1987おれがドライブ

清水レモン

真夜中の電話

「合格おめでとう!」
「え! あ。ありがとう」
「うん? 合格した。のよね?」
「うん、おかげさまで」
「だよね! おめでとう!」
「ありがとう!!」
「もう驚かせないでよね?」
「驚かせた?」
「うんうん。合格したひとが、そんな冴えない反応見せるなんてさ」
「いや電話に驚いちゃって」
「あ。いきなり、かけてごめん。お祝いだけ言いたくて」
「いや、ありがと。うれしいよ。うれしい」
「だよね? やっぱり合格するって、うれしいものよね!」
「合格もだけど、電話。うれしい」
「え。なになに。よく聞こえませんよ?」
「なんでもないよ」
「なんでもなくないでしょ?」
「ありがとう。電話で言われるの初めてだよ」
「そうなんだ? まあナイーブな話題だしね」
「そうかもな?」
「そうなのよ!」
「ナイーブな話題で電話してくれてホントうれしい」
「それまさか皮肉ってる!?」
「いやいやいや。まさか」
「じゃあ、なんの嫌味!」
「皮肉でも嫌味でもないよ」
「いちおう私これでも気をつかってるの?」
「え?」
「ドキドキなんだからね」
「なんで?」
「いちおう情報つかんだけど本当に合格したのかな。とか」
「ああ」
「いちおう塾にも確認したけどイマイチ信用ならないっぽくて」
「ああ?」
「いや、あのさ? なんて名前だっけ、あの先生。電話でさあ」
「塾に電話かけたの?」
「いちお。合格者の情報いちばせん正確かな? て思ったから」
「まあ、たしかに。たしかにね?」
「ガセつかまされるの、ヤだったし。でも本人に確かめるなんてのもさ」
「大変だね」
「大変だよ」
「ありがと。まじサンキュ。すげえ、うれしいや」
「うん。まあ。そう言ってもらえてホッとする。した」
「いつかまた機会があったら会いたい。かな?」
「うん。べつにいいよ?」
「じゃあ、また。いつか」
「うん。また、ね?」
「ホントありがとね! じゃっ」
「ちょっと待って!」
「うん?」
「いまさ」
「ん?」
「本気で電話、切ろうとしてないです?」
「え? それどういう」
「意味とか言わないでね?」
「うん?」
「あきらってさあ、平気で電話ブツって切ることあるじゃん」
「そうかな。ちゃんと挨拶してから切ると思うけど」
「挨拶まあたしかに挨拶したか。のかな?」
「じゃあ、またそのうちいつか」
「って切らないでっていってるの!」
「はい」
「週末。今度の。ひま?」
「どうだろ?」
「どうだろって」
「塾の卒業パーティーが近いうちにあるんだ。日時は決まってなくて、電話が来ることになってるんだ。今週末あたりかな、て思ってて。だったらいちおう、そっちは出たい。かな」
「ああ、それならそう当然ていうかフツウに、そっち。行ってください、ちゃんと」
「ありがと? いやまあ、でも。それがないなら予定もなにもないよ」
「約束とか、なし?」
「フツウに、ない!」
「だったら」

一緒にドライブしようよ?

おれは受話器越しの彼女の声を聞いていて、言葉を理解したが内容を把握できなかった。
なぜドライブ。一緒に? ドライブするだけ。という意味か。
おれは一瞬グルグル頭で考えてみた。
その波動が伝わってしまったのかな。彼女めずらしく言い訳っぽく話し始める。
「ていうか、その、あれですよアレですってば。ねえ、ダンナ?」
ダンナ? なにそれ今ハヤリのギャグかなにかか?
「私こう見えて、けっこう乗り回してるんだ。しかも安全運転!」
だろうね、だと思う。おそらくだけどハンドル持つと人格が変わって、すごく慎重で安全第一になるタイプなんじゃないかな。くちに出さないけど。
「あきら、よく言ってたじゃん? こういうの聞きながらドライブしたいとか、ドライブしながら聴きたい音楽あるとかなんとか。ね?」
「うん、それそれそういうの。あるよ、たしかに。あるっていうか憧れ?」
「ふうん」
「『君は1000%』とか聴きながら走りたい」
「そうそうそれ。それよ、それ」
「うん。あるね、それ。憧れ。ドライブしながら聴きたい」
「免許は~?」
「持ってない。持てそうな予定も、なし。かな」
「だけど大学に合格したことだし、免許取るのに問題なくない?」
「そうだ、そうかな?」
「お金かかるけどね~」
「そりゃキツイ。まじ」
「親に言えば出してくれると思うよ?」
「そう簡単にいくかな?」
「いくでしょ?フツウに」
「親にはメリットないよ」
「なんで?」
「うち、車ないし」
「ないの?」
「ああ。ない」
「ないのか」
「ないな」
「そっかあ」
「なんかすごく残念な気分」
「私もだよ、すご~く残念な気分になりました」
「同情するなら」
「お金あげないけど合格祝い、あげちゃう!」
「ん!?」
「それがドライブ」
「おお!」
「それでドライブ」
「まじ!?」
「しかもドライブ」
「まじかよ、まじかよ」
「そんでもってドライブ」
「ありがとうございます! いや急になんか、うれしくなってきたよ?」
「まじですね?」
「まじですまじです」
「喜んでいただけますですね?」
「ですです、ですです」
「それじゃあ、特典もつけちゃう!」
「えっ!」
「あきらの好きな音楽かけていいよ!」
「うわっ」
「ノンストップで好みのサウンドかけまくってちょうだいなの!」
「おえっ!」
「って吐くなよオィ」
「うれしい!!」
「まじかよ。うれしいからって吐くかよ」
「うえっ!」
「まあ、あれですよアレ。こういうの合格祝いって言っちゃうのもアレなんだけどさ?」
「いやいやいや。その気持ちが、うれしい。うれしいんだって」
「私にできるのは車を運転すること。くらいだから」
「そんな」
「お菓子なんて作れないし。おもてなしもムリっぽ。プレゼントのセンスないし」
「いやもうすでにセンスありまくりのプレゼントおれ受け取っちゃってるんですけど」
「だからドライブ。一緒に行こ?」
「行く! 行きます!! 行かせてください」
「好きな音楽ぶっかけてくださいね?」
「かけちゃいます! いえ、お許しいただけるなら、かけさせてくださいませ!」
「このさいだから、コースの決定権あげちゃう!」
「うおっ!?」
「好きな道どこ選んでくれてもOKよ」
「海岸沿いがいいです、コッソリ言わせてもらっちやうと海辺がいいですです」
「ふん! そう来ると思ったわ」
「コッソリ言うのでコッソリですです」
「君は1000%でも何パーセントでも好きな音楽ばっちりどうぞ!」
「なになになに、いつからそんな天使になってしまわれたのです?」
「いやあのそれその天使とか。そういうのはチョット」
「まえまえから思ってたんだけど、かなこさんセンスあるよね!」
「センスある?」
「プレゼントのセンス。相手が喜ぶもの、しっかりおさえちゃう」
「そうなのかな~だとうれしいけど、だけど」
「ああ。でも塾の祝賀会とかぶっちゃったらと考えると」
「あ、それなら気にしないで。いつでも。私いま春休みなんだし時間いくらでも都合つけられるから」
「ああ女神さまですです」
「だからやめてそういうの。まじ天使とか女神とか」
「神さまです!」
「まつらないで」
「そうだ。そうだよね。うん、ごめん。ちょっと調子のりすぎちゃったかも」
「のりのり? なんだか」
「いままでずっと気持ちとか、おさえてたからかな。かなこさんと話してたら、だんだん、だんだん、なんかおさえられなく、なっちゃって。きたっていうか、きました」
「うん。じゃあ決まり。ね?」
「決まりって。うん。決まり!」
「私と一緒にドライブ。好きな音楽。なんだっけ、君は1000%。で海岸通り走るコース。合格おめでとう、みんなあげちゃう!」
「ありがとうございますです! みんな受け取っちゃう!」
「あはは。じゃあ、そっか、そうだね、そうだな、ええと。え。どうしよ?」
「おれ電話する。電話してもいいなら」
「いいよいいよ電話。してくれるの?」
「お祝いパーティーのスケジュール決まったら電話する。あらためて約束の日を決めようよ?」
「うん」
「ありがとう。ほんと、ありがとう」
「うん」
「なんかさ。かなこさんと話してたら、まじ本当に元気が出てきた。よ?」
「うん」
「ああ。たのしみ」
「うん。わたしも」
「じゃあ、また、ね?」
「うん。また」
「おやすみ。ありがとう」
「うん。おやすみ」
「じゃ」
「またね」




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