元文三年十一月二十三日の事

ふかふかね

再び現場へ

翌朝、私たちは再び現場へと向かったが、其処は昨日にも増して酷い有様だった。昨夜のうちに雨が降り出していたこともあり、辺り一面水浸しになっていて、泥まみれの死体が幾つも転がっていたからである。その中に例の東堂氏も含まれていた。顔面蒼白で口から泡を吹き出して死んでいたところを発見されたのだという。その遺体の状態から見ても、明らかに他殺であることは明らかだったのだが、何しろ本人が見つからない上に、物的証拠も全く無かったものだから、警察も頭を抱えていたのだという。しかも容疑者として浮上したのは近所の人々だけで、その中には犯行時刻に怪しい行動をしていた者もいなかったため、八方塞りとなっていたらしい。
そんな時に現れたのが私たちだったのである。彼らは藁をも掴む思いで助けを求めてきたのだったが、果たして私たちが役に立つかどうかは疑問であった。確かに探偵ではあるが、殺人事件を扱ったことなど一度もない素人なのだから仕方がない。それに、依頼者が殺されてしまったとなると尚更である。しかしながら、このまま放って置く訳にもいかないと考え直した我々は、先ずは捜査状況を確認することにしたのだ。そこで近くの交番まで行って詳しい話を聞くことにしたのだが、其処では何故か巡査が不在で、代わりに署長を名乗る人物が応対してくれたのである。
「いやあ、ようこそお出で下さいました」
愛想笑いを浮かべながら出迎えてくれた男は五十代くらいで、一見人の良さそうな印象を受けたが、何処か胡散臭さを感じさせる雰囲気を持っていたから、きっと腹黒い性格の持ち主に違いないと直感した。その証拠に、私の顔を見るとすぐにこう切り出してきたからだ。
「ところで、貴方は警察の人なんですか?」
「いえ、違いますが、どうしてそんなことを訊くんです?」
私が逆に質問すると、相手はさも当たり前といった顔で答えた。
「だって貴方たちはあの事件の調査をしに来られたのでしょう? でしたら警察官の方がいらっしゃるのが普通じゃありませんか」
それを聞いて私は思わず吹き出しそうになった。要するにこの男は我々を警察官だと勘違いしているらしいことに気づいたからだ。まあ無理もないのかもしれない。何しろ私たちの服装を見れば一目瞭然である。二人とも背広こそ着ているものの、下は草履履きだし、ネクタイも締めていない。どう見てもサラリーマンとは思えない格好をしているのだから、間違えるのも無理はないと思った。だが敢えて訂正する必要もないと考えた私は、取り敢えず話を合わせることにした。
「ああ、実はそうなんですが、生憎都合が悪くなってしまってキャンセルされたんですよ」
「そうですか! いやそれは残念でしたなあ! でもまた機会があれば宜しくお願いしますよ!」
それから暫く世間話をした後で本題に入った。勿論事件の概要については既に知っていたが、念のため確認することにしたのだ。それによると、被害者の東堂氏は四十五歳で独り暮らしをしており、奥さんとは別居中だったそうだ。その他に子供はなく、従って身寄りもいない状態だったらしい。近所付き合いもほとんどなく、孤立した生活を送っていたそうなので、恨みを買うようなこともなかったと思われる。そのため動機が全く判らず、捜査は難航していたのだという。それを知ってか知らずか、警官たちも諦めかけていた矢先に我々の登場となった訳だから、期待を寄せている様子だった。
「それでは早速ですが、何か気づいたことはありませんでしたか?」
そう尋ねられた私たちは顔を見合わせると、まず文雄君が口を開いた。
「僕が思うにはですねえ、これは怨恨殺人だと思うんですよねえ」
それを聞いた署長は明らかに不快な表情を浮かべたが、それでも辛抱強く聞き続けた。
「ほう、何故そう思うんだね?」
「はい、殺された人たちですけど、全員何らかの形で殺されてますよねえ? つまり犯人は被害者たちを何かの理由で殺そうと考えたんですけど、殺す前に一度痛い目に遭わせてやろうと思って家に押し入ったら、たまたま誰も居なかったから殺したっていうことじゃないでしょうかあ?」
それを聞いた相手の反応を見ながら、更に付け加えた。
「それにですねえ、これ見てくださいよお」
そう云って指差したのは玄関の扉だった。それを見て私も気がついたことがあったので、それについて述べた。
「なるほど、この扉の鍵穴の部分だけ新しいものになっていますね」
「その通りなんですよう。つまり犯人が合鍵を作っておいて、それで開けたんじゃないでしょうかあ?」
すると署長は感心した様に頷いてみせた。
「ほお! 流石だなあ! お若いのによく気が付きましたね!」
褒められたことで気を良くしたのか、今度は得意満面で話し出した。
「でしょ~う? 実は僕も前からおかしいと思ってたんですよねえ~! あの鍵はピッキングとかされたら簡単に開けられるタイプなんですよお~! それなのに皆んな普通に開けようとしてたんで変だなって思ったんですう~!」
すると署長も大きく頷いた。

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