振り返れば婚約者がいる!~心配性の婚約者様が、四六時中はりついて離れてくれません!~

狭山ひびき

 ――ゴーンと、鈍く大きな柱時計の音が聞こえた気がした。

 直後、どこからか甲高い悲鳴が響いて、ゴウッと赤い炎がわたしの周りを取り囲む。

 わたしはただ一人炎の中に立っていて、そして――



「きゃあああああああ!!」



 わたしは、自分の悲鳴で飛び起きた。

 一瞬、夢と現の区別がつかなくなって、きょろきょろと周囲に視線を彷徨わせる。

 そこにあるのは薄暗い自分の部屋で、柱時計も、もちろん赤く熱い炎もない。

(……夢…………)

 ようやく夢と現の区別がつきはじめたわたしが、ホッと胸をなでおろした――直後。

「クロエ!!」

 バーン! と大きな音を立てて、わたしの寝室の扉が開いた。

 ギョッとして振り返ると、片手に燭台を持った、背の高い男の姿がある。

 燭台のゆらゆらと揺らめくろうそくの炎が照らしだす彼の顔は、キリリと凛々しい。

 騎士団の副団長だけあって、背はすらりと高く、肩幅も広い。

 社交界のご婦人やご令嬢たちからも大人気の、金髪碧眼の凛々しくも麗しい顔を持つ彼の名は、アーサー・ハワード・ウィリアムズ。

 ウィリアムズ侯爵の次男でもある二十七歳のアーサーは、何を書くそう、わたしの婚約者だ。

 婚約は十年前、わたしがまだ八歳の時にまとめられた。

 いくらわたしが由緒正しいレノックス伯爵家の生まれだからと言っても、八歳の子供に、当時十七歳だった青年をあてがうのは正気の沙汰とは思えないが、どういうわけか、わたしのお父様も、アーサーのお父様も、そしてアーサー本人も乗り気だったという。

 さて、そのアーサーであるが、凛々しい顔を焦燥に染めて、わたしが横になっているベッドまで走ってやって来た。

「クロエ、無事かい? すごい悲鳴が聞こえたんだけど、何かあったのかな?」

 何を隠そう、わたしの婚約者アーサーは心配症だ。

 そして彼の心配症は、普通の心配症とはレベルが違う。

 わたしは詰襟の騎士服をきっちりと着こんでいるアーサーに白い目を向けて、言った。

「アーサー様。何度も何度もなんどーも同じことを申し上げたと思いますが……」

 わたしはそう言いながらむんず、と後ろ手で枕をつかみ――

「ここは我がレノックス伯爵家の、わたくしの寝室でございます‼ どうしてまだ結婚もしていないただの婚約者であるあなたが、真夜中にこんなところにいるんですか!?」

 わたしは力いっぱい、つかんだ枕をアーサーの顔に投げつけた。

 悔しいかな、騎士団で鍛え抜かれた素晴らしい動体視力で、アーサーはひょいと枕をかわして、さも当然のように言った。

「俺は君がいつどこにいようとも、いつも見守っているよ」

「…………」

 このやりとりも、一体何十回、何百回繰り返されたことだろう。

 アーサー・ハワード・ウィリアムズ。

 わたしの心配性の婚約者は、心配性がいきすぎて、かなりストーカー気味だった。

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