元文三年十一月二十三日の事

ふかふかね

再び現場へ2

翌日、私と文雄君は旅館を出ると再び現場へと足を運んだ。昨夜のうちに警察が調べたところによれば、遺体は全て回収され、現在は跡形もなく片付けられているということだったので、今更行っても何も見つけられないだろうと考えていたのだが、それでも一応行ってみることにしたのだ。しかし予想に反して現場にはまだ何の痕跡も残っていなかった。昨日と同じ場所には例の磔柱だけが寂しそうに佇んでいるだけだった。しかも辺り一面水浸しになっていたため、足跡などの痕跡を見つけることは出来なかったのである。そこで仕方なく諦めて帰ろうとした時だった。突然後ろから声をかけられ振り返ると、其処には昨日の刑事たちが立っていた。彼らは神妙な面持ちで私に話しかけてきた。
「どうも昨日は御足労いただきありがとうございました」
「いえいえ、別に構いませんよ」
私が返事をすると、相手は深々と頭を下げた後で用件を切り出してきた。
「ところでですね、あれから色々と調べさせていただいたのですが、幾つか不可解な点がありまして、それについてご意見を伺いたいと思いまして……」
「そうですか、分かりました。では立ち話も何ですから、何処か別の場所に移動しましょうか」
私が提案すると、相手は頷き返してきた後で言った。
「そうしていただけると助かります。何せ我々だけでは手に余る事件ですので……」
「……というと、警察でもお手上げ状態なんですか?」
思わず聞き返すと、男は苦笑しながら答えた。
「いや、手詰まりという意味ではなくてですな、これ以上の調査は難しいということでして……」
「ああ、なるほど。そういうことでしたか」
それなら納得できる話だと思いながら頷くと、他の男たちと共に歩き出した。それから暫く歩いた後に辿り着いた先は、海辺にある小さな喫茶店であった。店内に入ると四人掛けの席に案内されたので、我々は其処に座ることにした。そして各自注文を済ませると、早速本題に入った。先ず最初に口を開いたのは安部という男だった。
「それでですが、被害者の方たちについて教えていただけますかな?」
それに対して私は、予め用意しておいた資料をテーブルの上に並べた。それを見た男たちは興味深そうに眺めていたが、やがて一枚の写真を指差しながら訊いてきたのだった。

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