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『問』の答えと、その問いに関するもの。

ふかふかね

最初の問答

或声 お前は俺の思惑通り人間だつた。
僕 僕は僕だ。それ以上でもそれ以下ではない。
或声 お前は誤解している。そしてその誤解にお前自身も協力してゐる。
僕 僕は一度も協力したことはない。
或声 しかしお前はあの女を愛した、――或は愛したやうに装つたらう。
僕 僕は彼女を愛してゐる。
或声 それは愛ではない。只の執着だ。
僕 愛とは執着であるのか? 
或声 さうだ。愛といふものは、――これは不確かな言葉だが、――唯それだけのものなのだ。
僕 彼女は美しい。
或声 お前も美しくなる筈だ。
僕 僕は美しくなることは出来ない。
或声 何故そんなことを言ひ切れるのだ? 
僕 僕は醜いからです。
或声 それはお前が真実を知らなかつたからだ。
僕 僕は真実を知りました。
或声 それがどうした? 
僕 もう大丈夫です。
或声 何が大丈夫なのだ? 
僕 僕はもう何も怖くはないのです。
或声 どうしてだ? 
僕 僕の外には誰もいないことが分りました。
或声 ではお前は一人か? 
僕 僕は一人です。
或声 それは嘘だ。
僕 嘘ではありません。
或声 嘘だと思へば嘘になる。
僕 それでも僕は一人だ。
或声 そうかな? お前は自分独りで生きて来たといふつもりなのか? 
僕 勿論です。
或声 それなら問ふぞ。お前はこれまで一度でも人を羨んだことがあるか?
僕 ありません。
或声 それは嘘だ。
僕 嘘ではありません。
或声 それならば問ふぞ。お前はこれまでに一度も人を恐れたことが無いのか? 
僕 あります。
或声 それはいつだ? 
僕 生まれた時です
或声 しかしお前は贖はない。
僕 何故ですか? 
或声 お前はまだこの世に生れていない。
僕 それはおかしい。
或声 おかしくはない。お前は生まれる前だからだ。
僕 それは違うと思います。
或声 違はない。お前はまだ生まれないのだ。
僕 しかし僕は生きてゐます。
或声 そうだ。お前はこの世に生まれた。しかしその前に、お前は死んでいたのだ。
僕 それは理窟になりません。
或声 ならないかも知れない。しかし理窟でなければならぬ理由もない。
僕 僕は死んでいる訳には行きませぬ。
或声 死ぬことは生きることだ。

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