御解迦説話集

ふかふかね

王様ふたたび

以前のお話にも登場した王様。
王様は例の乞食のところへやって来ました。そして彼に尋ねました。「おおお前か! 実はお前に聞きたいことがあるのだ」すると乞食は答えました。「何でございましょう?」王様はそれを聞くと尋ねました。「お前は以前『自分はこの世で最も裕福な人間だ』と言っていたそうだが、本当か?」すると乞食は答えました。「はい本当でございます」王様はさらに聞きました。「それではお前は金持ちなのか?」すると乞食は答えました。「はいその通りです」王様はこれを聞いて喜び勇みながら帰って行きました。そして家に帰ってくると召使いを呼びつけ、こう命じたのです。「今すぐに金持ちの家へ行き、金貨や銀貨を盗み出すのだ!」召使いはすぐに金持ちたちの家を回りはじめましたが、どこもかしこも固く扉を閉ざしているので、なかなか入る事が出来ませんでした。やっとのことで金持ちの家に忍び込んだとしても、誰も彼もがぐっすりと眠っており、物音一つ立てれば起こしてしまうことでしょうから、盗むことなど到底無理でした。
ところでこの時、ある男が森の中を歩いておりましたところ、ふと目の前に一軒の大きな屋敷が見えてきました。そしてその門の前に来ると、門番の姿もなく、扉の鍵さえも開いておりましたので、不思議に思って中に入ってみましたところ、何とそこにはたくさんの財宝が置いてあったのです。それを見て男は驚きのあまり呆然と立ち尽くしてしまいました。何しろ見たこともないほどの金銀財宝の山だったからです。ところがその時、どこからともなく声が聞こえてきました。その声は確かに女の声でしたが、その話し方は非常に横柄なもので、まるで男のように乱暴な口調だったのでした。
八 さて、その声の主というのは言うまでもなく、あの男の召使でありました。召使は王様の命令を受けて、この屋敷にやって来たのですが、そこで彼は早速宝の山に目星を付けると、さっそく作業に取りかかりました。まず最初に手を付けたのは屋敷の主である男を殺すことでした。というのも彼が最も恐れていた事は、この宝の山を奪われてしまう事でしたので、そうなる前に殺してしまおうと考えたのです。そこで彼はすぐさま行動に移り、寝室へと向かいました。そしてベッドに横たわっている男の顔を覗き込んだのですが、その顔を見た瞬間、思わず悲鳴を上げてしまいました。何故ならその男は死んでいたのですから! そうです、この男は既に死んでいるにもかかわらず、まだ生き続けているかのように振舞っていたのです。つまり死んでいながら生きているという矛盾に満ちた状態にあったわけで、これはまさに奇怪な出来事といえるでしょう。
さて、それからというもの、その死体は生前と同じように動き出しました。ただその動き方は普通の人間とは違います。なぜなら、普通の死人は歩く事すら出来ないはずですが、この男の場合は違うからです。そればかりか食事さえ摂る事が出来るのでした。つまり彼に関しては生者と死者の間の垣根が存在しないわけです。そのため彼には睡眠というものがありませんでしたし、食べる事も飲むことも必要としませんでした。
けれどもそんな奇妙な生活がいつまでも続くはずがありません。なにしろ生命を維持するためにはエネルギーが必要ですし、そのためには食べ物を食べる必要があるからです。しかしながら、そうかといって死んでしまった人間が食事をする事など出来るわけが無いではありませんか? ですからやがて体力も衰えてくることになりますし、そうなれば当然死ぬ事になるわけですが、そうなる前に何とかしなければならないという事になります。そこで召使いはその事を主人に伝えるために急いで戻って行きました。すると主人はすでに起きていて、ベッドから降りるところだったので、すかさず報告しました。すると主人は言いました。「おお、そうかね? それならば私の所へ連れて来なさい」そこで召使いは言われたとおりにしたのですが、主人は死んだ男を一目見るなり、恐怖に怯えた表情になり、そのまま気を失って倒れてしまったのです。

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