魔法令嬢アリスは星空に舞いたい

チョーカー

新しい家庭教師が来るようです

「お嬢さま! どちらにおいででしょうか?」

 森の中、アリスの呼ぶ声が聞こえて来た。

「この声は……メイだわ。私のメイドが探してるのみたい。来て! 紹介するから!」

 アリスはクロの手を取って、走り出す。

「お嬢様、ご無事でしたか! 森には危険な魔物が徘徊してると聞いて、慌てて飛び出してきましたよ」

「心配させてごめんなさい。この子に助けてもらったの」

 後ろに隠れていたクロを紹介しようとした。しかし、メイの表情は険しいものに変わった。それは、一緒に生活してたアリスも初めて見る彼女の顔だった。

「何者ですか?」

 彼女の言葉には、敵意が見え隠れしていた。 

「……答えれないみたいですね。失礼ながら、お嬢様をたぶらかす賊と思われても仕方ありませんよ?」

「いや、俺は――――」

「問答無用です」とメイは短剣を取り出して構えた。

 森に出る時の護身用に持っていた短剣だ。

 それをアリスは止める。

「ちょ、ちょっと、クロは私の新しい友達なのよ。それに賊には見えないじゃない?」

「お嬢様……それは私には判断できません。邪悪な魔法使いは、姿を変えて子供を――――貴族のご子息、ご息女を拐《かどわ》かすと聞きます」

「それじゃ、どうやって俺は、邪悪な魔法使いじゃないって証明したら良い?」

 刃物を向けらた緊張感も見せながら、クロは敵意を見せないように手を上げながら訪ねた。

「証明……ですか? そんな事は不要です。あなたが、この場から離れてくれば良いだけの話ですよ」

「わかった、わかった。それじゃ俺はここで――――」

「いや、だめよ。私はちゃんとした形でクロにお礼をしたいわ」

「お嬢様……」とメイ。「アリス……」とクロ。

 2人とも、似た表情をしていることが、さらに彼女を悲しませる。

 そんな時――――

「どうも、お困りでしょうか?」

 新しい人物の声。 声と同時に現れたのは大人の男だった。

 白い髪を腰まで伸ばしてる細身の男性。

「この少年は、クロ。私の弟子であり、怪しい人物ではないと証明いたしましょう」

「――――どなたでしょうか?」とメイは、さらに警戒心を強める結果になった。しかし――――

「おやおや、私もまだ無名でしたか。それでは、これならどうでしょうか?」

 男は帯びている剣を腰から外して、その鞘を見せる。 正確には、鞘に刻まれた紋章を……

「そ、その紋章は、剣聖オスカーさまの――――そんな、本物!?」

 メイは驚き、視線をクロに向けた。

「そ、それでは、この少年は――――」

「えぇ、私の弟子は1人だけ……彼の名前はエドワード・オブ・ブラック。すなわち、エドワード皇太子ですよ」   

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

 屋敷に戻ったアリスたち。 

 応接間にはアリスの両親。その向いには、クロが師匠のオスカーと並んで座っている。 メイは、扉の横に控えている。

「エドワード王子、うちのメイドが失礼をしました。どうやら娘を助けてくださったそうで、感謝してもしきれません」 

 アリスの父親の言葉。 エドワード王子――――クロは緊張した顔を見せながら。

「いえ、偶然です」とだけ答えた。その様子に彼の師匠は苦笑しながら、

「マクレイガー公爵、すでに2人は、親交を結んでいる様子。どうでしょうか? 2人の方が気兼ねなく話せるみたいですが?」

「おっと、これは私としたことが気がつかず……そうですな。ここは若い2人に任せますかな」

 そんな、よくわからない事を言いながら大人たちは部屋を出て行った。

 2人だけになったアリスとクロは――――

「クロ、王子様だったの?」

「うん、まぁそんな感じ」

「どうして教えてくれなかった」

「俺は、自分が王子なんて自覚がないんだ」

 それに……と彼は話を続ける。

「王位継承権も高くない。生まれた時には魔法の才能も期待されていたけど、紋章が宿るほどの才能もなく――――中途半端な魔法剣士になった。……いや、なるしかなかった」

「中途半端? そんなことない。クロは凄かったよ? 私を助けてくれたんだもん」

「そう言ってくれるとありがたいけど、違うんだよ」とクロは首を左右に振った。

「魔法剣士ってのは魔法の研鑽に費やせば、剣の鍛練はおろそかに、剣の鍛練に費やせば、魔法の鍛練はおろそかに……そう言われてる」

「じゃ、剣と魔法の両方を頑張ってみたら?」

「────」とクロは言葉を失った。

 アリスの表情は純粋な疑問。彼女は信じている。
 クロなら、それができると信じている。

 それがクロ自身にも伝わり────

「……そう、だな。やってみるか」

「うん、クロならできるよ。きっと!」

 いつの間にか、時間は夕方の近くになる。

 クロの身分は王子。

 流石に、真夜中に馬車を走らせるのは、安全と言えない。

 アリスの家の周囲は森ということもある。

「次はいつ来るの?」とアリスの声。 

 彼女の両親は少し驚いたようだった。

「あんなにもお見合いを嫌がっていた娘が、エドワード王子を気に入っている!」

 しかし、当の本人は「お見合い?」とキョトンとした表情。

 アリスは、クロと遊んで友達になった感覚なので、これがお見合いだということを完全に失念していたのだ。

「じゃ、来週……月に2回くらいは遊びに来るよ」

 クロはアリスと同じ8歳。8歳とはいえ、王子という身分は忙しい。

 それを無理してでもアリスに会いに来るという意味。それは――――

 両家の関係者は喜びをみせた。

 別れ、それから――――

 ゆっくりと揺れる馬車の中。剣聖オスカーはクロに訊ねる。

「クロ、いかがでしたか? マクレイガー公爵のご息女は?」

「不思議な子だった。なんて言うか……うん、やる気にさせてくれる」 

「ずいぶんと気に入った様子ですね」

「そうだな……」とクロは今日の出来事を思い返しているように見えた。

 それから、おもむろにクロはオスカーの顔を真剣に見た。

「相談がある。この国で一番の魔法剣士を剣の師匠に……オスカーと別の師匠を迎えたい。どう思うか?」

「私以外ですか? それは構いませんが、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

「20年……いや、10年以内で国内最強の魔法剣士の技を全て修得する」

「ほう……」 

「俺が10代で最強の魔法剣士になって、さらに魔法と剣を磨いて――――なおも、魔法剣士が中途半端と笑う奴がいるかな?」

「いませんね」とオスカーは、どこか楽しそうに答える。

「それともう1つ。どうしても欲しい物がある」

「それは何でしょう? 私が差し上げれる物ならいいのですが」

「魔剣だ」

 クロは短く答える。 

「持ち主の心を狂気によって支配すると言われる魔剣。それを抑え込む事ができた者は――――」

「あなたは最強になれる」

 それは、他ならぬ剣聖であるオスカーの言葉、太鼓判である。

 この日――――近い将来に行われる王位継承戦を勝ち抜き、『魔剣帝』と呼ばれる英雄王が誕生する。間違いなく、その転機となったのは、アリスとの出会いに間違いはない。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・ 

 アリスとクロのお見合いから数日後。

 マクレイガー公爵家を「困った、困った」と呟いた歩き回る女性がいた。

 彼女の名前はモズリー。 アリスの家庭教師だ。

 ただの家庭教師ではない。魔法を教える専門の教師。

 それもモズリーもアリスと同じ風の紋章を有する魔法使い。

 そんな彼女が困っているとなれば、当然ながらアリスの指導方法のこと。

(アリスさんは才能が有り過ぎます。8歳で風を操り、空を飛べるようになりました……後は何を教えたらいいのでしょうか?)

 アリスが魔法の才能に目覚めた時、両親は優秀な家庭教師としてモズリーを招き入れた。 しかし、夫妻が幼い我が子を指導するのに1つだけ条件をつけた。

 それは攻撃魔法を教えないこと。

 8歳の子供に、人を傷つける危険な魔法を教えるのは危険過ぎる。それは当然な条件だが……

(攻撃魔法からの模擬戦なら、教えることはたくさんあるのですが……仕方がありませんね)

 彼女は覚悟を決めて、アリスの両親の部屋に向かった。

 入室を許され、「失礼します」と中に入るモズリー。

「どうかしましたか、モズリー先生。あなたからやってくるのは珍しい」

「それが、ご息女のアリスさまのことなのですが……」

「アリスが、何か先生にご迷惑を?」

「いえいえ、彼女は授業中は真面目でして、迷惑なんて思った事は一度もありません」

 それは、普段のお転婆と言えるアリスのイメージから想像し難いが、彼女は魔法の授業に関しては真摯に挑んでいた。

 だからこその問題。

 飲み込みの早いアリスに――――否。

 飲み込みが早すぎるアリスに指導できる事がなくなってしまったのだ。

「それは……その……それほどのものなのか? 我が娘の才能は?」

 アリスの父親は、言い淀む。 

 溺愛する娘に最高の環境を――――魔法の指導も最高の家庭教師に――――そうやって探したのモズリーだったのだ。
 
「はい、正直に申しますと……8歳で飛行魔法は操れる魔法使いは、前例がないほどの才能でして……すでに私には教える事はなくなりました」

「そう突然、言われても……」と悩む夫にアリスの母親は助け船を出す。 

「そうおっしゃらずに、娘もモズリー先生を慕っています。これからもご指導のほどをお願いしたいのです」  

「いえ、彼女の才能開花が遅れるのは魔法界にとっても大きな損失となります」

 モズリーの言葉に夫婦は、顔を見合わせた。そんな夫婦にモズリーは、

「つきましては、私の後任に推薦したい人物がおります」

「後任? モズリー先生よりも適任者がいるとなれば……」

「はい、ミゲール……ミゲール・コット。私は彼女を推奨させていただきます」

 ミゲール・コット。 それはアリスの両親も知っている有名魔法使い。

 その異名もシンプル――――『地上最強の魔法使い』

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 そこはまるで洞窟のような部屋だった。

 光が入らない暗さ。 何かわからない骨が床に散乱している。

 そこが『地上最強の魔法使い』 ミゲール・コットの住み家――――いや、部屋だった。

 肝心の部屋の主は――――いた。

 ベットとも言えない布を集めただけ寝具の上。彼女は寝ていた。

 彼女は、まるで彫刻の如く整った顔と肉体。

 腰にまで伸びた銀髪。半裸……と言うより全裸に等しい寝巻。

 何かの気配を察知して彼女の瞳は開いた。

「……使い魔か。これは、モズリーの使い魔だな」

 体を起こしたタイミング。

 彼女の部屋にフクロウが飛んできた。その足には手紙が付けられている。 

 ミゲールの言葉通り、手紙と使い魔の主はモズリーだった。

「なになに……ん? 私に教師をやれって? おいおいモズリーの奴、しばらく会わないうちに私の性格を忘れてしまったのかい? ……いやいや、冗談じゃねぇよ。つまり、そいつは――――私にそんな無茶を通そうってほどの逸材ってことだよな?」

 彼女、ミゲールは長すぎる独り言を言い終えると笑った。 ただ笑っているだけ……しかし、猛獣を思わせるような危うさを内包していた。

「いいぜ。その実力を確かめてやるぜ……連れて来いよ、そのアリス・マクレイガーって子供を……よぉ!」

 彼女は立ち上がり、部屋の外に向かう。

 部屋と外の仕切りとして使われるカーテンを捲ると――――

 王都。

 そこは王都を見下ろせる場所。つまりは王城であった。

 王城に部屋を与えられて住み着く彼女――――『地上最強の魔法使い』 ミゲール・コットは王宮魔術師だった。

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