艱難汝を玉にす

　秀人を師匠と呼ぶ冒険者。フランツはユートピアでは５本の指に入る商会、ミューリー商会の末っ子としてこの世に生を享うけた。戦闘のセンスを尊とうとぶ貴族社会で、めずらしく商才だけが全てのミューリー子爵の家系。そこに武芸は何の関心も無く、唯一商才を持たなかったフランツは問題児として扱われて来た。フランツは学業を嫌い学校にも行かずにミューリー家の奴隷であるアンモを兄の様に慕したい一緒に武芸の稽古をして暮らしていた。家族には変人扱いされるが時に武芸の稽古をし、時に街の外に現れるモンスターなどの討伐をして遊んでいた。 

　そして、フランツが１５才になった時、ミューリー家の執事である父に用があり、たまたま執事の娘メイテルがミューリー家にやって来た。外出しようと玄関にいたフランツはメイテルの美しさに一瞬で恋に落ちてしまう。だが、すぐに執事の娘であると気づきその恋が決して実らない事に気が付いた。 

　それでも、メイテルに会う事を目的に、その日から毎日、執事の暮らすスプラット家に毎日足を運ぶようになった。メイテルは足しげく自分の家に通うフランツに対してよほど父と仲が良いんだと勘違いしていた。 

　そして、１年が経ったある日、フランツはある考えに思い至いたる。それはメイテルと一緒に冒険者として活動しランクが上がったらギルド国家ニブルヘイムに移住し結婚するという事だ。その国では奴隷以外は、ギルドランクがそのまま身分になる。そして、フランツは自分がメイテルに恋をしている事を本人に打ち明け、一緒にAランク冒険者になる事をお願いした。メイテルはそれを快諾かいだくしたのだった。毎日、家に通われてメイテルもフランツに惹かれていた。 

　 だが、冒険者というものは、なかなか難しい仕事だった。フランツ、メイテル、アンモの３人で一緒に冒険者として活動し、気づけばフランツは２５才になり約10年掛けてやっとの事でBランクの冒険者になれた程度だった。 

「私達、いつになったらAランクの冒険者になれるのかしら。本当にあと何年掛かるんだろう。」 

　 「なんとしてもこの国にいる内にAランク冒険者になっておきたい。向こうはランクが身分に直結するから昇格試験がとても厳しいんだ。」 

「まあまあ。お2人とも。焦っても良い事はありませんよ。」 

　 「おい。奴隷連れの落ちこぼれ共。今Aランクがどうのって聞こえたけど、もしかしてお前等昇級するつもりかよ？」 

　 ギルドでフランツ、メイテル、アンモの３人が話していると、それを聞いたAランク冒険者のライゼンがにやけながらその会話に入って来た。 

「あんたに関係ないだろ。それにすぐに昇級出来るとも思っていない。その事を嘆なげいているだけだ。」 

「当然。お前等には無理だ。この王都のギルドにBランクは50人以上いるが、Aはたったの１２人だけだぞ。全員がAになれるならこんなカーストは存在しないんだよ。お前等は何年もBランクにいるんだから、所詮はその程度の器だって事だ。むしろ良い方なんじゃないか？　いいかげん諦めろよな。」 

「……。」 

　 フランツ達が悔しそうな顔で何も言い返さなくなると、そこにその話を聞いていたギルドマスターが現れる。 

「おい。フランツ。お前等に丁度ちょうど良い依頼が来たんだが、やってみるか？」 

「何の依頼ですか？」 

「学生がダンジョンに挑む。その付き添そいだ。」 

「受けます。未来ある学生に関われるなら、とても良い仕事ですよね。それに丁度伸び悩んでいた所です。若者達の成長を見るのも勉強になる。」 

「フランツ良い心がけだ。お前達は自分が思うよりよっぽど勇敢ゆうかんで、それを持つ者は本当の意味で強くなれる。だから絶対に腐るな。この依頼はお前らが本当の自分を見つける良い機会だ。本物とは何なのかをその目で見極めて来い。」

「ぎゃははは。ウケル。学生のダンジョンのお守りとか普通DとかCの仕事だろ。まあ。せいぜい頑張れや。お前達がAランクになれるなら、俺はSに手が届くかもな。」 

　ギルドマスターはそのやり取りを見て、ため息をつく。そして、独り言を口走った。

「まあ。どちらの反応が正しいのかは後々分かるとして、大した実力も無いくせに、自分より下を見下さないと精神のバランスが取れない奴、これも身分社会の弊害へいがいだと言えるかもな。」


　そして、このフランツ達がその依頼を達成してから僅わずか３日後。

　Aランク昇級試験にはフランツ、メイテル、アンモの姿があった。

　今回の試験は、そのBランク冒険者達がパーティーである事もあり、Aランク冒険者３人を相手にする団体戦だった。

　そして、対戦を依頼されたAランク冒険者の中には、先日フランツ達に絡んでいたライゼンの姿があった。ギルドマスターがこれを仕組んでいたのだ。

「お前等馬鹿だろ？　この前はあんなに自信がなさそうだったのに、何でこの短期間で昇級試験を受けようと思ったんだ？　記念受験的なやつなのか？」

「俺達はあの時と今が全然違う。お前が馬鹿にした依頼をこなした結果がここにある。」

　ギルドマスターは震えていた。実はマスターは前々からフランツ達の成長を待っていた。こいつ等にはきっと何かがある。内に秘める闘志からその予感を感じていた。そして、彼らがSランクを超え自分の頂きに上がった時に、美味しくなった果実を食す時がやってくる。そう感じていたからこそ、秀人達の依頼をフランツ達に紹介したのだ。彼の究極鑑定がフランツ達を見て、フランツ達がどう成るのかが見たかった。そして、その効果は予想以上だった事が窺うかがえる。

「おい。ライゼン。お前はいつも自分よりランクが低い者を馬鹿にしているよな？ギルドに寄せられる相談。その中で断トツなのがお前のウザ絡みだ。その中には暴力や金品の巻き上げまである。そこでだ。本来は絶対にこんな事は無いんだけど、もし、お前らが負ける結果になったら、ライゼン。お前だけ降格な。」

「そんな？　マスター。ちゃんと決められた依頼をこなしていれば降格なんてしないはず。そんな話は聞いた事ありませんよ。」

「あっそ。どうでも良いけどギルドマスターにはその権限があるんだよな。では、始め！」

　開始の合図と共に、アンモが中央で剣士に向かい突進する。そして、土魔法で横に巨大な壁を作り出し相手の魔法師を戦線から分断した。

「汚いぞ！」

　ライゼンは焦っていた。魔法師は一時無効化、剣士をアンモが引き付けているので、フランツとメイテル２人を同時に相手にしなければならない。いくらAランク冒険者とはいえ、それに迫るレベルの者を同時に相手にするのはとても厳しい。最低でも魔法師の援護が欲しい所だった。だが、そんなライゼンの考えとは違い、ライゼンに向かってくるのは、フランツ一人だけだった。

「なめやがって。一人でかなうはずないだろ。絶好の機会を逃した事を思い知るんだな。」

　ライゼンもフランツに向かい剣を振り下ろす。フランツは両手それぞれに剣を握っている。片方をライゼンの剣に当て、その剣を弾はじく。そして、そこからスキル【胡蝶歪舞】の単体コンボ技。双剣で予測の付かない攻撃を数回繰り返しライゼンのその鎧の前面にはあらゆる部分に亀裂きれつが入った。ライゼンは後方に吹き飛ばされながら意識を失いアンモが展開した土壁にぶつかり、そこに倒れた。

　一方メイテルはアンモの横にある隙間から剣士の腹に目掛けてスキル【矛スピア突トラスト】を放つ。その一撃で剣士の鎧をあっさりと砕き剣士はライゼンの所まで吹き飛んで倒れた。

　魔法師が壁を回り込み戦線に復帰した頃には、もうすでに勝負は決まっている状態だった。

「無理無理、いくら何でも、ここからは巻き返せない。降参します。」

　フランツは達はアンモがいる場所まで集まり、全員で喜び合っていた。

「これも全部、師匠のおかげだ。Aランクにはなれたけど、もう少しこの国で頑張ってみないか？　これならもしかすると……。」

「そうね。師匠の教えがあればきっと出来るわ。目指しましょう。Sランクを。」

「うんうん。フランツ様。メイテル様。私もお供しますよ。」

　こうして、秀人が与り知らぬ所で、秀人を師と仰あおぐAランク冒険者パーティーが誕生していた。そして、この３人は今後も秀人と関り後日とんでもない成長の道を進む事となるのだった。