閉じる

サッカーの絆

Kono

転機

 そんな中、親友のシュウはこんな田舎でも耳に入るほどの活躍を見せていた。
 新設のプロを目指すチームという事もあってか注目されていたのだが、初めのうちは敗けが続いていたらしい。
 そこをシュウがチームの頭になってから、チーム全体が機能するようになったのだとか。
 そこそこ大手のスポーツ情報誌にも取り上げられるほどで、学生のスポーツ関係の話題で今最も注目を集めているといっても過言ではなかった。


 無様な自分を見るたびサッカーから離れようと何度も思ったが、幼馴染の活躍が俺を奮い立たせていた。
 ただそれもそろそろ切れかけてきた。
 周りとのレベル差があったから活躍できなかったのかもしれない。
 中学の頃に感じていたわだかまりを解消するために俺はサッカーが強い高校に入学した。

 ここで同じような結果が待ち受けていたその時は引退する。
 そう決意し、今に至る。


 待ち受けていたのはいつもの自分だった。

 中学同様、初めのうちは期待されていた。
 だが俺がチームとしての動きがいつまでもできないことから自然と周りから人がいなくなった。






 サッカーは個人でするゲームではない。
 今更ながらそんな当たり前の事実に叩きのめされる。
 いや、とっくの前から気付いていた。
 何度も自分を省みて、修正し、仲間と協力することはできたはずだ。
 それでもうまくいかなかった、何も成せなかったのはもう

 ”このサッカーというスポーツに向いていない”

 ただそれだけなのだから。


 部活真っ最中である時間に抜け出しても誰からも咎められることはなかった。
 遂にどこにも居場所がなくなったらしい。
 辞めることを前から決意していた俺は大きく気落ちしたりはしない。
 寧ろ長年の呪縛から解放されるのかと思うと、どこか心を優しく撫でられる感じがした。

 無心で歩いていると河川敷にたどりついていた。
 俺たちが始まった場所。
 ここなら終わりを迎えてもーー。

「ってえな。てめえどこ見て歩いてんだ?」

 物思いにふけっていると自分より少し大きい身体をした者とぶつかる。
 前には、二人組の不良がいた。

「す、すみません」

「おうおう、お前のせいで服にたばこの染みついちまったじゃねえか。どう落とし前付けてくれんの?」

「うっわ、まじじゃねーか」

 定番とも言える台詞に呆れるが、心の声が途切れたことに少し安堵する。
 こんな輩に相手をされるだけでありがたいと思えるほど今の俺は虚無だった。

「おい、聞いてんのか?」

 無意識に受け身の態勢を取る。
 思えば、シュウとの出会いも河川敷での喧嘩だった。
 あの時は徹底的に相手を追い詰めていたが、今回は逆だ。
 一回り以上年も身体も大きい相手と戦えば間違いなく敗北する。

 ーー敗北?
 敗北って何だよ。
 この相手に勝った先に何が待っているっていうんだ。
 いつ終わるか分からない理想をいつまで追い続ければ気が済む。
 それにさっき決意したはずだ。
 ここで終わりにすると。
 だとしたら存分に負けるべきだ。
 そう、この敗北で今までの自分を清算すればいい。
 そうしてまた新たな自分に生まれ変わる。それでいいじゃないか。
 俺は受け身の構えをやめ、ただ呆然とその場で立ち尽くした。

「あ? なめてんのか? 俺ぁそういう何でも分かったふうなガキが一番気にくわねんだよ!」

 何でも分かった、か。
 確かに今になってようやく色々と分かったんだと思う。
 そして今になって何もわかってないことに気付かされた。

 自分でも今、こうしている情けなくどうしようもない俺が一番気にくわない。

 だから存分にその手で殴ってーー。

「すみませーん、どこ見て歩いてるんです? 肩ぶつかって痛いんですけどー」


 後ろから風を切るような早さでやってきたソレは、目の前にいた一人を吹き飛ばした。

「っ! ーーんだてめえ!!」

「僕? 僕はーー後ろにいる彼の”親友”だけど」

 聞き覚えのあるその話し方に俺は唖然とした。
 間違いない。
 目の前にいるのは、あの頃よりも遥かに大きくなった親友”青野シュウ”だった。

「なんで......ここに」

「おい! お前ら何をしてるんだ!?」

 後ろから大きな声がし、周囲にいた通行人もこちらに注目する。
 さすがに人数が増えてまずいと思ったのか、不良の二人は慌てて逃げだしていった。

 衆目も段々と消え、周囲はいつもの落ち着きを取り戻していく。

「久しぶりだねっ!」

「お、おう。久しぶり」

 幸せな顔を浮かべ俺に微笑む。
 あの頃と変わらない、いや、あの頃以上にシュウは輝きを放っていた。

「もしかして、ヒロヤくんか?」

 後ろからゆっくりと近づいてきた人物はシュウの父親だった。
「あ、ども。お久しぶりです」

「二人とも昔はあんなに小さかったのに。いやー、子どもの成長を見れるっていうのは何か感じるものがあるね」

 そう言うと、彼は親しみやすい柔らかな笑顔を浮かべた。

「その、どうしたんですか? シュウは今あのチームにいるはずじゃ」

「それがさ、かなり長い休みを貰って! で、今帰省したばっかりなのにヒロヤに会えたんだよ!」

「そうだったんだな」

「しかも、この場所で再開できるってもう運命じゃない? 僕たち性別違ってたら間違いなく恋人だったよ!」

「なわけあるか」

 久々のくだらない会話がさっきまで傷んでいた心を癒やす。
 心から笑えたという感触も久々のものだった。

「それでさ、久しぶりにサッカーやらない?」

 一瞬どきりとし、再び心に黒いものがのしかかった。
 一番離れている男から一番離れたい言葉をかけられいたたまれなくなる。

「それはいいな。ぜひ動画に収めよう! ヒロヤくんとシュウが遊んでいる所久しぶりに見たらきっと母さんもーー」

「すみません、俺すぐにしなきゃいけないことあるんで」

「あ、そうなの?」

「じゃあまた」と不良と同様逃げるようにその場を立ち去った。

 温かく優しい彼らには申し訳ないことをしたなと思う。
 だが俺が壊れない為にも、こうするしかなかったのだ。

 今更どんな顔をして、どんな思いでシュウと話せばいいんだよ。


 全てを捨て、何もかもから変わろうとしたその日。
 圧倒的な現状の差を見せつけられた俺は、ただただ打ちひしがれるしかなかった。




「今日からお世話になります! 青野シュウです、よろしくー!」

 頭が真っ白になる。
 翌日、俺の親友は俺のクラスにやってきたのだ。
 帰省中としか昨日は言ってなかったはずだ。
 どうして今ここにいられて、屈託ない笑顔で挨拶ができる。
 俺は、シュウに注目が集まりより早く、彼の腕を掴み外へ連れ出した。

「どういうつもりだよ」

「え?」

「俺をーーばかにしてんのか」

「それこそどういう......」

 しまった。
 長年渦巻いていたシュウとの絶対的な差。
 それが心の奥底で大きくなっていた俺は勝手に想像して、想いをぶつけてしまう。

「いや、何でもない。それよりどうしてお前がここにいんだよ」

「あー。実は、長い休暇って言ってたじゃん? それで暇すぎてさ、親父に無理言って一時的に編入させてもらっちゃった!」

「一時的......」

 シュウの父親は教育委員会に関係する仕事をしている。昔は大きな政治問題に関わってきたこともあってか、うまいこと言って無理を通してくれるという話を聞いたことがある。

「お前の親父さんやっぱえぐいな」

「だろ?」

「つーか、そんなに田舎の学校に来たかったわけ?」

「いーや、別に?」

 彼は既に答えが決まっているかのように即座に反応する。
 ならどうして、と理由を聞いた瞬間タブーを犯したことに気付いた。

「お前と”サッカー”がしたいからに決まってんじゃん」

「......」

 またも心が黒く染まり始めていく。
 彼と共にいると確実にこの話題からは逃れられない。
 俺は未だにサッカーと向き合えずにいる。
 だが、シュウが帰ってきて、同じ高校に一時的とはいえ通うようになれば確実にわかることだ。
 今更何をどう繕っても仕方のないことだった。

「放課後、グラウンドに来てくれないか?」

 過去を全て断ち切る思いで、そう言葉にした。

「サッカーの絆」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く