元文三年十一月二十三日の事

ふかふかね

そういう人は一人もいませんでしたあ

「……と云うことは、やはり内部の者の仕業ということなんでしょうか?」
それまで黙って話を聞いていたもう一人の男が口を挟んできた。この男の名は安部と云い、年齢は四十歳前後に見えたが、私より少し若そうにも見えた。恐らく警部補か何かなのだろうと思ったが、本人に直接訊ねる勇気はなかった。何故なら彼の表情が如何にも暗くて陰気臭かったからだ。まるで刑務所帰りの様な感じを受ける男だったからである。だがそんなことを考えている間にも話は進んでいた様なので慌てて我に返ると、二人の会話に耳を傾けることにした。
「ええ、おそらくそうでしょうなあ……。ただそうなると厄介ですよ?」
「そうですねえ……。犯人の目星がつかない限り捕まえようがないですからねえ……」
二人して溜息を吐いているのを見ているうちに段々気の毒になってきたので、思い切って声をかけてみた。
「あの……宜しかったら僕の方で調べてみましょうか……?」
その言葉に二人は同時に顔を上げると目を輝かせながら詰め寄ってきた。
「本当ですか!?」
「ええ、任せてください」
私は笑顔で答えると、彼らの住所や電話番号を聞いてメモを取った後、一旦その場を後にしたのだった。そして旅館に戻ると、改めて事件について考えてみることにしたのだが、幾ら考えても埒が明かないことに気がついたので、仕方なく気分転換のために散歩に出掛ける事にした。そしてぶらぶら歩いているうちにいつの間にか海岸まで来ていたらしく、目の前に広がっていた光景を見て思わず足を止めたのである。何と海の向こうに夕陽が沈もうとしていたからだ。その光景の美しさに見惚れていると、背後から声をかけられた。驚いて振り向くと其処には文雄君が立っていた。どうやら私の姿を捜していたらしい。
「いやあ、やっと見つけたわあ! もう捜すの大変やったんやで!」
「おお、済まなかったね。ところで何の用だい?」
私が尋ねると彼は嬉しそうに答えた。
「実はですねえ、さっき警察署に行って聞いてきたんですけどお、やっぱり東堂さんを殺害したのは外部の人間じゃないみたいですわ」
「何だって!? じゃあ一体誰が彼を殺してしまったんだ?」
「それが分かったんですよお」
「えっ!? 本当かい!? じゃあ教えてくれないか」
私が頼むと彼は勿体ぶらずに教えてくれた。
「その犯人はですねえ、殺された人たちの知り合いの誰かだと思うんですよう」
「何だい? その根拠は?」
「はい、殺された人たち全員ですけどお、全員独身だったんですよお」
「ふうん? それじゃあ結婚歴のある人はいなかったのかい?」
「いいえ、そういう人は一人もいませんでしたあ」
「じゃあ何で分かるんだい?」
「だって皆さん同じ様な死に方してたじゃないですかあ」
「あっ……!」
確かにそうだった。全員が溺死しているのだから、一人だけ生きている筈がないではないか……!
「そうか……! そういうことだったのか……!」
漸く謎が解けたことに満足していると、彼が訊ねてきた。
「せやけど、これからどないするつもりですかあ?」
「うん、取り敢えず今夜は此処で休んで明日帰ることにするよ」
「そうですかあ。ほんなら僕はこれで失礼しますよってに」
「うん、お休みなさい」
「おやすみなさい~」
挨拶を交わした後で別れた。

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