サッカーの絆
二人
グラウンドには俺とシュウ、そしてサッカー部の皆が少し離れた所で練習をしていた。
「ねえ、混ざらないの? サッカー部入ってんだよね?」
不自然な間に少し戸惑いを感じたのか、シュウは当然の疑問を投げかける。
「見たらわかるだろ」
「何も分からないよ?」
そして、核心に触れるよう静かに口にした。
「俺は、除け者なんだよ」
「え?」
それからシュウと別れてから今に至るまでの事の顛末を語る。
しかし彼は何ともないといった様子で説得するように話し始めた。
「でもまだ諦めたわけじゃないよね。ヒロヤは凄いもん、小学生の頃は僕なんか全く歯が立たなかったし、努力でどうにかなるようなものじゃなかった。それは今でも絶対変わらないよ。それにヒロヤの言うように周りとか環境が悪かったっていうのもあるだろうし、今向こうにいるあいつらだってーー」
「もう全部やったんだよ!!!」
勢いあまって叫ぶ。
普段こちらを見ないサッカー部の連中が一斉にこちらを見た。
だが、悪いとは思わなかった。
こうまで想いを口にしなければ絶対分かってくれない。
シュウはそういう奴だと知っていたから。
「もう何もかもやりつくしたんだ。俺もずっと信じてたんだよ、自分の事を。お前はもっと周りを見ろだの、個人でプレイするなだの、サッカーに向いていないだの、アドバイスからいじめまで何でも向き合ってきた。その度に反省してずっとずっと練習したんだ。でも全然うまくいかなかった」
「......」
「お前が凄いってうちの家族が言ってきてさ、その度にこいつも負けずに頑張ってんだなって、それ見て俺も負けられないなって。でも............ごめんな」
「ヒロヤ......」
「もう無理だよ」
強がりだった俺は初めてシュウの前で弱い自分をさらけ出す。
そしてーー、
「サッカー、俺には向いてなかったみたい」
一番口にしたくなかった。
数十年間共にいた唯一の仲間に別れを告げるように。
俺はひきつった顔をしながら、あふれ出る涙を抑えることができなかった。
シュウは、目に涙をためながら、
「そんなの、絶対に認めない」と悔しがるように語気を強めた声で言う。
「いたいたぁああああ!!」
突然背後から大きな声がした。
振り返るとそこには昨日の不良とその仲間たちがこちらに向かってきている。
サッカー部以外練習をしておらず教職員は会議中という最悪のタイミングだった。
何事かと思った部員はすぐさま教師を呼びにいこうとしている。
「あいつらまた......」
大事な話を踏みにじられた気がして俺は拳を強く握りしめた。
その様子を見ていたのか、シュウは「大丈夫だから」とそっと優しく手を重ねる。
それから静かに立ち上がり、ゆっくりと彼らの方へ歩みを進めるシュウ。
どうして彼があいつらに向かっているのか理解できなかった。
いくら身体が大きくなったとはいえ、相手は五人。
それに喧嘩は昔から強くはなかった。
「ヒロヤ、今度は僕の番だから」
「え?」
「あの時、僕の為に譲ってくれたんだよね。怪我なんてしてないって分かってたよ」
シュウは小学六年生だった頃の話を始めた。
「あの時はおかしかったんだ。サッカーしか見えてなくて君を傷つけた。僕のこと守ってくれたんだよね、ありがとう」
「何を言ってーー」
「だから今日は僕が守るから」
シュウには全部見透かされていた。
だがそんなことはどうでもいい。
僕が守る?
何を言っている。
あの頃の守るとはわけが違う。
このまま誰も助けに来なければ、確実にどちらかが、いや最悪どちらも再起不能になり得る。
必死でシュウを呼び止めるが、一向に歩みを止めることはない。
「......やめてくれ」
堂々と立ち向かえるシュウが不思議でならなかった。
…...俺はこんなにも震えて立ち上がれもしないのに。
それに今更俺を守って何になる。
さっき全て話したはずだ。
もうサッカーはできないって。
シュウは俺と違い、今後を期待されている有望なプレイヤーだ。
それなのに、この件で、お前は果たせるはずの夢が果たせなくなるかもしれない。
なぜそれがわからない。
「なんで、なんで!」
「ーーヒロ、ずっと待ってるって言ったろ?」
やめろ。
俺から全てをーー奪わないでくれ。
お前の夢が潰えたら、俺は何のために。
何のために、あの時お前を送り出したんだ。
「僕の生きざま、見といてね」
それからシュウは勢いをつけて走り出した。
咄嗟のことで反応できなかった彼らは、勢いでタックルしてきたシュウに数人がぶつかり吹っ飛ばされる。
だが、そんなことを意にも介さないように立ち上がり、シュウは数人から打ちのめされた。
それは顔からお腹、腕、そして生命線である右足と全ての部位に殴りと蹴りを入れられる。
それでも倒れず立ち向かってくる姿に怯み、その隙を見逃さないシュウは一人一人の戦力を確実に削っていく。
昔の彼では考えられないほど逞しい姿がそこにはあった。
だが、近くにあったでかい木の棒を手に持った仲間が背後から近づいていた。
俺は何も考えずに走り出した。
その刃が届くといよいよ終わりだという事が本能で分かったのだろう。
気付いたら俺は武器を持った男を殴り飛ばしていた。
「来るのが遅いよ」
「ふざけんな!! お前に期待してる人がどれだけいると思ってんだ!」
「もうこんな時に説教? それにヒロにも期待している人がいるんだよ?」
「そんなやつがどこに!」
シュウは俺を見てにこにこしていた。
この場に相応しくない表情で、河川敷で喧嘩した幼い頃のように。
「楽しそうにしやがって、調子狂うんだよ」
「えー?」
「俺がやる。シュウはーー俺に指示してくれ」
それから俺はあの頃の感覚を十年ぶりに取り戻したかのように、幽閉されていた獣が暴れ狂うかのようにその場を掌握した。
それを見ていた残りの不良は化け物を見るかのように慄き、逃げていく。
彼らがいなくなることを視認すると、俺たちはその場で倒れ込んだ。
「ふう、久々に楽しかったねっ!」
「馬鹿かお前は」
「それを言うならヒロも馬鹿になるけど?」
「俺とお前じゃ......ちげえんだよ」
「ヒロには才能がある、信じられないなら僕も一緒に確かめてあげるよ」
「そうか、それはありがたい話だな」
「うんっ!」
さすがに脳が休めと言っているのか、余計な考えが思い浮かばない。
久しぶりにヒロと共闘した。サッカーではなかったけれど。
それでも、あの頃の感覚を取り戻し、互いに親友と向き合っている現状に
笑わずにはいられなかった。
「......それと」
「ん?」
「そのヒロって呼び名、なんかいいな」
「あ......うん、これからも使っていく、ね。えへへ」
不覚にも照れてしまったが、なぜかシュウも照れていた。
お前から使い始めたのに何で照れるんだよ。
そんな恥じらう姿を見て更に頬が熱くなる。
確かに異性だったら間違いなく惚れていた、かもしれないと思った。
俺たちは病室で目覚めた。
シュウの父親と数名の教師がグラウンドで倒れ込んだ俺たちを病院まで運んでくれたらしい。
本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした、と心の中で呟く。後で真剣に謝ろう。
「ヒロヤくんは表面上の擦り傷程度で、内部的にも特に異常はありませんでした」
担当医は俺の診察結果を話す。
診てもらっておきながらあれだが、俺が気にしているのはその事ではなかった。
「それで、シュウくんについてはーー」
ごくりと唾を飲む。ここまで緊張した瞬間は数回しかない。
「少々目立った傷はありますが、こちらも生活に支障を来たすレベルの傷はできていなかったですね」
その一言で、俺の身体に乗っていた大きな重りが消えていくのがわかった。
「ただーー」
「?」
「向こうで診てもらっていたという傷ですが、こちらで見ても同じ結果と言わざるを得ない状態です」
向こうで診てもらっていた傷......?
「あの、何の話ですか?」
これは話してもいいことか、と医者がシュウの父親に聞くと、黙って頷いていた。
「実はーー」
予想だにしていない内容だった。
診察が終わっても医者の言っていた言葉が反芻し、ただただ呆然としていた。
シュウはサッカーをする上で重要な部位に致命的なダメージを負っている。
今回の騒動に関わらずシュウは今後サッカーを続けられない。
そう言われてから、何を考えればいいのかがわからず空白の時間を過ごしていた。
そんな俺の姿を見かねたシュウが、「ちょっと夜風に浴びよう」と外へ連れ出した。
「驚いた? もう僕には」
「言わなくていい」
「うん」
お互いが向き合うことなく、病院の外で夜の月を見上げていた。
「気付いてたと思ってたよ。だって不自然じゃない? 突然長い休暇ができて、突然ヒロと同じ学校で、同じクラスでさ」
「お前の親父がレアすぎてな」
「あはは。確かにそうだけど」
どこかぎこちない会話だった。
こんな時でも、シュウは空気を良くしようと笑顔でいる。
一番辛いのはお前のはずなのに。
「でも、もう自分を犠牲にするのだけはやめろよ」
「ヒロも僕の為に怪我のふりして、行きたかったチーム行けなかったのに?」
「それは! ......俺が行ったところで今と同じ結果になってた」
「僕も同じように地元で活躍はするかもだけど怪我して引退してた」
シュウはもう既にその道を諦めているような物言いをした。
「引退って、まだどうなるかわからないだろ」
「無理だよ。色々なお医者さんの所を行って、何度も何度も聞いた。もう駄目なんだって」
軽い声色で答えてはいたが、シュウの目には哀しみの色が薄っすらと染みている。
「でも、もう大丈夫。後悔はないから」
すぐさま陽気な姿に切り替わり、にししと微笑みかけてくる。
だが不思議と彼の振る舞いには無理をしている気がしなかった。
「何でそんなに強いんだ」
「強くなんてない。ここに来るまではヒロと同じようにどうしようもなくて泣いて叫んでたんだ」
彼は素直な思いを口にする。
今の努力を続けられる俺ですらこんなに歯がゆいのに、突然栄光が絶望に変わったらと思うとその思いは計り知れないだろう。
「そうか」
「うん、でもヒロの顔見たらなんかすごい元気出てさ! 本当は帰省したかったわけでもこっちの学校で青春送りたかったわけじゃない。君がいたから来たんだ」
「どうしてそんな信じられる」
シュウは俺の事を信じすぎている。
確かに小学生の頃は凄かったかもしれない。
だがそれからの俺を見れば誰も才能なんて信じられないだろう。
だから何故そんなに俺に拘るのかが聞いてみたくなった。
「それはーーヒロだからだよ」
「は?」
「理由なんて特にない。ずっと僕のヒーローだった。それにさっきの喧嘩を見ても想像以上だった。僕の予測よりも早く動くし」
その答えはいつものシュウだった。
特別ではない、何ともない理由で俺についてきてくれる。
「喧嘩で強くなっても」
「動きが良いってことは認めるんだね。これでもプロ目指してたところで司令塔してたんだから。少しは信用してもらってもいいんじゃないかな?」
彼は俺に目を合わせて本心で言っているのが分かった。
確かにプロを目指すチームでの活躍が凄まじかったと色々なところで言われていた。
だが、それが理由でシュウの言葉に耳を傾けていたわけではない。
「そうだな、凄いやつにここまで言われたら、少しは信用してもいいかもな」
これほどまで自分の事を信じてくれるやつがいなかった。
どんなに弱音を吐いても、どんなに拒否をしても、追い続けてきて、希望をぶつけてくる。
その温かさを全身で受けたからこそ、もう一度自分のことを信じてみたくなった。
「うん、信じて。これからはーー
僕が君の目をするから、君は僕の足になって」
綺麗な夜景を背に、シュウは美しい一筋の涙を流しそう言った。
今後、お互いがどう突き進むのかはわからない。
ただこの足が壊れるまでは走れる。
シュウが隣に居ればきっと何とでもなる。
その手をずっと離さないよう力を込めて握る。
これから俺たちの本当の物語が始まる。
「ねえ、混ざらないの? サッカー部入ってんだよね?」
不自然な間に少し戸惑いを感じたのか、シュウは当然の疑問を投げかける。
「見たらわかるだろ」
「何も分からないよ?」
そして、核心に触れるよう静かに口にした。
「俺は、除け者なんだよ」
「え?」
それからシュウと別れてから今に至るまでの事の顛末を語る。
しかし彼は何ともないといった様子で説得するように話し始めた。
「でもまだ諦めたわけじゃないよね。ヒロヤは凄いもん、小学生の頃は僕なんか全く歯が立たなかったし、努力でどうにかなるようなものじゃなかった。それは今でも絶対変わらないよ。それにヒロヤの言うように周りとか環境が悪かったっていうのもあるだろうし、今向こうにいるあいつらだってーー」
「もう全部やったんだよ!!!」
勢いあまって叫ぶ。
普段こちらを見ないサッカー部の連中が一斉にこちらを見た。
だが、悪いとは思わなかった。
こうまで想いを口にしなければ絶対分かってくれない。
シュウはそういう奴だと知っていたから。
「もう何もかもやりつくしたんだ。俺もずっと信じてたんだよ、自分の事を。お前はもっと周りを見ろだの、個人でプレイするなだの、サッカーに向いていないだの、アドバイスからいじめまで何でも向き合ってきた。その度に反省してずっとずっと練習したんだ。でも全然うまくいかなかった」
「......」
「お前が凄いってうちの家族が言ってきてさ、その度にこいつも負けずに頑張ってんだなって、それ見て俺も負けられないなって。でも............ごめんな」
「ヒロヤ......」
「もう無理だよ」
強がりだった俺は初めてシュウの前で弱い自分をさらけ出す。
そしてーー、
「サッカー、俺には向いてなかったみたい」
一番口にしたくなかった。
数十年間共にいた唯一の仲間に別れを告げるように。
俺はひきつった顔をしながら、あふれ出る涙を抑えることができなかった。
シュウは、目に涙をためながら、
「そんなの、絶対に認めない」と悔しがるように語気を強めた声で言う。
「いたいたぁああああ!!」
突然背後から大きな声がした。
振り返るとそこには昨日の不良とその仲間たちがこちらに向かってきている。
サッカー部以外練習をしておらず教職員は会議中という最悪のタイミングだった。
何事かと思った部員はすぐさま教師を呼びにいこうとしている。
「あいつらまた......」
大事な話を踏みにじられた気がして俺は拳を強く握りしめた。
その様子を見ていたのか、シュウは「大丈夫だから」とそっと優しく手を重ねる。
それから静かに立ち上がり、ゆっくりと彼らの方へ歩みを進めるシュウ。
どうして彼があいつらに向かっているのか理解できなかった。
いくら身体が大きくなったとはいえ、相手は五人。
それに喧嘩は昔から強くはなかった。
「ヒロヤ、今度は僕の番だから」
「え?」
「あの時、僕の為に譲ってくれたんだよね。怪我なんてしてないって分かってたよ」
シュウは小学六年生だった頃の話を始めた。
「あの時はおかしかったんだ。サッカーしか見えてなくて君を傷つけた。僕のこと守ってくれたんだよね、ありがとう」
「何を言ってーー」
「だから今日は僕が守るから」
シュウには全部見透かされていた。
だがそんなことはどうでもいい。
僕が守る?
何を言っている。
あの頃の守るとはわけが違う。
このまま誰も助けに来なければ、確実にどちらかが、いや最悪どちらも再起不能になり得る。
必死でシュウを呼び止めるが、一向に歩みを止めることはない。
「......やめてくれ」
堂々と立ち向かえるシュウが不思議でならなかった。
…...俺はこんなにも震えて立ち上がれもしないのに。
それに今更俺を守って何になる。
さっき全て話したはずだ。
もうサッカーはできないって。
シュウは俺と違い、今後を期待されている有望なプレイヤーだ。
それなのに、この件で、お前は果たせるはずの夢が果たせなくなるかもしれない。
なぜそれがわからない。
「なんで、なんで!」
「ーーヒロ、ずっと待ってるって言ったろ?」
やめろ。
俺から全てをーー奪わないでくれ。
お前の夢が潰えたら、俺は何のために。
何のために、あの時お前を送り出したんだ。
「僕の生きざま、見といてね」
それからシュウは勢いをつけて走り出した。
咄嗟のことで反応できなかった彼らは、勢いでタックルしてきたシュウに数人がぶつかり吹っ飛ばされる。
だが、そんなことを意にも介さないように立ち上がり、シュウは数人から打ちのめされた。
それは顔からお腹、腕、そして生命線である右足と全ての部位に殴りと蹴りを入れられる。
それでも倒れず立ち向かってくる姿に怯み、その隙を見逃さないシュウは一人一人の戦力を確実に削っていく。
昔の彼では考えられないほど逞しい姿がそこにはあった。
だが、近くにあったでかい木の棒を手に持った仲間が背後から近づいていた。
俺は何も考えずに走り出した。
その刃が届くといよいよ終わりだという事が本能で分かったのだろう。
気付いたら俺は武器を持った男を殴り飛ばしていた。
「来るのが遅いよ」
「ふざけんな!! お前に期待してる人がどれだけいると思ってんだ!」
「もうこんな時に説教? それにヒロにも期待している人がいるんだよ?」
「そんなやつがどこに!」
シュウは俺を見てにこにこしていた。
この場に相応しくない表情で、河川敷で喧嘩した幼い頃のように。
「楽しそうにしやがって、調子狂うんだよ」
「えー?」
「俺がやる。シュウはーー俺に指示してくれ」
それから俺はあの頃の感覚を十年ぶりに取り戻したかのように、幽閉されていた獣が暴れ狂うかのようにその場を掌握した。
それを見ていた残りの不良は化け物を見るかのように慄き、逃げていく。
彼らがいなくなることを視認すると、俺たちはその場で倒れ込んだ。
「ふう、久々に楽しかったねっ!」
「馬鹿かお前は」
「それを言うならヒロも馬鹿になるけど?」
「俺とお前じゃ......ちげえんだよ」
「ヒロには才能がある、信じられないなら僕も一緒に確かめてあげるよ」
「そうか、それはありがたい話だな」
「うんっ!」
さすがに脳が休めと言っているのか、余計な考えが思い浮かばない。
久しぶりにヒロと共闘した。サッカーではなかったけれど。
それでも、あの頃の感覚を取り戻し、互いに親友と向き合っている現状に
笑わずにはいられなかった。
「......それと」
「ん?」
「そのヒロって呼び名、なんかいいな」
「あ......うん、これからも使っていく、ね。えへへ」
不覚にも照れてしまったが、なぜかシュウも照れていた。
お前から使い始めたのに何で照れるんだよ。
そんな恥じらう姿を見て更に頬が熱くなる。
確かに異性だったら間違いなく惚れていた、かもしれないと思った。
俺たちは病室で目覚めた。
シュウの父親と数名の教師がグラウンドで倒れ込んだ俺たちを病院まで運んでくれたらしい。
本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした、と心の中で呟く。後で真剣に謝ろう。
「ヒロヤくんは表面上の擦り傷程度で、内部的にも特に異常はありませんでした」
担当医は俺の診察結果を話す。
診てもらっておきながらあれだが、俺が気にしているのはその事ではなかった。
「それで、シュウくんについてはーー」
ごくりと唾を飲む。ここまで緊張した瞬間は数回しかない。
「少々目立った傷はありますが、こちらも生活に支障を来たすレベルの傷はできていなかったですね」
その一言で、俺の身体に乗っていた大きな重りが消えていくのがわかった。
「ただーー」
「?」
「向こうで診てもらっていたという傷ですが、こちらで見ても同じ結果と言わざるを得ない状態です」
向こうで診てもらっていた傷......?
「あの、何の話ですか?」
これは話してもいいことか、と医者がシュウの父親に聞くと、黙って頷いていた。
「実はーー」
予想だにしていない内容だった。
診察が終わっても医者の言っていた言葉が反芻し、ただただ呆然としていた。
シュウはサッカーをする上で重要な部位に致命的なダメージを負っている。
今回の騒動に関わらずシュウは今後サッカーを続けられない。
そう言われてから、何を考えればいいのかがわからず空白の時間を過ごしていた。
そんな俺の姿を見かねたシュウが、「ちょっと夜風に浴びよう」と外へ連れ出した。
「驚いた? もう僕には」
「言わなくていい」
「うん」
お互いが向き合うことなく、病院の外で夜の月を見上げていた。
「気付いてたと思ってたよ。だって不自然じゃない? 突然長い休暇ができて、突然ヒロと同じ学校で、同じクラスでさ」
「お前の親父がレアすぎてな」
「あはは。確かにそうだけど」
どこかぎこちない会話だった。
こんな時でも、シュウは空気を良くしようと笑顔でいる。
一番辛いのはお前のはずなのに。
「でも、もう自分を犠牲にするのだけはやめろよ」
「ヒロも僕の為に怪我のふりして、行きたかったチーム行けなかったのに?」
「それは! ......俺が行ったところで今と同じ結果になってた」
「僕も同じように地元で活躍はするかもだけど怪我して引退してた」
シュウはもう既にその道を諦めているような物言いをした。
「引退って、まだどうなるかわからないだろ」
「無理だよ。色々なお医者さんの所を行って、何度も何度も聞いた。もう駄目なんだって」
軽い声色で答えてはいたが、シュウの目には哀しみの色が薄っすらと染みている。
「でも、もう大丈夫。後悔はないから」
すぐさま陽気な姿に切り替わり、にししと微笑みかけてくる。
だが不思議と彼の振る舞いには無理をしている気がしなかった。
「何でそんなに強いんだ」
「強くなんてない。ここに来るまではヒロと同じようにどうしようもなくて泣いて叫んでたんだ」
彼は素直な思いを口にする。
今の努力を続けられる俺ですらこんなに歯がゆいのに、突然栄光が絶望に変わったらと思うとその思いは計り知れないだろう。
「そうか」
「うん、でもヒロの顔見たらなんかすごい元気出てさ! 本当は帰省したかったわけでもこっちの学校で青春送りたかったわけじゃない。君がいたから来たんだ」
「どうしてそんな信じられる」
シュウは俺の事を信じすぎている。
確かに小学生の頃は凄かったかもしれない。
だがそれからの俺を見れば誰も才能なんて信じられないだろう。
だから何故そんなに俺に拘るのかが聞いてみたくなった。
「それはーーヒロだからだよ」
「は?」
「理由なんて特にない。ずっと僕のヒーローだった。それにさっきの喧嘩を見ても想像以上だった。僕の予測よりも早く動くし」
その答えはいつものシュウだった。
特別ではない、何ともない理由で俺についてきてくれる。
「喧嘩で強くなっても」
「動きが良いってことは認めるんだね。これでもプロ目指してたところで司令塔してたんだから。少しは信用してもらってもいいんじゃないかな?」
彼は俺に目を合わせて本心で言っているのが分かった。
確かにプロを目指すチームでの活躍が凄まじかったと色々なところで言われていた。
だが、それが理由でシュウの言葉に耳を傾けていたわけではない。
「そうだな、凄いやつにここまで言われたら、少しは信用してもいいかもな」
これほどまで自分の事を信じてくれるやつがいなかった。
どんなに弱音を吐いても、どんなに拒否をしても、追い続けてきて、希望をぶつけてくる。
その温かさを全身で受けたからこそ、もう一度自分のことを信じてみたくなった。
「うん、信じて。これからはーー
僕が君の目をするから、君は僕の足になって」
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コメント
爆益ファーウェイ
最初は二人の関係がどうなっていくのかと思いましたが、ここでようやく話がまとまってきて、これからが楽しみです!