異世界なんだし好きなように生きて存分に楽しむだけだよ?

清水レモン

花の降る屋上

おそらくバグか、なにかが原因。
装置インジケーターが作動していないのだろう。
さっきは少し取り乱してしまった。
ここが異世界とか。
なに言ってんの、おれ。
んなわけ、ないじゃん?
異世界とか。
知ってるけどね、異世界が存在するのは。
異世界に転生したり異次元で緩和されたり、それって小説の話でしょ。
ボイスノベルで読むのは楽しいけどさ。
転生したらスライムだったり蜘蛛だったり美少女なんだよね?
おれ、おれのまんま。
おれ、おれのまんま。
って、おい!
ここが異世界だっていうんなら、その証明してくれよ!!
どういうシステムで構築されてて、どんな装置インジケーターが作動して。
とりあえずHPとMPとか見せてよ教えてよ表示してください!

いや。
どうもこれ、あがいてもシラきろうとしても。
リアルに息苦しくて、リアルに胸が痛む。
「あのさあ、ななみちゃん?」
「なに? てゆか気持ち悪い」
「気持ち悪い!?」
「あのさあ余計。言いたいことあるならサッサと言おう?」
「おう」
「いったいどうしたの? なんとなくだけど朝からチョットへんかも」
「誰がヘン?」
「まあ、いいわ。で。なに?」
「つかぬこと伺いますが、おれ中学受験してませんでしたっけ?」
「ああ」
「夢だったのかなあ」
「それな?」
「なにか知ってる?」
「知ってるも、なにも。
 ふう。
 あの、さ?
 とりあえず落ち着いてね、落ち着いて聞いてください?」
「落ち着いてるけど」
「あきらは私立の中学を受験しました」
「やっぱり」
「で落ちました」
「え?」
「不合格だったのよ」
「うそ!」
「相当なショックだったのよね。
 まわりからはバカにされ、いじめられ、そりゃもう、もう散々さんざん
「って!?」
「信じてた友だちからも落ちたことバカにされちゃったもんだから。
 いきなりグレて問題児になったのよ、あなた。
 んでもって、『もう誰も信じられない』って不登校で引きこもりに」
「え?」
「いまでもこうやって記憶が混濁ミックスしちゃうのね。
 たいへんだったね。
 私は覚えてるわ。
 あきらは、けっして勉強できないわけじゃないの。
 やればできる子だったし、空を見あげて星を読んで占いも得意だったわ」
なにかズレた気がするけど、気にしないで聞くだけ聞いてみよう。
「中学受験のこと、あきらのご両親は『周囲みんなには黙っとけ隠しとけ』って。
 だけど私にだけは内緒にせず本当のこと教えてくれてた。
 なのに、あなたは。
 『そんなのイヤだ』
 『友だちにウソをつきたくない』
 『親友をだますくらいなら失敗して笑われるほうがマシだ』
 とかなんとか。
 で。
 ある日ついに暴走して本当のこと言ってしまって。
 入試ガンバレよって言われてたんだけど。
 いざ結果が出て、不合格だとわかると。
 友だちも親友も、ずいぶんに、ずいぶんな?
 ね。
 覚えてるよ、私も。
 ひどいわ。
 つらかったよね。
 あんなの、ない。
 最初あきらは気を強く元気に振る舞ってたんだけど。
 ある日ついにポキッて折れちゃったの」
「折れた?」
「心がね。あの折れる音ちゃんと私聞いてたから」
「そっか」
「そうよ?」
「ありがとう。ななみちゃんは、おれに優しくしてくれたんだ」
「うん。そりゃ。とうぜん。でしょ?」
「ありがとう」
「どういたしまして?」
「まじマジで本当ありがとうございます」
「よしてよ。そんな」
「でもそれで一緒の中学に通えてるってわけか」
「はからずも。ね? 私としては一緒でよかったんだけど」
「けど?」
「あきらは受験勉強ずっと四年生とか五年生のときからしてたわけで。
 中学に入ってから塾に拒否反応するようになっちゃって。
 もちろん学校にも来ないし。
 授業に出ない、勉強しない、どんどん落ちていっちゃったのよ?」
「かわいそうに」
「ふふ。ほんと今日なんかヘンだね?
 さっきからずっと他人事ひとごとみたいにっちゃって」
「そうかもだな!」
「それとも、いい意味で変わった? 変われた? 乗り越えられたとか」
「そのとおりです!」
「あら!!」
だいたいの流れは把握できたよ、ななみちゃん説明ありがとう。
そうか。
おれは中学受験に失敗して周囲からバカにされて人間不信になって不登校の問題児になっている、と。
そうらしい。
そういうことか。
それならば。
「ななみちゃん!!」
「わ!」
「もう大丈夫です!」
「ぴっくり。でも。そうなの、ね?」
「だから安心してください!」
「うん」
「大丈夫です!!」
「うんうん」
「安心してください!!」
「ああ」
「え!?」
ななみちゃんが小さな声を出して涙ぽろぽろ流し始めてる。
え。そんなに?
そんなに?
そんなに?
いったい、なにがあった。この世界この世界線上で。
そんなに、なのか。
おれは夢を見ているんだと最初は思ってたんだけど。
どうにも夢じゃないらしいことがわかってきて。
夢にしては覚めないし。
むしろ夢のくせに、脳ますますクリアになって冴えてきてるし。
だとすると異世界っぽい。
異世界に転生しちゃってるっぽい。
だけど。
『おれの記憶では、おれは中学受験で合格した。
 私立中学に入学して、ななみとは別の中学で。
 高校受験とは、縁のない世界を生きていた。
 はずなんだけど。
 なのに。
 なあ?』
これが異世界でも、転生したのでも、なんでもいい。
だがもし、この世界で生きていかなければらないんだとしたら?
このまま、この世界線を生きていかなければならない。としたら。
『未来に待ってるのは高校受験、か。まじかよ受験かよ、またなのかよ!?』
異世界転生ボーナス特典の、チート能力どうしたんですか?
MMORPGのβベータテストなら、参加者特典のスキルは?
ないのかよ。
でもって、あの成績?
なんて仕打ちだ!
あんまりだよ。

屋上からの眺めを見て驚いた。
あらためて見ている。よく観察してみる。
そうだ。世界そのものが、いろいろちがうじゃないか。
校舎の屋上からは海が見下ろせていた。
おかしい。
おれたちが暮らしているのは、山間やまあいの盆地。
山には桜。春に満開だと、いちめんピンク色になって、花吹雪が住宅地に吹き荒れる。
おかしい。
おれは、まだ今年あの桜の花びら舞い散る吹雪を体験した覚えがない。
どう思い出そうとしても、昨年いやこの世界では一昨年おととしなのか。

『次の春は、いよいよ受験。
 桜吹雪は、それぞれちがう学校で。だね?』
なんて会話を交わしたと思うぞ。

時間が経過するにつれ、おれの脳内記憶と目の前の景色と、どちらが本当なのか。
わからなくなってきた。
混濁ミックス
ちがうな。
むしろ定着しつつある。そんな気がする。
もうすでに、おれは今この世界を現実リアルと感じつつあるようだし。
だけど。

「ななみちゃん。おれの味方になってくれ」
「もうなってるわよ?」
「おれ勉強ちゃんとする。わかんないとこ教えてください」
「私でわかるところなら」
そうだ。
異世界なら、やっていくしかない。やっていこう。やってやる。
MMORPGゲームなら、クリアしなくちゃ。してやる。やってみせる。
そうとも。
おれには、できる。
おれなら、できる。
なんたって、それはもう。
ちゃんと理由がある。できると断言できる理由が。
ちゃんと根拠もある。やれると確信できる根拠が!
「おれは運がいいな!」
思わず声に出して言っていた。
「ふふ。とつぜん、どうしたっていうの?」
「ああ。気づいたよ。おれ、すっごく、運がいいんだな。って」
「ふふふ。でもそういうとこ、むかしの、いえ、いつもの、あきらっぽいね」
「だろ?」
「だよ!」
「だからもう大丈夫さ」
「うん」
「だから安心してください」
「うんうん」
そのとき突風が屋上を駆け抜けた。
いちめん新緑に萌えまくっていたはずの木々なのに、まぎれもない桜の花びらだ。
すごい、すごい、すごい。
青空いちめんおおい隠す勢いで花吹雪だよ。
花びらが舞い降りてくる。
ななみの髪にも花びらとまった。
「ふふ。桜かと思ったら、これ見て」
「うん?」
「梅の花じゃないかしら?」
「ほんとだ」
「で、こっちは桜。
 あ、それ!」
「これ?」
おれがキャッチした花びらは少し大きくて、
「ハクモクレンだねそれ。すご~い。こんなの初めて。あ!」
「お!」
おれは別の花びらをキャッチした。
「ハナミズキだね?」
「花びら四重奏カルテットね!」
おれは彼女と目が合ったまま、このままずっと時間が止まればいいのに。
とか考えた。
風の勢いは強くて、吹きぬけるような過ぎ去るような通り過ぎるたびに、舞いあがる。
おれは両手を広げた。
降り注がれる花びらたち。
空を仰ぐ。
天へ戻っていくものもある。
花びらの渦巻トルネードが旋回しながら色まざりあっていた。
「ちょっとだけこの風すこしあったかいね」
彼女はスカートを手で押さえないでいた。
むしろ両手を広げて。
「うん」
あおられるがまま。
セーラーの襟元でスカーフは引きちぎられそうにバタつき踊っているのに、決して離れないし、ほどかれない。
長い黒髪が泳ぎ、いつもより短く感じられるスカートふわりひるがえる。
空を見あげても、前を見つめても、花びらたっぷりの美しい眺め。
なんだよ、なんだよ、なんだよ?
なあんだ。
この世界。
素晴らしい、むしろ素晴らしすぎるくらいで、素敵じゃないか!
なあ?



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