぐらい、女性選手のこれまでの限界を遥かに超えてるのに――」

 と自分で言っておきながら、美海ちゃんはそこで一旦言葉をとめて「アンジェリカ選手の方がよっぽどゴリラよ」と不服そうに呟いた。
 ネット上では今もたまにゴリラ呼ばわりされているところを見かけるが、彼女はそれを相当気にしているようだった。
 その美海ちゃんは気を取り直すようにコホンと1つ咳払いをしてから続ける。

「限界の更に上を求めようとしてる訳だから、それぐらい当たり前のリスクじゃないの。わざわざ覚悟を問う程のことじゃないわ」

 そう俺を見据えて言ってから、彼女はフッと困ったような微苦笑を浮かべた。

「秀治郎君はずっと過保護よね。振り返ってみると、いつだって私達が怪我したりしないように配慮し続けてくれてたような気がするわ」

 それを受けて、隣のあーちゃんがうんうんと同意するように何度も頷く。

「全くっす。箱入り娘の気分っす」

 呆れたように続いた倉本さんもまた、概ね同意見のようだ。
 いや、箱入り娘扱いはさすがに本意ではないのだが……。

「心配してくれてる秀治郎君の気持ちは勿論ありがたいけどね。そんなことよりも具体的にどういうピッチャーを目指すのか、完成形を教えて貰えないかしら」
「いや、そんなことって……」

 彼女達の反応にどこか釈然としない気持ちを抱きながらも、とりあえず今は美海ちゃんの質問に答えることにする。

「美海ちゃん自身が言ってた通り、ここから先は球速アップがマスト。だけど、多分この方法でも150km/h台前半が精々だと思う」
「その大台に乗せられるだけ女性選手としては破格っすけどね」
「そうね。でも、それだけじゃ武器にはならないと思うわ」
「うん。だから、まずはナックルの球速を上げて貰う」
「ナックルの球速アップ?」
「そう。最低でも140km/h台まで」
「はあ!? そんなの、さすがに無理でしょ!」
「いや、そんなことはない、はずだ」

 驚いたように否定する美海ちゃんに否定を重ねる。
 少なくとも前世では140km/h以上の高速ナックルを投げることのできるピッチャーがフィクションのみならず、現実にも存在していた。
 日本プロ野球でも大リーグでもなく、アメリカ独立リーグの選手だったけども。
 しかも、ちゃんと実戦でそれを武器にして活躍できたのかは分からない。
 彼がトップリーグに進む前に、俺の前世の世界は終わってしまったからな。
 ピッチャーだけでなく、キャッチャーの問題もある。
 それでも美海ちゃんと倉本さんのコンビなら、使いこなすことができるはずだ。

「まあ、一先ず分かったわ。まずってことは次もあるのよね?」
「ああ。次にナックルカーブの球速も同じぐらいまで上げて貰う」

 ナックルが機能しない状況に備えて。
 同時にナックルとの併用も考えて。

 こちらも本来は緩い球だが、140km/h超の高速ナックルカーブを武器としている抑えピッチャーが前世の大リーガーに存在している。
 美海ちゃんの仮想の最終ステータスなら、決して不可能ではないはずだ。

「更にスライダー系統も140km/h~150km/hに揃えて相手バッターに4択、5択を突きつける。必要に応じて球速を調整して緩急をつける」

 これが【全力プレイ】と【身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】を取得した美海ちゃんに俺が期待する投球スタイルだ。

「ここまでできればWBW決勝トーナメントでも確実に役割を持てる。高速ナックルをフルに活用できる場面なら、圧倒することだってできるはずだ」
「高速ナックルに高速ナックルカーブ、か」

 目を閉じて、俺の言葉を吟味するように呟きながら考え込む美海ちゃん。

「確かに一歩間違えれば怪我しちゃいそうね」
「……やっぱりやめるか?」
「いいえ。やるわ。絶対に」
「再起不能になるぐらいの怪我をしても?」
「仲間内に正樹君って先駆者がいるじゃない。同じように頑張るだけよ」

 正樹を引合いに出されると尚のこと反論しにくくなる。
 確かに彼と比べると、過保護と思われても仕方がないかもしれない。

「それに、秀治郎君がサポートしてくれるんでしょ?」
「勿論、細心の注意を払って怪我なんかしないようにする」
「なら、私は秀治郎君を信じて頑張るわ」

 微笑みながら応じた美海ちゃんの声色には間違いなく100%の信頼があった。
 そこまで言われてしまったら、もう応えるしかない。

「分かった。一緒に世界に目にもの見せてやろう」
「ええ、勿論!」

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