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1987おれがドライブ

清水漱平

リピート・アフタヌーン

「おまちど!」
「ようこそ!」
「ごめんね、遅れちゃって」
「おれも来たとこだから」
「そっか。じゃあ、あらためて。その。合格おめでとうございます!」
「ありがとう。ございます」
「おめでとうございました!」
「ございましたか!? そういう言い方って初めてかも」
「あははは。まあね、いつまでも合格おめでとう言われても面倒かなとか。ね?」
「いやいやいや、ありがたいことですホントもう感謝ですです」
「あらためて紹介するね。これが私の愛車です」
「ひょっとして、ほんとうに。かなこさんの車とか?」
「ですよ~親のとかじゃなく。わ・た・し・の、デス」
「マイカーなのか!」
「マイカーです!?」
「すごいね」
「あんまり自覚したことなかったけど、マイカーだったわ」
「いつ買ったの?」
「去年のバースデーのプレゼント」
「くっ!?」
「まさかとは思ってたけど、まさかでね? 免許取って、いきなりマイカー納車で」
「ぐっ」
「ん? どしたん」
「誕生日たしか六月だったような」
「よく覚えてるね~」
「おれと数週間しか違わないから」
「あ! そうだ、そうだったね?」
「そ。星座は違うけどさ」
「そうそう。たしか私と星座が違ってて相性最悪~って言われたの。思い出した」
「言ったの、だれだっけ?」
「あの子ほら星占いに詳しい、あの子。だった、はず」
「そっか。そうだったな。そうでした」
「どした。テンション落ちてないか?」
「これから相性最悪のあなたとドライブなのかと思うと」
「あははは! 大丈夫大丈夫よ、私は自分のために安全運転するし、あきらはオマケ」
「おまけ!?」
「うん! だから気にしないで、ゆっくりくつろいでね!」
「おれ、おまけ!?」
「私が勝手にドライブするだけだからさ」
「はあ」
「座って、ゆったり、くつろいでいってくださいまし」
「あい」
「もちろん流す音楽は。って持ってきたわよね?」
「いちお」
「コースは?」
「いちおう。ていうか、海沿いに走っていただければ、もうそれだけでじゅうぶんです」
「って言ってたもんね!」
「うん。本日は、どうぞよろしくお願いいたします?」
「よろしく! じゃあ、乗って」
「はい。こっち。で、いいの。かな?」
「うん。そっち」
「かな?」
「早く乗って」
「はい」


「なんだかもう、すっかり慣れた手さばきですね?」
「あは? そう見える?」
「見えちゃいます」
「あはは。まあ毎日たしかに運転してるから。かな」
「見えすぎるくらいで目のやり場に困っちゃいます」
「よくわかんないけど、楽しんで暮れてるみたいでよかったよかった」
「楽しんでます」
「なぜ棒読み?」
「まだ緊張。ていうか少し緊張」
「してるの?」
「はい」
「なぜ?」
「さあ?」
「あるあれかアレよアレあれでしょ音楽まだかけてないから」
「はあ」
「流してくれていいのよ?」
「操作がわかりません」
「なんの操作?」
「ていうか、なにをどうすれば音楽が」
「え!?」
「はい!?」
「まさか車に乗ったことないとか、ないよね?」
「あります。あるけど」
「BGMとか流さないひとの運転だったの?」
「いや。そういうわけじゃ。ないと思うけど。でも。ほら」
「ほら?」
「あんまし触んないでくれよな、みたいな?」
「ああ。それ系ね?」
「座ってるだけなら問題ないけど、触るとキーッて」
「いるね、いるいる、そういうひと。そこどこ勝手に触ってんだって言うひと」
「おれ、どうしたらいいんでしょうか?」
「くつろいでいてくださいな?」
「それだけ?」
「それだけ!」
「で、いいの?」
「で、いいのよ」
「まじ?」
「あきら、いったい今までどういうひとの車に乗って」
「いやまあその、勝手に触って壊しちゃうとまずいし」
「こわれないから、そんなに簡単には」
「汚しちゃうと親に怒られちゃうとかなんとか?」
「親? あきらんち車なかったんじゃ」
「ないよ」
「親って誰」
「たとえば、かなこさんの親」
「ああ。そういう意味ね? 親の車でドライブ行っても、そっか。そういう緊張なのね」
「おれが汚しても怒られるのは友だちになっちゃうだろうし」
「それ気にし過ぎ?」
「フツウに怖いよ!」
「怖くないってば!」
「なにがだよ!」
「なにがじゃなくて、なんでもよ!」
「いきなりなんで怒ってるのさ!?」
「怒ってないわよ! 運転してるだけ」
「うわっ」
「っとアブねー」
「なに今のアレなになに」
「急に飛び出してくるんだって、自転車とか歩行者とか子供とかネコとか」
「今の絶対アレひとじゃないよ」
「そういうときは見なかったことにするの!」
「ひっ」
「いいから早く音楽かけてってば」
「どどどどどうすれ」
「そこ。じゃなくてソコ。そしたらソレその突起の。押して押せばいいだけだから」
「ひ」

あ。
イントロが流れてきたとたんに、すぅっと。
落ち着く。落ち着いた。すごい。なんだろう、この音。この車内空間。ひびきまくる。
「去年これ、よく耳にしたわ」
「これ好き。めちゃくちゃ好き」
「そうなんだ?」
「ずっと聴いてた。リピート。電車で道で図書館の公園で」
「そっか。私は去年といえば、ユーロビートにハマってたな」
「ユーロビート?」
「ヨーロッパのビート? よくわかんない詳しいことは。でも好き」
「たとえばどんな」
「マイケルフォーチュナティとか」
「Give Me Upか!」
「あ! 知ってる?」
「Into The Night とかとか」
「え! くわしすぎる?」
「いいよねいいよね」
「洋楽って聴かないんじゃ?」
「たまに耳にして気に入ったら聴くことあるよ」
「そうなんだ~? でもディスコとか行ってないでしょ?」
「行ってないよ?」
「なんで知ってるの?」
「ディスコでかかってるの?」
「てか、ディスコ以外どこで聴けるの?」
「レコード屋さん。店内で」
「流れるとこある?」
「輸入盤レコード店。店内にDJがいてリクエストこたえてくれるよ」
「そうなんだ?」
「予備校の帰り立ち寄ったりしてた」
「気分転換してたのね?」
「もう何時間いても飽きないんだよ」
「いや勉強しろよ」
「自分が受験生だってこと忘れられた」
「いや勉強しなくちゃだろ」
「大学受かったら聴きまくるぜ!」
「そっか。願いがかなったね?」
「まだ聴きまくってないんだけどさ」
「そっか。それなら私も持ってくればよかったな。かな」
「持ってくれば?」
「マイケルのフォーチュナティのアルバム」
「持ってるんだ!?」
「マストでしょ」
「まじか!?」
「まじよ、まじ。それも激マジ」
「やっぱ大学生って、すごいな」
「いちおう現役ですだからね~」
「かなこさん先輩じゃんか!」
「そうよ私そう先輩よ?」
「先輩! ついていきます!」
「よくわかんないけど楽しんでくれるみたいね?」
「そりゃあ、もう。もうもう、あれですアレなんていうのか、もう」
「牛かよ」
「もうもうもう」
「牛ね?」
「最高だよ!」
「最高だね!」
「ああ! まじで、もうもうもう」
「あはははは!」
「生きててよかった! まじ、よかった生きてて!」
「おおげさすぎて最高ね!?」
「まじ最高だよもう」
「君は1000%。いい曲だね!」
「もう最高すぎてヤバイまじヤバイよ」
「てかさ、これなに!? 同じのリピートに、なってない?」
「最高ですですです!」
「まさか全部この曲じゃ」
「いえいえいえ、ちゃんとアルバム全部きっちり入ってるので」
「だからって編集したのかよ」
「しかも二枚アルバムまるごと!」
「じゃあ、ごきげんだね?」
「ごきげんだぜ!」

海が見えた。午後の日差しがキラキラしてる。

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