サッカーの絆
出会い
うだるような午後の暑さの中、爽やかな面持ちで腰を降ろす。
疲れたふりをし大きく息を吐き、勢いよく手持ちの水稲を口に流し込む。
その一連の動作に注目する者は誰もいない。
まるで何もそこに存在していないかのように。
いつからだろう。俺の人生がおかしくなったのはーー。
*****
「お前、弱いくせに調子乗ってんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ」
「やっちゃえー!」
小学六年生の春。俺ーー赤城ヒロヤの人生の起点はここだったように思う。
暖かいオレンジの空とは裏腹に、穏やかな河川敷はそこにはなかった。
今にも勃発しそうな集団対一人のにらみ合い。
幸いなことに、互いに俺と同じくらい体格が小さかった為大事にはなりそうにない。
それでもこの状況を黙って見過ごせるわけはなかった。
俺が集団の一人を投げ飛ばしてから始まった喧嘩は想定以上に早く終息した。
少しばかり鍛えているとはいえ、相手が五人もいれば苦戦すると思っていたが、いじめられていた男の言葉によるサポートが絶大だった。
相手の思考、行動が筒抜け状態になり、俺自身の最適な身体の動かし方まで即座に言い放つ。
その言葉による怒涛の攻撃が相手側の戦意を喪失させた。
いじめられていた小動物は、手札を持ったことで、途端にライオンへと変貌したのだ。
劇的な勝利を収めたことに興奮しつつも、
俺は、今まで体験したことのない重い鎖を外した自分の内なる力に、一人心を奪われていた。
それから喧嘩で共闘した男ーー青野シュウは、俺と同じ地元のサッカーチームに入る事になった。
周りとのスタートラインが遅いシュウはひたすら努力を惜しまなかった。
初めは周りから凡庸なプレイヤーと位置付けられていたが、交流が増えていくごとに彼の真価が明るみになっていく。
喧嘩以降、いつも俺と一緒に過ごすようになったシュウは、互いの連携力も高まり、
次第にチームの有力選手へと昇り詰めるようになっていた。
全員が一回りも二回りも強くなり、最近では負けなしの試合が続く中、遠方から外部のスカウトマンがやってきた。
みるみるうちに強くなっていくチームに取材が入ったせいか、それを聞きつけて来たのだという。
その男が言うには、新設のプロを目指すサッカーチームを作っていて最近勢いが凄いこのチームからもぜひ参加者を募りたいとのこと。
当然俺たちはこのチャンスを手放すつもりはなかった。
どうやら全国から声をかけているみたく、参加できる人数は一人だけらしい。
チームの最有力候補が俺たち二人であるというのは、誰の目から見ても疑いようがない。
「どっちが選ばれるか勝負な」
熱い握手を交わした後、数週間後に迫る対決に向けて俺たちは練習に励んだ。
そんな時に突如、悲劇は起こる。
“シュウの母親が事故に遭った。”
数日遅れてその訃報を聞いた。
急いで彼がいつも練習している所へ駆けつけると、そこには無心でゴールに向かって球を蹴り続ける姿があった。
俺は何も話さず、同じように横に並び球を蹴り続けた。
数分経ったくらいからだろうか、こちらに背を向けたままシュウは口を開いた。
「うちの母ちゃんのこと聞いた?」
「.....うん」
「母ちゃんさ、ずっと元気なかったんだ」
「そうなの?」
「うん、俺が元気なかっただけなんだけどね。その頃は弱かったから」
学校でもよく聞く話だった。青野は元々賢いだけの弱々しい存在だったのだと。
「それからヒロヤと出会ってから、自分の嫌なとこがどんどんなくなっていって。そしたら母ちゃんもよく笑うようになってさ。ほんとにありがとね」
彼は取り繕うように笑顔を作った。
そんな強がらなくていいと、俺の前だけは思う存分想いを口にしてくれと、そういう類の事を言えたらよかった。
当時、小学生だった俺にはどうすることもできなかった。
そして再び彼はゆっくりと口を開く。
「でも、それも明日で終わり。寂しくなるねっ。......でも絶対に、母ちゃんとの繋がりだけは絶対に」
先ほどまで優しかった彼の瞳から段々と色が消えていく。
どことも視線を合わせないかのように深淵を見せつけられた気がした。
「シュウ......?」
「俺、絶対お前に負けないから」
執念じみた顔つきをしたまま、こちらの反応を窺う事なくその場を後にした。
翌日、勝負の日。
俺は怪我をした、ふりをした。
大丈夫なのか、とコーチやメンバーから心配されるが軽い捻挫で数日すれば治ると伝える。
「どう......して」
シュウは昨日の去り際の瞳でなく優しい瞳でこちらに向かって思いをこぼす。
「はは、昨日少し雨降ってたろ。それで少し挫いちまっただけ」
「ちがうっ、そうじゃ!」
「心配すんなって」
俺はシュウの言葉を遮るように言う。
シュウにはさすがに気付かれたみたいだった。
昨日話したことを一日中考えていた。
シュウの母親にかける思い、サッカーへの情熱は尋常なものではなかった。
俺が仮に彼の想いを打ち砕くことになれば一体どうなってしまうのか。
それに俺は一体どうなんだ。
どうしてプロのチームへいく。理由はあるのか?信念は、情熱は.....
いくら頭で理由を並べても
“シュウの想いを超えることはできなかった”
いや、壊すことができなかったんだ。
「こうなったらもうお前に行ってもらうしかない」
「......どこへ」
「どこって、プロのチームにだよ。まさか今になって怖気づいちまったのか? 頼むぜ、うちのエースさんよ」
俺が決断したことだ。
それで誰も悲しませることのないように。
場が茶化されたことで、チームメンバーも皆、徐々に明るい雰囲気を取り戻していった。
「そっか、ヒロヤ。そういうことなんだね......ありがとう」
「なんで俺に礼なんて言うんだよ。それにお前には負けてないからな」
「え?」
「俺は何も諦めてないよ。だからずっと先で待っててくれ。すぐ追いついてやる」
そう、俺はまだ諦めてはいない。
何も始まってすらいないのだから。これは誰も悲しまない最高の物語の始め方だ。
だから動き回るのは心の中だけでいい。
「うん、絶対待ってるから」
そう言って青野シュウは一人、旅立っていった。
シュウがいなくなった次の日、俺はチームを抜けた。
時期的にもすぐに中学へ上がるということと、親友との別れから心機一転したかったのだ。
それから中学生活を迎え、俺ーー赤城ヒロヤの人生は大きく狂い始めることになる。
*****
”どうして”
サッカー部に入ってから、思うようなプレーをする事ができなくなっていた。
初めのうちは周りよりも抜きんでたフィジカルや技術が注目を集めていた。
だが、チーム練習や試合を重ねていくごとに周りとの呼吸が合わなくなり、次第に衝突することが増えていく。
当然、チームとしてまとまりがなくなれば試合にも敗け始める。
小学生の頃の栄光に俺はいつまでも縋っていた。
そう信じ続けていくうちに、悪いのは自分ではない。
自分に合わせられないこいつらが悪いのだと言い聞かせるようになる。
とある試合の日、いつものように自チームは点数を全く取れず、試合終了まで数分に差し迫っていた。
チームが戦意喪失していたからこそチャンスがある。
普段全くボールが回ってこない俺は、無理やり味方からボールを奪い、一人でゴールまで突き進む。
相手は突然の事で手が回らず、奇襲という形で点をもぎ取る事に成功した。
試合には敗けたが、観客は盛り上がりを見せていた。
もっと早くからこうすればよかった。こうして試合で力を示せば皆もわかってくれるはず。
そう思い、味方の元へ駆け寄るといつもよりも冷めた様子で。
「満足か?」
と一言だけ吐き捨てるように言われ、その日の試合は終わった。
それから徐々に勝ちが増えていくようになる。
自分の単独プレーがうまく噛み合っているのだと思った。
だが試合を積み重ねていく度、自分だけのプレーでは点が取れずになっていった。
俺がボールを取ってからは観客の様子も冷めていくようになる。
そしてようやく気付く。
チームとしての動きが完成されてきているということに。
そこに赤城ヒロヤが入る余地はどこにもなかった。
こうして誰からも理解されることなく、俺の中学三年間は幕を閉じた。
疲れたふりをし大きく息を吐き、勢いよく手持ちの水稲を口に流し込む。
その一連の動作に注目する者は誰もいない。
まるで何もそこに存在していないかのように。
いつからだろう。俺の人生がおかしくなったのはーー。
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「お前、弱いくせに調子乗ってんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ」
「やっちゃえー!」
小学六年生の春。俺ーー赤城ヒロヤの人生の起点はここだったように思う。
暖かいオレンジの空とは裏腹に、穏やかな河川敷はそこにはなかった。
今にも勃発しそうな集団対一人のにらみ合い。
幸いなことに、互いに俺と同じくらい体格が小さかった為大事にはなりそうにない。
それでもこの状況を黙って見過ごせるわけはなかった。
俺が集団の一人を投げ飛ばしてから始まった喧嘩は想定以上に早く終息した。
少しばかり鍛えているとはいえ、相手が五人もいれば苦戦すると思っていたが、いじめられていた男の言葉によるサポートが絶大だった。
相手の思考、行動が筒抜け状態になり、俺自身の最適な身体の動かし方まで即座に言い放つ。
その言葉による怒涛の攻撃が相手側の戦意を喪失させた。
いじめられていた小動物は、手札を持ったことで、途端にライオンへと変貌したのだ。
劇的な勝利を収めたことに興奮しつつも、
俺は、今まで体験したことのない重い鎖を外した自分の内なる力に、一人心を奪われていた。
それから喧嘩で共闘した男ーー青野シュウは、俺と同じ地元のサッカーチームに入る事になった。
周りとのスタートラインが遅いシュウはひたすら努力を惜しまなかった。
初めは周りから凡庸なプレイヤーと位置付けられていたが、交流が増えていくごとに彼の真価が明るみになっていく。
喧嘩以降、いつも俺と一緒に過ごすようになったシュウは、互いの連携力も高まり、
次第にチームの有力選手へと昇り詰めるようになっていた。
全員が一回りも二回りも強くなり、最近では負けなしの試合が続く中、遠方から外部のスカウトマンがやってきた。
みるみるうちに強くなっていくチームに取材が入ったせいか、それを聞きつけて来たのだという。
その男が言うには、新設のプロを目指すサッカーチームを作っていて最近勢いが凄いこのチームからもぜひ参加者を募りたいとのこと。
当然俺たちはこのチャンスを手放すつもりはなかった。
どうやら全国から声をかけているみたく、参加できる人数は一人だけらしい。
チームの最有力候補が俺たち二人であるというのは、誰の目から見ても疑いようがない。
「どっちが選ばれるか勝負な」
熱い握手を交わした後、数週間後に迫る対決に向けて俺たちは練習に励んだ。
そんな時に突如、悲劇は起こる。
“シュウの母親が事故に遭った。”
数日遅れてその訃報を聞いた。
急いで彼がいつも練習している所へ駆けつけると、そこには無心でゴールに向かって球を蹴り続ける姿があった。
俺は何も話さず、同じように横に並び球を蹴り続けた。
数分経ったくらいからだろうか、こちらに背を向けたままシュウは口を開いた。
「うちの母ちゃんのこと聞いた?」
「.....うん」
「母ちゃんさ、ずっと元気なかったんだ」
「そうなの?」
「うん、俺が元気なかっただけなんだけどね。その頃は弱かったから」
学校でもよく聞く話だった。青野は元々賢いだけの弱々しい存在だったのだと。
「それからヒロヤと出会ってから、自分の嫌なとこがどんどんなくなっていって。そしたら母ちゃんもよく笑うようになってさ。ほんとにありがとね」
彼は取り繕うように笑顔を作った。
そんな強がらなくていいと、俺の前だけは思う存分想いを口にしてくれと、そういう類の事を言えたらよかった。
当時、小学生だった俺にはどうすることもできなかった。
そして再び彼はゆっくりと口を開く。
「でも、それも明日で終わり。寂しくなるねっ。......でも絶対に、母ちゃんとの繋がりだけは絶対に」
先ほどまで優しかった彼の瞳から段々と色が消えていく。
どことも視線を合わせないかのように深淵を見せつけられた気がした。
「シュウ......?」
「俺、絶対お前に負けないから」
執念じみた顔つきをしたまま、こちらの反応を窺う事なくその場を後にした。
翌日、勝負の日。
俺は怪我をした、ふりをした。
大丈夫なのか、とコーチやメンバーから心配されるが軽い捻挫で数日すれば治ると伝える。
「どう......して」
シュウは昨日の去り際の瞳でなく優しい瞳でこちらに向かって思いをこぼす。
「はは、昨日少し雨降ってたろ。それで少し挫いちまっただけ」
「ちがうっ、そうじゃ!」
「心配すんなって」
俺はシュウの言葉を遮るように言う。
シュウにはさすがに気付かれたみたいだった。
昨日話したことを一日中考えていた。
シュウの母親にかける思い、サッカーへの情熱は尋常なものではなかった。
俺が仮に彼の想いを打ち砕くことになれば一体どうなってしまうのか。
それに俺は一体どうなんだ。
どうしてプロのチームへいく。理由はあるのか?信念は、情熱は.....
いくら頭で理由を並べても
“シュウの想いを超えることはできなかった”
いや、壊すことができなかったんだ。
「こうなったらもうお前に行ってもらうしかない」
「......どこへ」
「どこって、プロのチームにだよ。まさか今になって怖気づいちまったのか? 頼むぜ、うちのエースさんよ」
俺が決断したことだ。
それで誰も悲しませることのないように。
場が茶化されたことで、チームメンバーも皆、徐々に明るい雰囲気を取り戻していった。
「そっか、ヒロヤ。そういうことなんだね......ありがとう」
「なんで俺に礼なんて言うんだよ。それにお前には負けてないからな」
「え?」
「俺は何も諦めてないよ。だからずっと先で待っててくれ。すぐ追いついてやる」
そう、俺はまだ諦めてはいない。
何も始まってすらいないのだから。これは誰も悲しまない最高の物語の始め方だ。
だから動き回るのは心の中だけでいい。
「うん、絶対待ってるから」
そう言って青野シュウは一人、旅立っていった。
シュウがいなくなった次の日、俺はチームを抜けた。
時期的にもすぐに中学へ上がるということと、親友との別れから心機一転したかったのだ。
それから中学生活を迎え、俺ーー赤城ヒロヤの人生は大きく狂い始めることになる。
*****
”どうして”
サッカー部に入ってから、思うようなプレーをする事ができなくなっていた。
初めのうちは周りよりも抜きんでたフィジカルや技術が注目を集めていた。
だが、チーム練習や試合を重ねていくごとに周りとの呼吸が合わなくなり、次第に衝突することが増えていく。
当然、チームとしてまとまりがなくなれば試合にも敗け始める。
小学生の頃の栄光に俺はいつまでも縋っていた。
そう信じ続けていくうちに、悪いのは自分ではない。
自分に合わせられないこいつらが悪いのだと言い聞かせるようになる。
とある試合の日、いつものように自チームは点数を全く取れず、試合終了まで数分に差し迫っていた。
チームが戦意喪失していたからこそチャンスがある。
普段全くボールが回ってこない俺は、無理やり味方からボールを奪い、一人でゴールまで突き進む。
相手は突然の事で手が回らず、奇襲という形で点をもぎ取る事に成功した。
試合には敗けたが、観客は盛り上がりを見せていた。
もっと早くからこうすればよかった。こうして試合で力を示せば皆もわかってくれるはず。
そう思い、味方の元へ駆け寄るといつもよりも冷めた様子で。
「満足か?」
と一言だけ吐き捨てるように言われ、その日の試合は終わった。
それから徐々に勝ちが増えていくようになる。
自分の単独プレーがうまく噛み合っているのだと思った。
だが試合を積み重ねていく度、自分だけのプレーでは点が取れずになっていった。
俺がボールを取ってからは観客の様子も冷めていくようになる。
そしてようやく気付く。
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コメント
プラネタリア
サッカーは集団競技、一人ではどんなに上手くても無力なんですね…。
それを学べただけでも成長ですね!
スペチ
小学生の時の栄光が親友が抜けたことで崩れていく、その後どうなっていくかが描かれていて続きが気になります!