ヴィーナシアンの花嫁 ~シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話~

月城友麻

プロローグ ~月の落とし方~

「月をね、落としたのさ」
 淡い水色の可愛いベビー服を着た、愛くるしい天使のような赤ん坊が、ニヤニヤしながら口を開いた。
 
 俺は一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「月って、あの空に浮かんでる月か?」
「そうだよ、ふふふ」
「え? 月が落ちてきたら、地球は全滅じゃないか!」
「そうだねぇ、みんな死んじゃうねぇ」
「は? お前、何やってくれちゃってんだよ!!」
 俺は思わず、赤ん坊の胸ぐらをつかんで持ち上げた。
 
「ははは、この身体をいくら攻撃したって無駄だよ」
 そう言って、赤ん坊は余裕の表情を見せる。
 俺は、赤ん坊を乱暴にソファーに放り出すと、急いで窓へ走った。
 見上げると、ファンタジーの絵に出てくるような巨大な三日月が、超弩級の迫力でもって青空の向こうに白く浮かんでいた。細かなクレーターの凹凸まで見て取れる月の巨大さは、まさに破滅を呼ぶ悪魔であり、俺は圧倒され、そして、のどをしめつけられるような恐怖に打ち震えた。
「あと半日で 落ちてくるよ~」
 赤ん坊はそんな俺を嘲笑うかのように、うれしそうに言う。
 月が落ちてきたら、その膨大なエネルギーで、地球は火の玉に包まれてしまう。
 激しい衝撃は、大陸の地面そのものを巨大津波のように波打たせ、日本列島はひっくり返されるだろう。
 その過程の衝撃波で、地表にある全ての物が破壊され、また何千度の高温にさらされて全てが溶け落ちる。
 まさに地獄絵図……、当然全ての生物は全滅。人類も絶滅だ。
 通常、月の軌道なんて変えられない。核爆弾を何発使ったって、軌道なんてほとんど変わらないのだ。だが、この世界の理を知ってしまったこの赤ちゃんには、月の軌道を変える事など、造作もない事だった――――



 俺はAIエンジニア、バリバリの理系だ。少し前なら『月が落ちてくる』などという荒唐無稽な話は、笑い飛ばしていた。しかし、今はもう、科学的合理性をもって説明できてしまう。AIを研究していたら、月の落とし方が分かってしまったのだ。何を言ってるのか分からないと思うが、この現実世界は、下手なオカルトよりも奇なりだったのだ……


 この物語は、この現実世界がいかに奇妙な構造をしているかを、最先端の科学技術を使って一つずつ解き明かしていく予言の物語。ぜひ、月の落とし方を学んでいってください。
 ただし……、絶対に、本当に落としたりしないでください。それだけは、約束ですよ。
 それでは、物語が始まります。
 それは、月が落ちる前年の、暑い夏の日の事でした――――

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