東京では皆一様に夜が暗い

ふかふかね

振り向くとそこには

振り向くとそこには見知らぬ男が立っていた。年齢は二十代後半といったところだろうか? 身長が高く痩せていて眼鏡をかけているせいか知的な感じのする人物だ。しかしその顔には全く見覚えがなかった。一体誰なのかと思っていると男が話しかけてきた。
「こんにちは」
笑顔で挨拶されて戸惑いながらも返事した。
「あ……どうも……」
すると男はさらに続けた。
「いや失礼……実は道に迷ってしまったようなので教えて頂きたいのですが?」
そう言ってきた男の笑顔を見ているうちに何となく違和感を覚えたが、その理由はすぐにわかった。この男は笑っているのではない。目が全く笑っていないのだ。私は直感的に危険だと感じたが、だからといってこのまま放っておくわけにもいかないだろうと思って返事をした。24
「ああいいですよ。どちらまで行かれるんですか?」
そう答えると、男は嬉しそうな顔をして言った。
「有難うございます! いや~助かりましたよ。何しろこの辺りには不慣れなものでしてね。ところで一つ聞きたいんですが、この道の先にあるガソリンスタンドにはどう行けば良いんでしょうか?」
そう言われて指差された方向を見てみたが、そこはまだかなりの距離があるように思えた。
「え……ええとですね、あそこに見える橋を渡り終えたら左折をして真っ直ぐ進めば見えてくると思いますけど」
私がそう言うと、男は満足そうに頷いて礼を言ってきた。
「そうですか、ありがとう御座います。いやあ本当に助かりますよ! あ、そうそう忘れる所でした。これはほんの気持ちです」
そう言いながら差し出された封筒を受け取った私は中身を確認した。中には紙幣が入っているのが見えたので慌てて返そうとしたが、男は受け取らずに行ってしまった。そして車に乗り込んで走り去って行く後ろ姿を見ながら、ふとある事に気がついた。あの男は一体何者なのだろう? そんな疑問を抱きながら渡された封筒を開けてみると、中から出てきたのはなんと現金ではなく小切手だったのである。私はそれを見て愕然としてしまった。何故ならその金額は明らかに常識の範囲を超えていたのである。勿論何かの間違いだと思いたかったのだが、何度見直しても金額が変わる事はないようだった。仕方なしに近くの交番に行って事情を話して調べてもらったのだが、やはり結果は変わらなかった。つまりあの男は本当に大金を所持していたのだ。その事実を知って暫くの間呆然としていたが、やがて我に返ると急いで家へ帰る事にした。一刻も早く妻の無事を確かめたいと思ったからである。


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