虐められ続けた俺が最も憎んだもの

　学校の昼食の時間。剣崎　義和よしかずは、後ろの席に座る鬼宮秀人を睨みつけ、いつものように命令を下していた。

「おい。デブ秀人。購買でアンパンとやきそばパンを買ってこい。」 

「そんなお金は無いし、例えあったとしても買ってこない。」

 　剣崎が秀人の机を蹴飛ばすと、机は秀人の肉に食い込んでいる。

「なんだその反抗的な態度はっ！　貴様は何度虐いじめられても、一つも態度を改めようとしないな。ふざけんなよ。こらっ！」 

　これも日常のありふれた光景。

　剣崎は座っている秀人の胸倉に掴つかみかかり、そのまま立ち上がらせると、左手で秀人を引き寄せた。間にあった秀人の机は、いまは二人の真横に押し出されている。

　剣崎は横に引き戻した右手で思い切り秀人の腹を殴りつける。 秀人はその場に倒れ込み、身悶みもだえる。剣崎の攻撃は、その強烈な一撃では終わらない。倒れた秀人に間髪を入れずに連続の蹴りをお見舞いした。

　まるで殺しても良いような全力の攻撃に苦しむ所の話では無かった。剣崎は間違いなく相当に強い。その証拠に、秀人はいつの頃からか剣崎以外の攻撃にはなんの痛みも感じないくらいになっていた。

「・・・。」「ほらっ。糞くそデブ秀人。なんとか言……。」 

　その暴行の途中で剣崎の肩を叩く者がいた。男は違う方の手で時計を指さす。

「義和。時間がやべーぞ。こんなやつは、もうほっといて、購買に行こうぜ。」 

そう言ったのは秀人の従兄、桃園家の次男厳次げんじ。 

「厳ちゃん。いつもこいつに甘くないか？　従弟だからって秀人の糞くそを気にしてんのか？」 

「いや。あまりにも弱い雑魚野郎だから、一分一秒でも一緒にいたくないだけだ。ほらっ行こうよ。」 

　秀人は、学校と家の両方で壮絶な虐いじめを受けていた。

　秀人は鬼宮家の長男として生まれ、一人っ子として両親からたくさんの愛情を受け育った。

　だが7歳の時に両親が事故で亡くなり、それからは親戚である桃園家に引き取られる事になった。

　最初のうちは、桃園家の６人兄弟達と、とても仲良くやっていたのだが、叔父と叔母による差別から始まり、その事で何度も長女の香織が秀人を庇かばうようになった。

「お母さん、何で秀人の食事がお味噌汁だけなのよ？」
「秀人ばかり差別しないで。」
「秀人だって一緒にいる以上は家族なのよ。」
「やめてよ。秀人を虐めるのは許さないんだから。」

　半年もすると、長女が秀人を庇う事に嫉妬したように、長男の玄一が秀人を虐めの対象として見るようになっていた。

「お前ムカつくんだよな～。」

「厳次げんじ何で突っ立って見てるんだよ。お前もやれ。」

「……玄兄ちゃん。止めて。……痛いよ。」

　玄一は秀人を虐めるようになり、それが次男の厳次をも巻き込む。二人で秀人を虐いじめるのが桃園家の日課になった。秀人はなるべく玄一以外の親戚兄弟と遊ぶように心がけたが、玄一は秀人と厳次だけを外に連れ出し公園などで虐待ぎゃくたいを続けていた。

　そこに加えて叔父の暴力と叔母の差別もある。秀人はなぜ自分が虐められ続けるのか分からずに辛い子供時代を送っていた。ろくにご飯も食べさせて貰えずに餓死寸前だった。

　しかし、秀人が９才の時に転機が訪れる。 

　それは叔父の事業の失敗だった。借金で首が回らなくなった桃園一家は自宅を売り、母方の父、秀人にとっては祖父の家に引っ越した。祖父は、心根の優しい秀人と香織の事を可愛がり、常に手元に置いて離さなかった。その事が直接的に影響し、祖父が倒れるまでの3年間は、秀人の虐いじめは緩和した。

　学校生活での剣崎から受ける暴行と登下校中に玄一と遭遇そうぐうした時の暴行だけになった。それでも家に帰れば幸せと思える日々を送っていた。

　ただ祖父と香織にあまりにも可愛がられすぎてしまい結果として激太りする事になる。

　秀人は７才から９才まで、ろくに食事を取れなかった事が原因で体質が食べた分だけ脂肪を蓄たくわえる体になっていた。それが一日三回のしっかりした食生活と、祖父と香織がそれぞれ与えるおやつ。家にいる時はライトノベルなどを読みながら祖父の部屋に引きこもるというルーティーンで、９才から１２才までの間に100㎏という壮絶な肥満体形になっていた。 

　だが、そんな幸せは長くは続かず、祖父が倒れ意識不明の重体になってからは生活が激変する。

　祖父のせいで秀人を虐められなかった者達の鬱憤は最高潮にまで達していた。結果的に秀人が肥満体形になっていたのは幸運だったとも言える。 家庭内での虐いじめは、ご飯は残り物の味噌汁だけが当たり前で、汚い言葉を浴びせられる。香織が気づけば庇かばうのだが、アルバイトが休みの時だけだった。

　
　９才で転校してから、秀人はある女性を剣崎の暴力から救っていた。その影響で秀人が虐いじめの標的になったのだが、玄一が不良グループのリーダーになった１２歳の頃からは、その暴力が余計に酷ひどくなった。

　そんな中で、それでも秀人がまっすぐに優しく育ったのは、痛みを知っている事と

　７歳まで優しい両親の教えと愛情いっぱいに育った事
　尊敬する祖父と香織が秀人に優しく接してくれた事
　秀人が９才の時に助けた唯一の友達が、いつも自分を心配してくれた事

　それら大切な人達から貰った優しさに起因している。

　そのうち唯一の友達、孤高の天才美少女陽菜は、自分が巻き込んだ秀人を虐いじめから救う為、９才の時から空手を習いはじめ最近では全国女子１位の成績まで上り詰めている。

　ただ、それでも剣崎に敵わず、陰で挑んでは玉砕ぎょくさいするのが陽菜の習慣になっていた。また、それ以外でも剣崎の方からも陽菜を暴行していた。

　そんなある日、長男の桃園玄一げんいちに近所の公園に呼び出された秀人は、いつものように玄一げんいちと厳次げんじに虐められていた。 

「おい。糞くそ秀人。てめーは、うちの足手まといの癖くせになんで、そんなにブクブク太ってるんだよ？　あ？　死ねよ！！」 

　とはいえ、あまり食べていないので現在は少しぽっちゃりしている程度だ。学校でも剣崎にやられボロボロの状態だが、そんな事は玄一には関係ない。玄一は秀人の腹を蹴り上げる。そして前のめりになった顔面をは横殴りにする。玄一の攻撃は、剣崎が所属する不良グループのリーダーだけあってとてつもなく重い。意識が飛びそうになるのを秀人は必死に我慢していた。 

「おい？　なんで太っているんだって聞いてるんだよ。母ちゃんもまともに食事を出してないだろ？」 

　言いながら玄一は秀人のお腹に拳をねじ込ませる。返事を求める時は秀人の言葉が出る様に、攻撃には急所を避けている。 

「香織姉ちゃんからいつも食べ物を貰ってる。俺が死なない様に。」 

「まじかよ。最低だなお前。香織が今、何の仕事してるか知ってるか？　風俗嬢なんだぞ。父と母にお前の事を追い出さないでという約束をして、その替わり風俗で働いてお金を稼いでる。それに金は全部、家に入れてるって盗み聞きしたんだ。だから余計にお前には腹が立つ。お前のせいで香織は！！　くそっ！！　なんでお前ばっかり香織に可愛がられてるんだよ。姉弟でもないお前が何で一番目を掛けられているんだ！！」 

　玄一の拳が秀人の顎あごにヒットして、そのまま秀人の頭の中が真っ白になった。ただそれは攻撃に気絶したからでは無い。

　秀人は自分が虐いじめられるだけなら、いくらでも耐えられる。だけど、優しい香織が、秀人の為に自分の体を犠牲にしたと思うと、それがとてつもなく苦しかった。

　秀人は自分に絶望した。

　そんな事実は今まで何も知らなかった。でも、香織は、いつも自分の金を秀人への食費に変えてる事は分かっていた。秀人は何もせずに、ただただ香織に迷惑を掛けていた。その自分が本当に情けなかった。自分が許せなかった。 

　はじめて玄一に裏切られた時よりも、もっと悲しかった。剣崎に毎日暴行されるよりも悔しかった。

　昨日までの香織の笑顔を思い出し、無理して笑っていたのかと思うと、やりきれなかった。

　今まで堪こらえ続けていた荒れ狂う憎しみが、まとめてはき出されるような感覚だった。怒りの矛先は自分自身に向いている。あるいは香織を巻き込んだ桃園家の両親の事も許せなかった。

　――神様、俺はいったいどうすれば良いんですが？　俺は一生虐いじめられても良い。香織姉ちゃんが俺の犠牲になっていたなんて絶対に有り得ない。どうか助けて下さい。―― 



　 そこで秀人の意識は途絶とだえる。

再び、秀人が目を覚ますとまるで宇宙空間の様な不思議な世界が見える。その中で豪華な金色の椅子に座る女性が秀人に話しかけて来た。

「秀人君。私の事を呼びましたよねー？　初めまして。私は女神アルテミス。ガイアの唯一神です。」