呪われた令嬢の辺境スローライフ

第9話 不安の種

 クロエは、ソードマスターの剣の乱舞を全てギリギリで躱していた。
 しかし、徐々にクロエの白い肌が、傷付き、血で染まっていく。

「オラオラ!どうした?防戦一方じゃ勝てないぜ?それとも降参して従魔になるか?」

 男は、クロエを屈服させる為に、敢えてギリギリで躱せる攻撃を繰り返していた。

「クッ!」

 実力差があり過ぎる。 
 クロエは、自分の弱さを痛感して悔しそうに男を睨んだ。
 だが、それすらも男を喜ばせるだけだった。

「素直に従魔になれば、痛い思いなんてしなくて済むぜ?むしろ最高に気持ち良くしてやるよ!」

 男は下卑た笑みを浮かべて、クロエの発育した胸元を見る。
 Dカップの胸は、薄いシャツの下で、柔らかそうに揺れている。
 禁断の果実を捥ぎ取る様に、その胸を揉みしだきたい欲望が男の身体を熱くし、炎が大きくなる。

「あなたには無理よ」

 クロエは、周囲に見えない風の刃を無数に創り出した。
 ソードマスターと近接戦闘は流石に分が悪いと判断したクロエは、後ろに跳んで距離を取ると同時に風の刃を男へ放った。
 
「おっと!」

 しかし、男は、見えないはずの風の刃を全て躱して、逆にクロエの懐に潜り込み、鳩尾にシミターの柄の部分で打ちつける。

「うぐっ!?」

 激痛で呼吸が止まる。
 胃の中身を全て吐き出してしまい、クロエは膝を着いて、立ち上がれなくなった。

 敗北の二文字がクロエの頭に浮かんだ。

「そろそろ、終わりってところか?」

 男は勝利を確信して、クロエの髪の毛を鷲掴み、地面に押しつけた。
 血溜まりに顔が半分沈み、クロエの顔が赤く染まる。

「降参しろ」

 男は、クロエの耳元で囁いた。
 しかし、クロエは、男を睨み付けて、押さえられた頭を振り解こうと抵抗する。

「降参しないなら、手足を切り落として、ダルマにするぞ?」
 
 男がシミターをクロエの目の前に突き立てた。
 クロエの身体がビクッと震える。
 男の殺気に満ちた声から、それが脅しでは無いことが分かった。
 
「ハハッ!恐怖を感じたな?心の底から俺に従う様にしっかり調教して従順な雌犬にしてやる!お前を手に入れれば、部下を失ってもお釣りがくるってもんだ!飽きるまで抱いてやるから覚悟するんだな!」

 クロエは、心が凍りついていく中、考えていた。
 自分の求めていた理想の男は、この男なのだろうか?
 オラオラしていて、無理矢理奪ってくる様な強い男だ。

 だけど、何かが足りない。

 まだ、刺激が足りない。

 その根本は理解できないが、この男がクロエの運命の相手では無い事は分かった。

「降参・・・」

 クロエが呟くと、男は、ニヤリと笑みを浮かべて、勝利を確信した。

「するわけないでしょ!」

 クロエは、風の衣を纏い、男を吹き飛ばした。

「ちっ、強情な雌犬だな」

 男は、舌打ちして、再び剣を構えた。
 クロエは、顔半分に塗られた赤い血をペロリと舌で舐めとる。
 
 ・・・甘い。

 クロエはしゃがみ込んで、血溜まりを両手で掬い上げた。

「おいおい、何をするつもりだ?」
 
 男は、クロエの奇行が理解出来ずに、動けずにいた。
 すると、クロエは掬い上げた血を口に含む。

 ゴクンッ!

 クロエは、口の中にあるドロリとした蜂蜜の様に甘ったるい血を飲み干した。
 
「甘くて、美味しくて・・・力が漲ってくる」

 血を飲んだ瞬間、クロエの全身に力が漲ってきた。
 まるで、さっきまでの自分は、餓死寸前の空腹状態だったんじゃないかと思えるくらいだ。
 血が全身に行き渡り、細胞の一つ一つまでが活力を得て喜びに震えている。

 傷付いた肌は瞬時に治り、全身の痛みが消えた。

「まいったな、眠れる獅子を起こしちまったか?」

 男は、クロエから感じる凄まじい魔力と殺気を感じて、危険を察知した。

 次の瞬間、今までの倍以上の速度でクロエが踏み込んできた。
 鋭い手刀は、男の動体視力では見るどころか、反応すら出来ない速さだ。

 ガキンッ!

 しかし、それをシミターで受け止めれたのは、男の勘と経験によるものだった。
 2本のシミターを十字に合わせて、クロエの爪を受けた瞬間、凄まじい力で男の身体が後ろに吹き飛ばされて、数十メートル先の木にぶつかった。

「ガハッ!?」

 まるで肺が潰されたかの様な苦しみに、男が初めて苦悶の表情を浮かべた。
 男は、それでもシミターを構えて、闘いを継続しようとする。
 しかし、その瞬間、シミターにベキベキと亀裂が生じ、砕け散った。

「あ〜・・・やべぇな」

 男は、即座にシミターを捨てて、腰のポーチからスクロールを取り出した。
 同時にクロエは、男の喉を切り裂く為に爪を振るう。

「テレポート」

 僅かに男がスクロールに込められた魔術を発動する方が早かった。
 クロエの爪が男の喉を切り裂く寸前で、男の姿が消えた。

「・・・逃げられた」

 クロエは、苦虫を噛み締める様な表情で拳を握りしめる。
 厄介な相手を逃してしまった。
 しかも、自分の正体を知っている相手だ。
 今後、不安の種になる事は避けられないだろうとクロエは確信した。

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