ヴァンパイアの子孫

僕の名前はヴァレンティン・クリスティアン・ヘドマン伯爵家け令息。四人兄弟の末っ子で12歳になったばかりだ。

「荷造りよしっ！」
と鞄を確認しておく。明日から叔父さんが紹介してくれた侯爵家けに奉公にいくのだ。
叔父の、アッサール・シーグフリッド・ヘドマンは侯爵家けで料理長をしている。

いつも僕を可愛がってくれたので、12になり仕事先を心配して侯爵様にお願いしたら、お話が通ったのだ。

今日は、さしずめ、この家で過ごす最後の晩餐？かな？

「ヴァレン！用意できたか？今日は家族水入らずみずいらずの晩餐会だから…特別なモノを用意した」
と長男のルードヴィグ・アルヴィン・ヘドマンが言う。23歳でお嫁さんもいる。この伯爵家けの跡取りだ。

18歳の次男、フィリップ・マクシミリアン・ヘドマンと15歳の三男さんなん、アンセルム・シーグヴァルド・ヘドマンも奉公先から休暇を貰い、わざわざ僕の為に晩餐会に戻ってきた。

普通の使用人達しようにんたちは休暇を取って貰い、家には家族しかいなかった。普段は色々食卓には普通のご飯が飾ってある。もちろんそれを普通に食べるけど今夜は特別だった。

父の、スタッファン・ポール・ヘドマンが自分の隷属れいぞくである執事長、イェルハルド・サンドストレームに地下から持ってきた一見いっけんしてワインに見えるようなモノをグラスに注ぎ込んでいく。
これは豚の血だ。

更にお皿には綺麗な薔薇ばらが置かれている。
それだけだ。
これが僕達の特別なご馳走だ。

そう…。僕達一族は、先祖からヴァンパイアの血を引いているのだ。だいぶその血は薄まっているし、太陽は苦手だけど、昼間も日陰を移動しながら生きていける。いきなり燃えて灰になったりはしない。ただ日焼けが酷くなるから日光はやはり避けたい。

たまに人の血が飲みたくなる衝動の日…。新月の日は要注意だ。人を襲いたくなる衝動に駆られるが、その日はこうして豚の血や他の動物の血を飲んで落ち着くのだ。そうしたら治る。

基本的に食事も取れる。心臓も動いている。普通の人間にバレないよう、ひっそりと生きている。大昔は人間に見つかると、僕達ヴァンパイアは眠っているところを殺されたけど、ご先祖様は逃げ延びて、人間と恋に落ちて子供を産んだ。

ヴァンパイアと人間の子は、ダンピールとなり、その子孫として、ひっそりと、ヘドマン家けは生きてきた。ヴァンパイアの血は多少なりとも継承されているのだけど、人を襲わないという家訓かくんを守り、僕達は人間の血を吸わないように生きて、人間のように生きてきた。普通に寿命もある。

隷属れいぞくである執事長、イェルハルド・サンドストレームは、昔ご先祖に噛まれ、ヘドマン家けを守るためだけに、血を分け与えられて、不死身のヴァンパイアとなり、僕達を守っているそうだ。イェルハルドさんも人間は襲わず、動物の血を飲み耐えている。僕達より能力は上なのに隷属れいぞくの血のせいか、絶対に僕達に逆らうことはせず、本人もそんな気はさらさらない。

そもそも、ご先祖様に死にそうなところを助けて貰い、恩があるから不死身となっても生きながらえると誓ったらしい。不死身のご先祖様はと言うと、人間である妻が死んだ時に、子供とイェルハルドさんに未来を託し、太陽に焼かれ妻の元へと旅立ったそうだ。

それから血が薄まりながらも続いてきた、ヘドマン家け。もちろんお嫁さんになる人にはこの秘密を守ってもらっているから兄の嫁のアリスさんも我が家わがやの一員だ。

母さんの、スヴェアも普通の人間だし、この家の秘密の家系かけいは全く漏れてない。そもそも僕達の受け継がれたものは、血だけでは無く、とんでもなく美しい容姿もあった。外見だけで惑わされる人が大半だけど、母さんと兄の嫁さんは気が強くて、外見より中身派だったから、父や兄はそれを気に入って我が家わがやに迎え入れたのだと思う。

僕も外見に惑わされない人と結婚したいなぁ。

「ヴァレンの旅立ちに乾杯！！」
カチンカチンと豚の血グラスを鳴らして飲む。アリスさんと母さんは普通の食事を自分達で作り、平らげてたいらげていく。

「まぁ、先祖が優しいヴァンパイアで良かったわよね。今じゃ神話よ。誰もヴァンパイアが生きてるなんて思わないし」

「教会からも忌まわしき歴史を隠したいらしくてヴァンパイアの資料やらは廃棄してるみたいね」
と母さんとアリスさんが話す。

僕達は薔薇ばらの花の生気せいきを吸い、みるみると枯れた花になる。

生き物の生気せいきは触れるだけでこうして吸える。花は敏感だし、元々切花きりばなだから、ただ枯れるのが早まるだけだ。これを動物や人間に使うと、弱って病気にかかるくらいだ。昔の純血じゅんけつ真性しんせいヴァンパイアは、人の生気せいきや生き血を吸うだけで死んだり、運の良い人は蘇りよみがえり、下級かきゅうヴァンパイアとなり、見境みさかいなく、人を襲う怪物となった。

そういうのは教会の派遣したハンターにやっつけられるけどね。純血じゅんけつの真性しんせいヴァンパイアが、今も生きているかは知らない。

「とりあえずヴァレン。新月の日には注意するんだぞ。ちゃんと動物の血を送るから」
と父さんが言う。

「うん、叔父さんもいるし、平気だよ！」
と応えて僕は晩餐を終えると、明日に備えて眠った。