東京では皆一様に夜が暗い

ふかふかね

それ以来私は

それ以来私は、夜になると時々外へ出るようになった。

そして或る晩、思い切って待乳山聖天の境内まで出かけてみたのだ。

この寺には、以前一度だけ来た事がある。その頃はまだ空襲もなかった頃だから、本堂も傷んでおらず、参詣者も沢山いたものだった。

その時の記憶を頼りに捜してみたが、やはり見つからない。

諦めかけて帰ろうとした時だった。

いきなり肩を叩かれたものだから、驚いて振り返ると、そこにあの男が立っていたのだ。男は何も言わずに立っている。

私も黙っていた。

すると男は、「今日はお連れの方が見えませんね」と言った。

私はぎくりとして男の顔を見つめたが、相手は平然とした顔でこちらを見ているばかりだ。
私は恐る恐る聞いてみた。

「貴方は、どうして私の事を御存知なんですか?」

男は答えない。黙っているだけだ。私は続けて聞いた。

「貴方はどなたですか? どうして私を訪ねて来られたのですか?」

男は相変わらず黙ったままだったが、暫くしてからこう言った。

「私は貴方をお迎えに来たのですよ。貴方の奥さんの御命令でね……」

そう言うと男は、くるりと向きを変えて、すたすたと歩き出した。

私は慌てて後を追った。

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