異世界なんだし好きなように生きて存分に楽しむだけだよ?

清水レモン

風に吹かれて舞う

季節感が失われた世界でも、咲いている花は季節を教えてくれる。
よけいなことひとつも語らずに『春だよ』と告げるだけ。
告げもしないか。自然と伝わるように、できている。
おれは?

いつも、いつも、いつも。
ひとこと、よけい。
ひとこと、おおい。
ひとことのせいで、もめてしまう。
どんなに説明したとしても。
たんなる連絡だった場合も。
言わなければ「聞いてない」と怒鳴られる。
どこでどうなにが筒抜つつぬけなのか、よくバレる。
いつどこでなにを誰と、で結局どうしてこんな時刻まで?
そんな家族に疲れていた。

今度こそ、疲れないで済む関係にできないかな。
結局おれの問題なんだしね。
だって、ほら。
どうあがいても、変えられないものってあるじゃないですか。
なにをしても、しなくても。
他人を変えられない。
けれども。
自分のことなら、自分で舵取かじとれる要素がある。
自分が変われば、周囲も変わってくるかもしれない。
多少の変化その程度でいい。
もう高望みなんて、しないさ。
するだけ疲れる。

おれは少しづつだけど、ひょっとして、もしかして、なんてことに気づく。
おれは中学受験やっぱり経験してるし、志望校に合格してるんだよ。
ななみちゃんは地元の公立中学に、おれは合格した私立中学に。
中学~高校へはエスカレーター方式で進学できるから、次の受験は大学。
の、はずだ。
はずだった。
それがいまこうして、地元の公立中学に通っていて、高校受験が迫ってきている。
すごいタイミングだな。
志望校選択の振り分けテストは終わっている。
むしろそれ、ラッキー。めんどくさいテストひとつ回避できた。
テストの点数は、ひどいもんだったな?
A4サイズの紙に書かれていた情報ひどいもんだった。
けど。
ななみちゃんと同じ高校を受験できる最低レベルはクリアできているという。
おれの立ち位置いまひとつわからないけど、前任者まえのひとも相当がんばったんだと思うぞ?
なにしろ、中学受験に失敗して、周囲にバカにされてイジメられて不登校の問題児って。
だけど。自分の意志で登校拒否してたんなら、すごい。
ちゃんと自分の意志を持っている。なら大丈夫だ。流されるタイプとは、ひとあじ違う。
中学受験で合格したはずの、このおれ。おれなんて流されるタイプだった。
親の言いなりに習い事ならいごとさせられたり辞めさせられたり、塾コロコロ変えられて、あげくは中学受験だとか虚偽発言うそつきさせられて。
ちゃんと自分の意志を持っているのに、『親に言われたから』『命令だから』って。
結果いつも言いなりでした。
いま思い出しても、とてもとてもとても、すごく。
つらい。
いたい。
なにより、悔しい。
もう二度と、あんな状況なんてゴメンだ!
だからきっと、これはチャンスなんだと思う。
この体は、きっと借り物なんだろう。
前任者まえのひとがハッピーな転生をしてくれていたら、うれしいな。
少なくとも後任者このおれは、この機会を絶好のチャンスと捉えている。
成功を目指すよ。

だけど成功って、なんだっけ?

思い切って、自分の感覚で質問していくことにした。
話が通じなくてもいい。
なに言ってんのかしら?
そう思われるくらいで、かまわないさ。

ななみは風に吹かれて花びら手ですくったり、つまんで観察したりしていた。
こうして、あらためて見つめてみると、いくつか変化を感じることができた。
おれたち、中学生になってから一年以上が経過しているんだな?
風にひるがえるスカートは、彼女を遠慮なく魅力的に演出している。
ふとももって、そんなにまぶしいんでしたっけ?
かろうじておおわれている腰はプリーツのひだで眩暈めまいさそう。
ちらり。見える、おへそのあたり。ちら。おなかの。
うわ、おれまいったな。まいったよ。ななみが美しい。
知ってた。とっくに昔から。ななみちゃんはカワイイし美人だし。
周囲の評価なんて、そんなのどうだってよくね?
おれにとって一番なんだから、それで決まり。やっぱり最高だよ。
ちらり。彼女おれに視線を向けて言う、
「その位置からだと丸見えでしょ?」
「ん?」
「でしょ? でしょ?」
おれは深呼吸してから一気に彼女に駆け寄った。
答えるより早く、見えているものが見えなくなる位置になって、彼女すぐ目の前。
「やっぱり。ななみちゃんかわいい。おれ好きだ」
「あ」
「ぜったい」
「え?」
「はなさないから」
呼吸が止まったかのような彼女。の反応。
でもすぐに呼吸してることは見ててわかった。
胸が。呼吸のたび。胸のあたりに動きが。
目を合わせたままでいるのに、彼女のあちらこちらが視界で暴れているよ。
踊り狂うような髪も、引きちぎられて持っていかれそうなくらいのスカーフも。
「はい」
ななみが言う。すくっていた花びらつまんでいる手、おれに向けて。
「うん」
「なんか今日の、あきらくん。やっぱりヘン。ちょっと怖いよ?」
「ごめんな。けど、おれこういうやつなんだよね」
「知ってる」
「わるいけどな」
「いいよ!」
「え?」
「あきらは、それでいい。それがいい。ヘンなくらいが、むしろ似合ってるのかも」
「ありがとう」

いくつか聞きたいことがあるんだ。
ステータスとか、どうやってチェックするんだい?
いちおう確認したんだけど、よくわからなくて。
たぶん視界の、どこか。あると思うんだけど?
なんていうのかな。画面の片隅みたいな感じで。
あとチャットてゆか会話のログさかのぼれたりしないかな。
彼女ぽかんと唇ぽっかりぽかんと、あけてる。
黙ってる。
そりゃそうか。
なら、しかたない。
へんな質問と自覚しながら、いくつか訊いてしまった。
混乱させてしまっただろう。
おれは、
「ご」
めん、と言おうとしたが言葉に詰まった。
むしろ呼吸が止まった。
だって。
彼女が真顔で言うもんだから、
「あるよ。右手を耳の辺りに、左も同様。こう振って。でとなえる。こう」
「え!?」
「あくせすこあこんぴたんす」
「ん?」
「さ。振ってみて。こう。で。一緒にとなえて。いくよ?」
「お!」

アクセスコアコンピタンス ファブレス

目の前?
視界の。範囲内?
それともこれって。画面?
景色は見えているまま、半透明に映し出されていく情報。
見える。見えてる。
彼女は立ち尽くしたまま、バタバタとスカートの舞い踊る音。
なじみの文字群もある。
HP
MP
LP
SP
PPn
N>o
すげえ。まじコレなにゲームじゃん。

「どう? ちゃんと見えた?」
「ああ」
見えたし見えたさ、見えたとも。
「久しぶりの学校だし、ちょっと混乱してるんじゃない?
 左下の☆マーク、それ微調整可能だから。ためしてみて?」
「ほし?」
あ。
星座盤みたいなのが出てきた。
「あきらは座標を読むのが上手だったから、すぐにかんを取り戻すよ」
いける。やっていける。
このとき、おれは確信した。
OKさ。

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