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ヴィーナシアンの花嫁 ~シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話~

月城友麻

1-1.神様降臨

 神様を見つけてしまった――――
 いきなり現れた、次々と奇跡を起こす神聖な存在、それはまさに神様としか言いようがなかった。
 ただ、『奇跡』も『神様』も裏を知ればその実態は我々の認識とは全くかけ離れていたのだが……。
 俺の人生を大きく変えてしまうこの神様との出会いは、後に全宇宙を揺るがす大事件へと発展していく。
 もちろん、当時の俺はそんな事、知るよしもないが。
 全ては楽しい夏の行楽から始まった……。


 賑やかなセミの声の中、俺たちは公園のバーベキュー場で乾杯を繰り返していた。こんがりと焼けたジューシーな肉! キンキンに冷えたビール! まさに夏を満喫だ。
 すっかり出来上がった俺たちは、他愛もない馬鹿話をしてゲラゲラ笑いあっていた。
「あれぇ? もうビールが無いぞぉ……」
 誰かが声を上げる。
 俺はすっかりいい気分で、
「あ、俺が取ってきま~す!」
 と、スクッと立ち上がり、缶ビールをゴクゴクッと飲み干す。全身に染み渡るホップの香りに、カーッと思わず声が漏れる。
「よっ! いい飲みっぷり!」
 声がかかる。
 俺は調子に乗って親指を立てると、
「いってきま~す!」
 と言って、笑顔で走り出した。
 夏真っ盛りのお盆休み、辺りは行楽客でいっぱいだ。
 車からビールとワインを取り出し、袋をぶら下げながら、駐車場を上機嫌で歩く。
 俺は28歳のAIエンジニア。だが先週、データの改ざんを要求する社長と大喧嘩をして今は無職。エンジニアの矜持にかけて突っぱねた結果であり、後悔はしていない。いないが……、社長は業界の重鎮、再就職先を探すのはかなり骨が折れる。この先どうしたらいいかちょっと途方に暮れていた。
 今日は、そんな俺を気づかう友人が誘ってくれたバーベキュー。今日ばかりは暗い事は忘れてパーッとやるのだ。
 鼻歌を歌ってると幼児が、よちよちとボールを追いかけて、車の前に出てくるではないか。
 車とは距離はあるから良かったが、親は何やってんだ? と思っていたら、
 グオーン
 派手なエンジン音放って、車が急加速。
「えっ!?」
 俺は真っ青となった。ブレーキとアクセルを間違えている!
「あぁ――――ッ!」
 叫び声をあげる事しかできない俺。
 バン
 幼児は撥ね飛ばされ、夏の雲を背景に、宙高くクルクルと舞った。
 とっさに俺は飲み物の袋を投げ捨て、バレーボールを拾いにいくように、ダッシュで幼児を追う。
 パリンとワインが割れる音が響く。
 すぐ先を回りながら落ちてくる幼児、渾身のダッシュ――――
『間に合え!』
 伸ばした両腕に、ギリギリのところで収まる幼児……
『やった!』
 しかし……酔っぱらいはすぐには止まれない。
「うわぁぁぁぁ!」
 俺はその勢いのまま生垣にタックルする形で突っ込んだ……。
 ザスッ
 何とか幼児は守り切ったが、あちこち擦り傷だらけである。
「いててて……」
 俺は痛みを我慢しながら幼児の様子を見るが……、ぐったりしていて白目を剥いている。やはり無事では済みそうにない。
 ヤバい、死んでしまう……。俺はいたいけな幼児の命の危機を目の当たりにして、血の気が引いた。
 その間にも、車は爆音を上げてさらに加速していく……
 この先は、人がたくさん遊んでいる広場だ。
『あぁ! 誰か止めて!! 神様――――ッ!!』
 
 俺は幼児を抱きしめながら、悲痛な想いで祈った。
 遠くでセミがジッジッジと、飛び立つ……
 すると、空がにわかに曇り、辺りが暗くなる……。
 そして、モクモクとした入道雲の隙間から一筋の光が差し込み、その光に導かれるように白いシャツを着た長髪の男性が空から降り立ち、車の前に立ちはだかった。そして、指揮者のように優雅にふわっと両手を広げたのだ。
 俺はその超自然的な光景に目を奪われた。科学では説明できない、とんでもないファンタジーの世界がいきなり目の前で展開している。
 天から舞い降りた男性は彫の深い少し面長のイケメンで、髭をたくわえている。
 どこかで見覚えがある……が、誰だっただろうか?
 さらに加速する暴走車。だが、彼は身じろぎ一つせず、表情には微笑みすら浮かべている。
 そして暴走車が今まさに彼を轢こうとした刹那、彼はまるで闘牛士が牛を操るように右腕の袖をひらひらと動かし、素早く払った。
 すると暴走車は進路を大きく変え、フェンスの方へと飛んで行った。そして、フェンスをガリガリと派手になぎ倒しながらやがて街灯にぶつかり、激しい衝撃音を広場中に響かせ、ようやくその凶猛さに終止符を打った。
 プシューっと白い煙が上がり、辺りが騒然とする。
 奇跡だ……奇跡が広場の多くの人を救ったのだ……。
 俺の神への願いが通じた……のだろうか?
 だが、事態は依然深刻だ。幼児を見ると、口から泡を吹きはじめている。これはマズい、一刻を争う事態だ。
「お、親はどこだ!? あ、それよりも……救急車? いや、警察? あー! どうしたら!?」
 俺が混乱の中、胃の焼けるような焦燥に苛まれていると、男性はスタスタと俺の前まで来て、微笑みながら幼児に手をかざした。
 ブーーン
 微かに空気の震える音が響き、幼児はエメラルド色の淡い光に包まれ、俺の腕からふんわりと浮かび上がり始めた。
「はぁ?」
 唖然とする俺をよそに、幼児は浮かびながらゆっくりと男性の方へと送られていく。
 男性が放つ聖なる力に俺は圧倒された。こんな事、現代科学では無理だ。明らかに物理法則を無視した現象が目の前で展開している。
 男性は、光に包まれた幼児に、
「生きよ」
 と、優しく声をかけ、空にそっと放った。
 幼児は、チラチラと微かに煌めく美しい微粒子の群れに包まれながら、ゆっくりと手の届かないくらいの高さまで上がると、雲間から差し込む一筋の光に照らされ明るく輝いた。
 聖書に出てくるような神聖なる美に演出された治癒の奇跡……。
 
「おぉぉぉ……」
 聖なる力で輝く幼児に、俺は胸が熱くなり、息をのんでくぎ付けになった。
 幼児は、うっとりと、恍惚の表情をたたえている。
 今、人知の及ばぬ世界で、幼児は失いかけた命を取り戻している。
 凄い! 凄いぞ!
 俺は生まれて初めて見る神聖な光景にすっかり魅入られ、顔がほてってくるのを感じた。
 やがて幼児は体を起こし、辺りを見回すと
「キャハー!」
 と、甲高い声を上げ、大きく笑った。
 これでもう大丈夫だ……。
 俺は幼児の復活に心の底がしびれてくるのを感じ、自然と涙があふれてきて視界がぼやけてしまう。
 とんでもない物を今、俺は目撃している。彼は神だ、神様が降臨されたのだ。
 この惨事を救おうと、天から聖なる存在が降臨してくれたに違いない。
 俺は湧き上がってくる高揚感に、激しく鼓動が高鳴った。
 理系の俺としては、頭ではこんな非科学的な事認めたくないが、心がどうしようもなく聖なる存在を求めてしまっていた。どんなに非科学的だろうが、幼児を救えたものが正義であり、目の前で展開しているこの聖なる営みこそ真実なのだ。

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