1987おれがドライブ

清水レモン

カフェ1987

海岸線のドライブは、ひたすら極上きわまりなくて、おれはたびたび息を呑んでいた。

隣の彼女を眺めることも、チラリこちらを覗き見されて様子を伺われるのも、悪くないシチュエーション。
ふと思う。
こんな景色どこかで眺めたことがあるような。
実際には、ないだろう。
だとしたら空想か。いつかの空想を脳が記憶している。意味もなく妄想したことが心に刻み込まれていたりもする。誰かの落書きが雨と風に耐えて残され続けているみたいに、おれの心には自分で彫った傷が残る。いつか消えてしまう気がするけど、ずいぶんハッキリ残り続けるものなんだな?

いつかこの街はガラリと変わる。各地工事中。看板と柵と鉄管と余って転がされてるパイプ継手。
それでも、その時その頃どの場所でも、潮の香りが感じられるならいいな。
見あげた瞳に摩天楼の光が映ったような気がしたよ。
「次は自分で自分の車。運転できるといいね?」と彼女が言う。
そうだね。そんなときが来ると、いい。
だけど、どうなんだろう。どうなのかな。
おれは考えてしまったんだよ。
おれが欲しいもの。欲しかったもの、って。いったいなんだったのかと。
ドライブしたかった。海辺を。
ドライブしたかった。好きな音楽かけまくりで。
そんな夢なのか憧れなのか希望なのか、やりたかったこと。ひとつ実現した。したというより、できた。それも思いがけない形で。
結局、自分ひとりの努力なんて、たかがしれている。
どんなに努力しても、努力を惜しまず耐えて耐え抜いて長いトンネルを抜けたところで、最後の最後は運次第。なんじゃないのかな。って思う。こんなこと、うかつにくちに出せやしない。運次第。へえ。じゃあ、失敗したのは運が悪かったからか。成功したのは運が良かったからか。知らない。そんなふうに嫌味を言われる筋合いなんて、ない。ただもう、科学的根拠も医学的背景もなしに、おれが自分勝手に考えているだけのこと。始末に終えないよ。
カフェ1987で飲んだカフェオレは最高だった。
あの味を忘れたくない。と思った数時間後すでにもう忘れている。ていうか思い出せない。ただ記憶としてデータが刻まれているだけなのかな。美味しかったよ最高だよと。
カフェ1987は、冬に生まれたんだとか。どうして冬にオープン?
冬っていうけどさ、結局は春の芽生えは冬の寒いうちに芽生えているものなんだよ。
ぼくは冬の芽生えこそ見落とさないようにしたいと心掛けている。
だって、春の芽生えだったら誰でも気づくじゃないか。
だったら、ぼくの出番なんて無いに等しい。
ぼくは気づいてあげられるよ。そういうメッセージを届けたいんだ。
誰に?
そうだな。強いて言うなら。未来の自分。かな?
いつかまたおいでよ。近いうちに。仲間も連れて。そのときは新しいメニューふるまえると思うから。
帰り道どうぞ気をつけて。
さっきまで、ついさっきまで過ごしていたカフェ。
ミラーに映っている。
ボッと燃えるように照明が、ひときわ明るくなった。
ミラーに映っている。
うっすらと文字が影をつくり、立体的なカフェ1987。
パシフィックブルーは、もうすでに消えている空。
おれは、これから選べると思う。
なにを。
いろいろ。
選べるし、選んでいい。選ばなくちゃだよ?
おれは送る。きみにとっては毒電波かもしれないが、その毒が鍛えてくれるだろう。
喜怒哀楽すべての感情その波動そこから派生する二次的な意図も。

「あれ? ひっょとして疲れちゃったとか?」
「いや。疲れてないよ」
「そう? ちょっとボォッとして見えたから」
「そっちこそ。疲れただろ。ずっと運転しっぱなしで」
「ずっとじゃないし休憩させてもらったし、なんだろ。心地いい疲労感ていうのかな」
「心地いい?」
「気持ちいい疲労。ん、へんね。走り終えて満足のゴールみたいな。なんだろ、わかんない」
「わかんないって、いいよね?」
「わかんないのが、いいの?」
「そ。わかんないってことは、まだまだだね、これからだねって。空白があるってことだから」
「空白があると、どういいの?」
「なんでも入れられる。からっぽの財布なら、大金を入れられるよ」
「お金たっぷり入ってる財布のほうがいいな」
「おれが稼いで入れるさ」
「意味わかんないけど?」
「カラッポでいい。わかんなくていい。だからこそ、おれがそこに」
「あはは。やっぱり意味わかんないよ、やめてそういうの眠くなっちゃう」
「ありがとうございました、本日のドライブ。まだ終わってないけど」
「どういたしまして」
「それウインカー?」
「ん? そうだけど」
「いいね、その音が」
「そうなの? どれ」
「予想外な音っていう感じがするから」
「予想外か。どんな音か、わかんないけど。わかんないから、いいの。かしらね?」
「おれ、わかる。わかるよ」
「わかるんだ?」
「わかるさ。見てれば、わかる。ずっと隣で今日ずっと一日中ずうっと見てたから」
「あはは。なんのことなのかしら?」
「ありがとうだよ」
「うん」

疲労が見てわかる。
その横顔、その肩の雰囲気、背中辺りの空気感。
それともこれは、おれの自分勝手な想像の範囲内のことなのだろうか。
カフェに入れば休憩できると思った。
それが間違いかもしれないと気づいたのは、まさに今この瞬間。
カフェでは緊張すること、あるんじゃないか?
少なくとも、おれは知っている。
場違いな雰囲気に圧迫されることを。そんなことって、あるよ。
メニューに書かれているのは、ドリンクとフード。それぞれの値段。
だけど、その文字のセンス、選んだ色や形跡で、伝わってきてしまう。
ここでは、こういう過ごし方するんだぞ。
ここでは、どういう振る舞いすべきか。
わかってるよな、わかるよね、まさかとは思うけどさ。
いちいち言わないよ?
みたいな。
「ちょっと休んでいこう」
おれは言う。
彼女、なにも言わない。
ほら。緊張なのか早起きのせいなのか、からだが発しているよ?
「そこ。手前の。寄って休んでいこう」
おれは言う。
なにも答えないし、うなづきもしない。
彼女は静かで大人しくて寂しげで眠そうにも見えて、それでいてどこか放浪者風情で。
ウインカーいじった。

実は、よくわかっていない。
おれは知らないことが多い。
けれど、そんなこと、どうでもよくね?
きっと、どんなことも、うまくいく。
たいていは。
直感に従ってさえ、いれば。
あれこれ悩みすぎたり、解説書に頼りすぎると、間違える。
取扱説明書だらけの世の中で、放り出されたままの状態。
どれが、なんの説明書?
空中に漂っている無数のエネルギー。
おれがキャッチしたのは、ただの妄想な毒電波か、それともSOSか。
どっちにしても、おれは。
いま必要なのは、彼女に寝転がっていいくらいに休んでもらうこと。
彼女に必要なのは休憩。
おれは球形ニュアンスを目の当たりにしながら発見したんだよ?
つまり地球は丸い。だよね?
あの海は、水平線。きっちりしたラインじゃない。どこか、あやふや。
まもなく空の色が変わるだろう。
あてもなく会話を続けていても、たどりつく。
たどりつくのは、どこ?
それは計画通りの場所。
きっと警告された地点。
つなひきのように、行ったり来たり。
シーソーのように、あがったりさがったり。

なあ。
どうして、そんなこと言ったのかな。
わからないけど、わかっていた。
ていうか、夢想の範囲だよ。
そういうふうに、なるんじゃないか。という期待ではなく。
こんなふうになったらいい。夢想し、空想し、けれども妄想で終わらせたくなくて。
おれは挑んだ。
声に出して言うって、まさに挑戦じゃないのかな?
勇気とか、あまり関係ない。
実力も、因果関係なし。
問われるのは、むしろ覚悟。
おれには、あるよ。いまさらなにを。
おれは、電話で話をしたときから、計画した。
無意識のうちに。
だって意識なんて、いつも眠ってるも同然。
だから無意識の潜在意識で、ありとあらゆる選択肢を導き出して、超高速計算でポン。
提示されたもの。
それが、
『おれも休みたい。一緒に休んでいこう』
車が少しだけ傾いた。


コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品