御解迦説話集

ふかふかね

「汝ら、もし極楽に生れたいならば、どうしたらよいか」

ある日の事でございます。御解迦様は、そのお弟子の阿難尊者と迦葉尊者に仰せられました。「汝ら、もし極楽に生れたいならば、どうしたらよいか」との御言葉でございました。
二人は申し上げますには、「この世で善行を致しまするにも、またこの世で悪業を積むまいと思うても、それは叶いませぬ事なれば、ただひたすら仏法を修行し、功徳を積みまして、この世に生れ出ずる時を待つより外に道はござりませず」との事なのでございます。
御解迦様はこの二人の申す事を聞かれて、仰せられました。「そうか、それではお前たちは、もうあの世へ行っても仕方がないのだな」と仰せられました。すると迦葉尊者は答えられました。「いえ、決してそのような事はありませぬ。現世の善行が積めなければ、来世はまた善行を積まねばなりませぬから。それに何と言っても、まずこの世を善くせねばならぬと思いまする」と。すると御解迦様は迦葉尊者の方をご覧になってこう仰せられました。「しかし、まだお前たちよりも先に、この世に生れ出た人が居るぞよ。その人はどんなにか辛苦して生きて来たろうね。どうしてそんなに苦しい目に会わねばならなかっただろうね」と仰せられました。すると阿難尊者が答えられました。「さあ、それは私どもには分かりませぬが、人間というものは、生まれて来る時には、何かしらの苦しみを背負っているものかもしれません。けれどもそれが必ず報われるとは限りませぬゆえ、私どもはその人の分まで、もっと苦しんで生きなければならないかも知れませぬ」と。そこで御解迦様は、阿難尊者に向かって仰せられました。「おお、それはもっともだ。世の中という所は、そうしたものなのだ。だが、よく考えてみろ。もし今お前たちが、この世に生まれる事が出来たなら、これから先もずっと生きて行けるであろう。そして功徳を積んで行く事も出来るであろう。しかしもしもそれが出来ないとしたら、いったいお前たちは、いつまで生きる事が出来るのか。いくら功徳を積んだところで、死んでしまったらそれまでではないか。だから私はお前たちに言うのだ。お前たちの生まれ変わりたいと思う気持ちは、ほんとうによく分かる。けれども、やはり今の自分のまま、この世に生れ出る事を待った方が得策だと思う」と仰せられたのです。
二人の弟子は、これを聞いて深く恥じ入りました。そして迦葉尊者は言いました。「お言葉ながら、私たちもやはり今のこの世に、生まれたいと存じます。そして私の兄や弟たちと共に、共に同じ父母から生まれたいと願います」と。すると御解迦様は言われました。「よろしい。では一緒に極楽へ行きなさい。そうすれば兄弟たちもきっと生まれるに違いないと。

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