俺は一体何処へ行けば好いのだらう?

ふかふかね

何がそんなに楽しいんだらう?

(一体俺は何の為に生きているのだらう?)
彼は寝床の中で幾度も寝返りを打ちながら、そんなことばかり考へてゐた。そしてその度に自分の胸の中にある答への糸口が見つからないことに苛立たしさを感ずると同時に、焦燥に似た感情を覚えたりした。彼は眠られなかつたのだ。
翌日彼は街を歩きながら、ふと或書店の前を通りかかった。そして何となく中を覗いてみた。書棚の間を歩いて行くと、奥の方に一人の若い男の姿が目についた。男は一冊の本を手に持つたまま、熱心にそれを読んでゐる様子だつた。その男は学生服姿であり、どうやら高等学校の生徒らしかつた。彼はその男を見て微かな不快感を感じた。何故か自分でもよく解らないのだが、兎に角嫌な気がしたのである。そこで彼は急いでそこを立ち去った。それから暫くの間は別の道を通って家へ帰つて行くことにした。途中何人かの学生や会社員たちに行き逢つた。彼等はみんな学校帰りらしく、鞄を下げたりしながら、楽しそうに語り合つてゐる姿が目についた。中には女の子と肩を組んて歩いてゐる者もいる。みんな何処か明るい表情だつた。それを見ると彼はますます不快の念に駆られるのであつた。
(何がそんなに楽しいんだらう?)彼は心の中で呟いつた。(俺にはそんな元気はないぞ!)
家に帰ると、彼は早速机に向かった。机の上には何冊か本が積まれてある。どれも経済学関係の書物だつた。彼はその中から一冊を取り、頁を開いた。そこには色々な数字が羅列してある。
(一体この数字は何の意味があるんだらう?)
彼は時々不思議に思ふことがある。この数字の意味が自分には理解できないのだ。例えば一円とか五円とかいう単位にしても、一体どれ位の価値があるものなのか、彼には皆目見当がつかないのだ。
(この程度の価値しかないのなら、いっそゼロにしてしまつてもいいぢゃないか!)
或時そんなことを考えたことさえある。だが、直ぐにそんな考えを振り払ふことが常なのだ。何故ならそんなことを考へたところで、一体何になるというのだらう? どんな利益があるというのだい? 別に何も得るところはないぢゃないか! それに又そんなことを考へるのも無駄なことだとも思ふのだ。どうせ自分一人では何もできないのだから、こんなことを考えるだけ無駄ではないか、といふ気にもなるのだ。要するに自分は余り頭がよくない五のだといふことなのであらうか? それとも単に性格が暗いだけなのであらうか? 多分両方共正しいのではなからうか? そんなことを考へると、彼は急に自分が情けなくなつてきてしまふのであつた。

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