御解迦説話集

ふかふかね

そのお湯の中に

ある日の事、一人の少年が父親と一緒に歩いていました。すると突然少年は、何か恐ろしい怪物に襲われているような気がしたので、父親は少年を抱きかかえて逃げ回りました。ところがその途中で父親が転んでしまい、少年の身代わりになってしまいました。そこへ一羽の鷹が飛んで来て、倒れている父親の頭に止まりました。それから鋭い爪で頭を引き裂いて殺してしまったのです。
それを見た少年は驚いて叫びました。「ああお父さん! ああお母さん!」と。すると今度は、もっと大きな鳥が来て、やはり父の死体を襲いました。そして父と同じように頭を割ってしまったのです。
その後、少年は泣き続けました。泣きながらずっと歩き続けていきました。すると道端に、一本の杖を持った老人が座っておりました。老人は少年を見ると声をかけてきました。「どうしたのかね? そんな悲しそうな顔をして」と。
そこで少年は、事の一部始終を話しました。それを聞いた老人は答えました。「そうか、それは大変だったろう。だが安心しなさい。私がお前の父や母の代わりになってあげようではないか」と。
そして次の朝、その村から一番近い街へ出かけました。そこには沢山のお店が出ていました。その中の一軒に入ってみると、主人が出迎えました。主人は店の前に立っていた子供を連れて来ると、その子に向かって尋ねました。「さあ坊や、何がほしいんだい?」子供は答えました。「僕はお腹が空いているんです」主人は答えて言いました。「よろしい。じゃあこれを食べなさい」そう言ってパンを一つ取り出し、子供に渡しました。それを受け取った子供は喜んで帰って行きました。
さて次の日になると、昨日と同じ子供が同じ店にやって来ました。そこで主人はまた尋ねました。「今日は何をしてほしいのかね?」子供は答えました。「僕の友達に会いたいんだけれど」主人は言いました。「分かったよ。それじゃあついて来なさい」二人は一緒に外へ出ましたが、すぐに戻って来ると、また同じことを尋ねました。「さて、今日君はいったい何が欲しいのかな?」子供はまた答えました。「僕が会いたいのは犬なんだ。いつも僕に優しくしてくれるんだよ」すると主人は微笑んで、子供を家に帰してやり、そしてそのまま帰って来ませんでした。
一方その頃、あの街の近くの森の中に、一人の年老いた乞食僧が住んでいたのです。彼は粗末な小屋に住んでおり、食べ物といえばほとんど何もありませんでしたので、ひどく痩せこけていました。しかし彼には一つだけ良いところがありました。それは物乞いをした時に、決して見返りを求めたりしないことでした。ですから彼の周りにはいつも大勢の人たちが集まっていたのですが、彼の方から何か物を恵んでもらうために来る人は一人もいませんでした。ある冬の日のこと、この僧は自分の小屋の中で寝ておりました。その時、一人の年取った旅人が戸を叩きながら入って参りました。僧は目を覚まし、その旅人を見て驚きました。何故ならその旅人は身体中が霜焼けになっており、しかもあちこちが凍傷になりかけていたからです。そこで僧はすぐにベッドから起き上がって、急いで火をおこし、湯を沸かすと、そのお湯の中に布を浸けて絞り、その布を旅人の姿に当ててあげました。しばらくしてようやく暖まったところで、僧は旅人に聞きました。「あなたはどこからいらっしゃいましたか?」すると旅の男は答えました。「私は北の方にある国から来ました」僧は言いました。「それは遠いところからご苦労さまでした。どうかゆっくり休んでいって下さい」すると旅人はお礼を言って出て行こうとしたのですが、その前に財布を取り出し、中から一枚の紙片を取り出して渡しながら言いました。「これはほんのお礼の気持ちです。受け取ってください」
しかし僧はその紙を受取ろうとはしません。それどころか逆にこう尋ねたのです。「すみませんが、あなたが持っていらっしゃるものを拝見させていただけませんか?」すると旅人は言ったとおりにしてくれました。「はいどうぞ」と言うと、彼はそれを手渡しました。それを見てみて、僧はとても喜びました。なぜなら彼が渡したものは紙幣だったからです。そしてその金額を見た時、彼は思わず叫び声を上げそうになりました。なぜならその額があまりにも多かったからです。というのも、彼は今までに一度もこれほど多くの額の紙幣を手にしたことがなかったからでした。そこで彼は、どうしてこのような大金を持っておられるのかと尋ねました。すると彼はこう答えたのです。「はい、実は私の息子はたいへんな金持ちなんです」と。

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