俺は一体何処へ行けば好いのだらう?
確かにそうですね
そのうちに彼は立場を変え、或雑誌社へ勤めることになつた。そこで彼は更に勉強をし、一層仕事に励んでゐた。
ある晩彼は一人の友人に誘われて、酒場へ行った。
「どうだ? 君、元気かね?」
「ええ、まあまあですよ」
「大分忙しいらしいじゃないか」
「さうですね」
「何かいい仕事は見附からないか?」
「さうね、まだ見つかりませんね」
「そうか、君も僕も近頃は忙しくなつて来たねえ」
「さうですね」
「ところで君はどう思う?」
「どう思つたらいいんですか?」
「いや、別にどうもこうもないよ。ただ君の意見を聞きたいだけなんだがね」
「さあ、さうですな。私は何とも思はないですがねえ」
「本当かい? それならいいんだが……」
彼は黙つて酒を一口飲んだ。その時ふと彼の心にある考えが浮んだのであつた。
(俺は一体何処へ行くのだろう?)
それはいつか何処かで感じたことのある疑問だつた。そして今度もまた答へることができなかつた。
「君はこのまま一生働いて行く積りなのかい?」
「さうですねえ」
「それでいいのかい?」
「いいかどうかは分らないんですがねえ」
「しかし君はとても真面目な人間だと、みんなから聞いてゐるよ」
「さうですか」
「うん」
彼は又グラスを口に運んだ。そして暫くの間ぼんやりとしてゐた。
「しかし、真面目に生きたいのなら、寧ろ働かない方がいいかも知れないよ」
「さうかも知れませんねえ」
「その方が却つて楽だよ」
「さうかも知れませ……」
彼はまた黙つて、少し考へ込んでゐた。友人はそんな彼の顔を窺つてゐた。
「なあ、君、一つ面白い話をしてあげようか?」
「え? ああいいですよ。聞かせて下さい」
「実はこの間或人が来て僕にこんなことを話したんだよ」
彼は友人の話を聞きながら、段々興味を覚えてきた。そして遂に自分もその話に加はつてみたくなった。
「さうですか。それでその人はどうしたんです?」
「うん、その人の話だとね、何でもその人の知り合いに金持ちの息子がいたんだが、そいつが突然自殺をしたんだそうだ。それも自分で首を吊つたんだそうだよ。そしてその遺書には『私はもう生きてゐられません』と書いてあつたらしいんだ。ところがその自殺した息子の父親というのが大の社会主義者で、息子が死んだと聞いて、大いに悲しんだということなんだがね。それから父親はその後間もなく死んでしまつたんだが、死ぬ間際まで息子のことを心配していたという話だ。どうだい? この話は少しおかしいと思わないかい?」
「なるほど、それは変ですね」
「だろう? つまり人間というものは一人一人違つてゐるものだらう? みんな同じやうに生きるなんてことは誰にもできやしないよ。」
「確かにそうですね」
「それに人間誰しも一人で生きて行かなければならないとは限らないだろう? 時には誰か親しい友が欲しいと思うこともある筈だしね。だから人間はそれぞれ自分の生き方を自由に選択することができる筈なんだ。ところが現実はどうだい! 親たちは子供に高い教育を受けさせようとするし、教師は自分の子供を優秀な学校に入れようと躍起になる。子供は親の希望通りに進学する場合が多いからね。みんなみんな自分の意志ではなく、両親や教師の意志に従わなければならなくなるわけだよ。しかもみんながみんなそんな風なんだから、誰も他人のことなんか構はず、自分のことだけで精一杯になつてしまふ。その結果社会全体が非常に殺伐とした状態になってしまうんだね。これが所謂自由主義経済というやつだが、こんなことでは世の中がだんだん荒れて行くばかりだ。現に今世界中が乱れ始めているぢゃないか? 一体これは誰が招いた結果なんだい? 一体誰の責任なんだね? 一体誰に責任があるんだね?」
彼は又黙りこくってしまひ、何かを思ひめぐらし始めた。そして又グラスを口に運んだ。
(一体俺はどんな風に生きたらいいのだらう?)
彼は心の中で呟いた。
(俺は一体何処へ行けば好いのだらう?)
ある晩彼は一人の友人に誘われて、酒場へ行った。
「どうだ? 君、元気かね?」
「ええ、まあまあですよ」
「大分忙しいらしいじゃないか」
「さうですね」
「何かいい仕事は見附からないか?」
「さうね、まだ見つかりませんね」
「そうか、君も僕も近頃は忙しくなつて来たねえ」
「さうですね」
「ところで君はどう思う?」
「どう思つたらいいんですか?」
「いや、別にどうもこうもないよ。ただ君の意見を聞きたいだけなんだがね」
「さあ、さうですな。私は何とも思はないですがねえ」
「本当かい? それならいいんだが……」
彼は黙つて酒を一口飲んだ。その時ふと彼の心にある考えが浮んだのであつた。
(俺は一体何処へ行くのだろう?)
それはいつか何処かで感じたことのある疑問だつた。そして今度もまた答へることができなかつた。
「君はこのまま一生働いて行く積りなのかい?」
「さうですねえ」
「それでいいのかい?」
「いいかどうかは分らないんですがねえ」
「しかし君はとても真面目な人間だと、みんなから聞いてゐるよ」
「さうですか」
「うん」
彼は又グラスを口に運んだ。そして暫くの間ぼんやりとしてゐた。
「しかし、真面目に生きたいのなら、寧ろ働かない方がいいかも知れないよ」
「さうかも知れませんねえ」
「その方が却つて楽だよ」
「さうかも知れませ……」
彼はまた黙つて、少し考へ込んでゐた。友人はそんな彼の顔を窺つてゐた。
「なあ、君、一つ面白い話をしてあげようか?」
「え? ああいいですよ。聞かせて下さい」
「実はこの間或人が来て僕にこんなことを話したんだよ」
彼は友人の話を聞きながら、段々興味を覚えてきた。そして遂に自分もその話に加はつてみたくなった。
「さうですか。それでその人はどうしたんです?」
「うん、その人の話だとね、何でもその人の知り合いに金持ちの息子がいたんだが、そいつが突然自殺をしたんだそうだ。それも自分で首を吊つたんだそうだよ。そしてその遺書には『私はもう生きてゐられません』と書いてあつたらしいんだ。ところがその自殺した息子の父親というのが大の社会主義者で、息子が死んだと聞いて、大いに悲しんだということなんだがね。それから父親はその後間もなく死んでしまつたんだが、死ぬ間際まで息子のことを心配していたという話だ。どうだい? この話は少しおかしいと思わないかい?」
「なるほど、それは変ですね」
「だろう? つまり人間というものは一人一人違つてゐるものだらう? みんな同じやうに生きるなんてことは誰にもできやしないよ。」
「確かにそうですね」
「それに人間誰しも一人で生きて行かなければならないとは限らないだろう? 時には誰か親しい友が欲しいと思うこともある筈だしね。だから人間はそれぞれ自分の生き方を自由に選択することができる筈なんだ。ところが現実はどうだい! 親たちは子供に高い教育を受けさせようとするし、教師は自分の子供を優秀な学校に入れようと躍起になる。子供は親の希望通りに進学する場合が多いからね。みんなみんな自分の意志ではなく、両親や教師の意志に従わなければならなくなるわけだよ。しかもみんながみんなそんな風なんだから、誰も他人のことなんか構はず、自分のことだけで精一杯になつてしまふ。その結果社会全体が非常に殺伐とした状態になってしまうんだね。これが所謂自由主義経済というやつだが、こんなことでは世の中がだんだん荒れて行くばかりだ。現に今世界中が乱れ始めているぢゃないか? 一体これは誰が招いた結果なんだい? 一体誰の責任なんだね? 一体誰に責任があるんだね?」
彼は又黙りこくってしまひ、何かを思ひめぐらし始めた。そして又グラスを口に運んだ。
(一体俺はどんな風に生きたらいいのだらう?)
彼は心の中で呟いた。
(俺は一体何処へ行けば好いのだらう?)
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