現実世界で虐められ続けた最弱の俺は、剣と魔法のファンタジー世界でMP0の生産チートで無双する。落ちこぼれ王女と親に生き方を決められた公爵令嬢との人生逆転物語。

漆黒の炎

【冥王粉砕拳】

 それから数分。冷静になった心愛は憔悴しょうすいしていた。

「大人げなく苛々いらいらしてしまい、使った事の無い中級魔法を使ってしまいました。威力を調節出来ずに、本当にすいません。」  

 涙目になりながら土下座をして謝る心愛。だがキュリオンは上機嫌だった。  

「中級魔法? むしろ古代エンシェント魔法マジックだと思うのですが。とはいえ3人共にもの凄い資質だ。心愛さんは謝らないで下さい。私が興味本位にあなた達を挑発してしまった結果です。試験も実施されず、中途採用をする特待生すら今まで聞いた事が無かった。あの学園長を認めさせた生徒達です。一人で内心興奮していました。修理費用も私が持ちますので気にしないで下さいね。」  

 心愛が今までレベル上げで使っていたランクS【爆炎魔法フレア】は、現在のガイアに於いて上級として扱われている。心愛がそれを初級の魔法だと勘違いしていたのは、魔法の一覧で確認した時の順番のせい。心愛は天性ネイチャーの影響で、SSが最高とされている世界でSSSランクの火属性魔法までを全て覚えている。属性魔法は本来はその全てを覚えられるものでは無い。例えばA系統を得意とするクラスやジョブならA系統の魔法だけ覚えるものだ。その上で【極大メガ爆炎魔法フレア】 の様なSSSの魔法などは表舞台では有り得ない存在とされている。なのでSSSランクの中で始めに覚える部類は、心愛にとっての中級魔法だった。それが、心愛の天性ネイチャー不死鳥フェニックス】で威力が何倍にもなりエレメンタルマスターとしても威力が更に上がる。怒りにより本気で魔法を使用した結果だった。

 キュリオンが土下座している心愛を立たせようと必死にフォローしていると、笑顔の学園長が現れた。学園長は楽しそうに笑っている。

「やはり、こうなったか。心愛君。話があるのじゃが、少し良いだろうか?」  

 学園長は心愛を連れて、学園長室まで来ていた。

「単刀直入に言おう。転移魔法を覚える気は無いかね? 今、学園の禁書庫からエレメンタルマスターについての本をかき集めて来てな。エレメンタルマスターは属性に縛りが無い為、転移魔法や無属性での身体強化などが可能とされている。これが転移でこれが身体強化の理論じゃ。ジョブと関りの無いコモン魔法は習得難易度は高いが学習して深く理解するだけでいつでも発動が可能になる。ただ、長距離の転移魔法を使う為には、実際にその場所に出向く必要があるがな。」   

「転移ですか。それは珍しいものなんですか?」

「Bランクジョブの『探究者』地図魔法でチェックポイントに転移する事が出来るが、転移出来るポイントは常に1つだけじゃ。チェックポイントは現在地しか登録出来ないから、転移前にその場所に行く必要がある。じゃが歴史上、『探究者』には上位ランクのジョブがあり、そちらは複数のチェックポイントを作れるらしい。転移と同等の魔法はそれくらいしかない。」

「これ、試しにやってみます。」  

「いや、いくらなんでも、そんなに簡単には出来ぬじゃろう。何か月も学習するひ――。」  

「近距離を足元の空間をゆがめての高速移動。【縮地ムーブ】なるほど。こんな感じですか。」  

「……嘘じゃろ。」  

「次に、実際に目で確認出来る範囲に移動する。ちょっと校庭に行ってみましょう。【視界スコープ移動ポイント】」  

「……あり得ん。」   

「【視界スコープ移動ポイント】 戻って来ました。次に遠い場所ですね。学園長一緒に行きましょう。【空間転移テレポート】。」   

「へ? どこじゃここは?」  

「私達の泊っている宿です。では、学園長室に戻りましょう。次は無詠唱をやってみます。成功しました。」  

「心愛君。君の才能がとても恐ろしいよ。1度見ただけでここまで簡単に発動出来るとは……。普通魔法は天性ネイチャーの補正があってこそ。君の天性ネイチャーと転移魔法はどう考えても無関係じゃ。本当の意味でのセンスだと言える。君達は分身アバターを作れるんだったね? どうじゃね。儂と儂の弟子から2人付ける。それぞれ君の分身アバターと世界を旅しながら火属性以外のコモン魔法の個人授業を受けてみる気はないか? 君達は勇者。転移魔法で転移出来る場所を早い段階で増やした方が良いと思うのじゃ。本体はレベルを上げてるんじゃったのぉ? 個人授業を受けているのじゃから、学校はサボっても良いぞ。」  


「学園長、とても有難い申し出です。秀人と陽菜に相談してみます。」   


――その頃、体育館では 



「それでは、体育館に移動して来たわけだが、もう君達の実力は十分すぎる程分かった。ただ、今後の指導方針を考える為に、秀人君と陽菜さんの体術がどの程度のものなのかを確認したい。この実習用の剣とグローブを付けてスキルは控えめで模擬試合をしてくれるかな?」  

「わかりました。」  

「秀人。私はあっちでも毎日特訓してた訳だし、手加減しようか?」  

「いや。溜め技を使わないで頂ければ、特に手加減は必要無いよ。陽菜に比べたら俺は弱いけど、武器に剣を使うし早く技術を磨く為にも本気の陽菜と戦いたい。」  

「わかったわ。【気合溜め】だけは使わない。それとね秀人。全国1位の実力をあんまりなめるなよ! やっぱり手加減してって絶対に言わせてやるわ。」  

 陽菜はプライドが少し普通の人よりも高かった。文武両道でいつも何に対しても優秀な成績で生きて来た。だから、一般人に手加減する事は当たり前で、それが当然のごとく了承されるとも思っていた。だが、秀人の返事は違っていた。現実世界ですら相手にならない。更に今は天性ネイチャーにより戦闘に有利な数々の補正がされている陽菜。対するは、生産に特化し戦闘に於いて何の補正も掛かっていない秀人。ゆえに手加減はいらないなどの言葉は、今までの努力を侮辱ぶじょくされたのと同じと感じたのだ。  

「【闇降し 奇々怪々】」

 言葉と共に陽菜が禍々しい黒いオーラに包まれる。まず最初に秀人の動きを見ながら、一気に間合いを詰めふところに飛び込んだ。陽菜は毎日格闘技の練習をしていたが、その想定した相手は素手である。秀人が素人とはいえ、剣と肉体のリーチの差は大きい物だとは感じる。  


 だが、それだけだ。  


 たかが素人が剣を持っただけ、間合いを詰めてしまえばそんな事は関係が無い。むしろ、秀人は剣を持つがゆえ接近戦での戦いづらさを感じていた。陽菜は常に近距離で殴る蹴るのスキルを連発し、秀人はそれに耐えるという事が繰り返されていた。だが、ただ耐えているだけではない。馬鹿みたいに数打ちゃ当たる方式で、何度も連続で【薙ぎ払い】を使用している。陽菜を遠ざけようとする攻撃は、陽菜には読まれていてバックステップでかわされたり、避けられ違う角度から絶大なスキルで攻撃される。

 ほとんどのクラスメイトから見たら、秀人がただなぶられている形なのだが、秀人は今までいじめられ殴られていただけの時の不甲斐ふがいない悔しさの時とは違い、とてもわくわくして楽しかった。頭を使い危機的状況をどう切り抜けるか、それだけが今までとは全く違っていた。もっとこの戦いを続けたいとすら感じていた。  

 逆に陽菜は焦っていた。数分も掛からずに秀人は倒れるだろうと思っていた。だが、何度拳を叩きこもうと、急所に蹴りを当てようと人間を相手にしている時に感じられる苦痛にゆがむ表情などが全く無い。スキルも手を抜かずに威力の高いものを叩き込んでいる。だが、陽菜の焦りとは裏腹に、秀人には最初から笑顔しか無い。最後のラッシュのつもりで全力の連打、それが数分間ずっと続いているのだ。まるで動くサンドバックを相手にしているようでまったく終わりが見えない。  

 もう陽菜には時間の感覚が無い。数十分の時間が経過し陽菜は徐々にスタミナを削って行った。今はスキルも消費するSPが少ないものに切り替えている。それどころかSPが足りない為にスキル無しの攻撃がどんどん増えている。しかし、秀人はどんなに時間が経過しても楽しそうに笑っている。全ての行動が最初とまったく変わらない。陽菜は長距離マラソンを常に全力で走っているかのように苦しかった。

 秀人が陽菜に抵抗する為に連続で放つ何度目かの【薙ぎ払い】の後、ただの薙ぎ払いのスキルは、新しい秀人だけの独自のコンボを産みだす事になった。【薙ぎ払い】×2。薙ぎ払いのスキルの終点から再度【薙ぎ払い】を行う。単純にその繰り返しだ。だがそのスキルエフェクトの効果範囲が前後左右と圧倒的に広がっていた。【薙ぎ払い】は敵を遠ざける目的のスキルである為に、敵に踏み込む強力な攻撃の前段階としてコンボに組み込まれる事はある。だが、秀人は、陽菜がしきりに近距離での戦闘を維持してくる為に、敵を遠ざける事のみが目的の近距離拒絶きょぜつのこのコンボがガイアに認められた。コンボとはスキルの効果を上げ、独自の効力を発揮する。秀人が楽しくなって、高速で連続してこのコンボを続ける為に、もはや、陽菜は秀人との間合いを詰める事は不可能になった。  

「ちょっと、何よそれ。ずるいじゃないの。」  
   
「ん? そう? あ。すき有り。」  

 秀人は陽菜の頭の上に剣を降ろし、寸前でその剣を止めた。 陽菜はもちろんまったく痛くないが、油断してしまった事が恥ずかしくて顔を赤らめる。 

「馬鹿! でも、もう良い。あの剣崎にやられてただけあって、なんか倒せる気がまったくしないわ。でも、流石さすが、私の友達だけの事はあるって認めてあげるわよ。」  

「陽菜。楽しかったよ。ありがとな。」  

 その戦闘の評価は、賛否両論だった。先程の心愛のけた外れの魔法にまだ、半分以上が放心状態だが、王子や王女の取り巻き達は、まだ、誹謗ひぼう中傷ちゅうしょうを続けていた。 

「ただのあの雑魚の公開処刑じゃないか。」「貴族の子供ですら、もっとまともな戦闘が出来るぞ?」「まあ、あの陽菜って子が凄いのは分かったけど、雑魚は全然ね。」 

 ののしるだけしか出来ない取り巻き達とは違い、ミミカ、サンタナ、ノートルという化け物達とそれに準ずる何人かは、陽菜の攻撃の威力を推測し、同時に秀人の耐久力についても考えを巡らせていた。彼らの視点は最初の暇つぶしの見学とは明らかに違う。実際に陽菜や心愛の攻撃の威力を知ったがゆえに、秀人の防御力を警戒けいかいに値する物だと判断していた。
 更に、そのスタミナとHPの自然回復速度、連続での高速スキル使用はSPの回復速度が異常に高い事を表している。それは、考えられるとすれば魔力循環が圧倒的速度だという事だ。良質の魔力が魔力回路を高速で循環している。だが、それにしても異常過ぎる為、合わせて魔力回路が良質で太い上に、良質な魔力が流れている事の証明になる。

 ミミカ、サンタナ、ノートルはその天才の可能性を先程以上に警戒けいかいする事となった。いずれ脅威きょういになるではなく、間違いなく現時点で脅威きょういなのだ。

 おのおの熟慮の末に、むしろ、本当に気を付けるべきは秀人の方だと結論付ける。自分達には特待生達の攻撃も、まだまだ通用はしない。それが一撃であればだ。万が一にも、自分達の攻撃が通じなかった場合の方が何倍も危険である。

 秀人が全ての攻撃を受けきり、その上で持久戦であれば、或いは……。

 ユノは戦闘が終わった秀人に近づき、その汗を拭った。ムッとする陽菜をよそに、笑顔で秀人に話しかける。

「秀人。とても凄かったわ。あんな出鱈目な威力の攻撃を受けて涼しい顔をしているなんて……本当にかっこ良かった。」

 きょとんとする秀人と陽菜が顔を引きつらせていた。秀人は自分の強さを自覚していない。今までの人生はずっと虐められて来たのだ。自分がチートなのはわかっている。ただそれは装備を付けた状態であれば、それなりの力がある事はわかっているという事だ。

「いや。陽菜はもちろん凄い。でも俺は剣を持ってたし、攻撃の手段が少ない上に、その威力が壊滅的だ。弱すぎるんだよ。」

その言葉に今度はユノが驚いていた。だが、返事をする前に陽菜が飛び出してくる。

「馬鹿! なんでいちゃいちゃしてるの!【闇降し 奇々怪々】【気合溜め】【冥王粉砕拳】」

 顔面に【気合溜め】をした陽菜の全力コンボが入る。秀人はいじけて陽菜を睨む。

「陽菜。それは使わないって言ったじゃん。」

「完全に認めたって事よ。どう考えてもダメージないじゃない。」

「そういう問題じゃない。だってあれ壊したのを見た後だと怖いだろ。」


 秀人は自分の異常さに気付いていない。秀人以外の強者のみが、秀人の凄さを理解していた。

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