アナザーさま!
美しいものに触れられる
「きのう帰ってからネットの掲示板で読んだんだけど」
あけみちゃんが語るのを聞くと、
「きのうのアレって、爆発的なエネルギーがたまっている状態のところに現われるんだって。生きているのかそうじゃないのか、と言う問題よりも、それが意味している物事の重大さに気づく必要があるとかないとか」
「あるの? ないの?」
「つまり虫として捕らえるのではなく、予兆とか現象として捉えるといいらしいよ?」
「予兆?」
「良いか悪いかは、あなた次第です。だって」
「つまりその人がどう望むかなのかな。良いことを望むか、悪いことを望むか」
「なるほど? それで?」
「良いことを望めば良くなるし、悪いことを望めば悪いことが起きる。エネルギーが大きいから、かないやすい」
「なるほどね?」
「せっかくだから、いいほうになにか願いなよ」
「いいことありますように!」
「うん。そう、そんな感じ!」
「悪いことだったら、なにかしら?」
「そういうことを考えないのがいい」
「わかったわ」
「昨夜あけみちゃんから送ってもらった写真見たけどアレわたしも知ってるよ」
「え。ほんとに?」
「うん。うちの壁にもいたから」
「いた? 壁に?」
「そう。外だけど、セミの幼虫だって観察してたんだけど羽化しなくて、そのまま固まっちゃった」
「あら~それはそれは、なんていうか」
「残念です」
「残念よね」
「です」
「ですね」
「お父さんに言ったら、アナザーさまが来てくれる前兆なんだって」
「アナザーさま?」
「うん。そういうひとが、いるらしいよ?」
「ひとか」
「うん。ひょっとしたら神様かもだけど」
「ああ。なんか、わかる気がする。そういえば、なんていうか不気味だけど気持ち悪くなかったっていうか、ちょっと神々しいっていうか」
「おそれおおい感じとか?」
「うん。かも? 思わず神社に奉納しちゃったもん」
「そうなんだ。でも、どうやって?」
「神主さんに?」
「渡した?」
「と思う」
「と思うって」
「いやあ、わたしちょっと怖くてね? あきらくんにおまかせしちゃいましたとさ?」
「そうなんだ」
「ななみちゃん家は、どうしたの?」
「どうしたんだろ、どうしたっけ? 確かお父さんがどうかしたような気が」
「壁から取ったのかな?」
「うん。たぶんね。セミの抜け殻は放置しちゃうんだけど、それだけはすぐに消えてたから」
「風に飛ばされたとか?」
「台風でも飛ばされないよ~?」
「そんなに強いの?」
「セミの抜け殻は、がしっとつかんでるからね」
「どうりで」
「どうりで?」
「わたしの指がっしりつかまれてたわ。まさに、そんな感じで」
「あけみちゃんの指にしがみついちゃったんだ」
「まじで、あせりました!」
「よかったね?」
「すごいホッとしてるよ」
「ところで浴衣は、もう着てみた?」
「まだ」
「わたし、きのう着てみたよ?」
「どんな感じ、どんな感じ?」
「意外と楽で気持ちよかった」
「楽なの?」
「うん。けっこう楽かも」
「大変そうだけどね?」
「着るときは大変かな?」
「着ちゃえば楽?」
「うん。なんなら走れるし」
「走れるの!?」
「うん。平気だったよ」
「意外だわ」
「わたしも思った」
「だよね?」
櫓の建設が始まる。
今年は早めにスタート。なんでも、かなりいい日があるらしくて。年に1日あるかどうかのタイミングで、かなり縁起の良い日なんだってさ。
その日に成し遂げたことは、成果以上の富をもたらしてくれる。
だったかな。
太陽光パネルの修理ができないまま日数が経過して、とりあえず夜間の立ち入りが禁止になった。周辺の外灯の電源を確保できないからだという。
父に呼ばれて和室に向かうと、そこに座りなさいと言われた。
いまからおまえに言っておきたいことがある。心して聞きなさい。忘れてもかまわない。だが、今だけ、今日だけは最後までちゃんと聞くんだぞ。いいな?
わかりました。
和室の襖が閉められた。
息苦しい。そんな気がする。
「なあ、あきら。おまえ、ななみちゃんのこと好きなんだろう?」
「か!?」
「なにも言うな、答えなくていい。ただ黙ってお父さんの話を聞きなさい」
「おっ」
「うむ。うーん。そうだな。あれは幼稚園だったと思うが、どうだったかな。
小学校に入学。いや、その前だ。やはり幼稚園のときだな。
お父さん何度か園長先生に言われたんだよ?
あきらくんが女の子のスカートすぐめくってしまうので困ります。ってな!」
「が」
「ははは。いいんだよ、いいんだ。
スカートめくられた女の子は、いやだったかもしれない。
だが、それでいい。少なくとも、お父さんは、それはそれでいいし良かったと思ってる。
それに、男の子が女の子のスカートをめくるのって、幼稚園でも小学校でも中学、なんなら高校でもあるらしいしな。というより大人の世界にも実は、ある。お父さんは、しないけどな?
なにが言いたいかと言うと、ああいうことは、さっさとやっておいて、とっくに乗り越えておくのがいいと思うんだ。早ければ早いほどいい。
おまえは幼稚園で。だったというわけだ。
で。なにがきっかけでやめたんだっけ?
覚えてるか?
お父さんが思うに、ななみちゃんとだけ遊ぶようになったのが大きいんじゃないかと思う。
それまでは、女の子のことに興味があって、女の子を好きになっていたんだよ?
それが特定の女の子を好きになったんだ。すると変化が起きる。まず、好きな子がイヤがることをしなくなる。いたずらとしてすることがあったのが、いたずらしなくなる。しにくくなる。
本能で気づくんだよ。
おまえ、ななみちゃんのこと、特別な目で見てることないか?
あ、答えなくていいからな。聞いてろ。
いいんだよ、そういう目で見て。
おまえが彼女の写真を撮ったのを見ればわかる。よく撮れてる。あの写真は、おまえのことを見ている彼女が写ってるよな?
それって、すごいことなんだぞ。裸の写真のことをヌードと言う、聞いたことくらいあるだろう?
つまり美しさの芸術だ。おまえが彼女を撮ったヌード写真は、最高に美しい愛の結晶だよ。素晴らしい。素晴らしいから、おまえだけが独占しておけ。いいな。誰かに見せたりするんじゃなくて、彼女ななみちゃんとだけ共有するんだ。
おまえが他の女の子のスカートをめくらなくなったことで、ななみちゃんはおまえのことを信頼するようになってきたんだと思うよ?
あけみちゃんとも仲がいいよな。他にも仲いい子がいるだろ。だけど見ていて思う、友達として仲がいいのと、本当に想いあって仲がいいのとは違うから。
なんのためにお父さんがおまえやすみれを美術館に連れて行っているかわかるか?
美術館には美しいものがある。最高に美しいのは、人間の裸だよ。絵も彫刻も。写真だって、実は美術なんだよ。なにげなく撮ってるスナップ写真だって、芸術なんだからな。
おまえにも、すみれにも、ひとを愛せるひとになって欲しい。
ひとから愛されるひとになってほしい。
愛されるってどういうことなのか、ちゃんと頭でも理解できるようになってほしい。
だから美しいものに触れられる機会を作ってるんだ。
これから夏祭りが始まる。
おまえは最高に美しいものと出会うだろう。
そのとき、きちんと受け止めなさい。遠慮するとか照れたりするんじゃなく、素直に受け入れるんだ。
美しいな、きれいだな、そして大切だなって思えるから。
その気持ちを、大切だなって感じられる気持ちを、いつもより意識して欲しい。
以上だ。
なにか聞きたいことは、あるか?」
和室を出ると、おれは庭に下りて池のそばに行った。
池の水は濁っているが、泳ぐ鯉が見える。岩も見える。
どこかで聞いたよ。池か湖の水面に自分の姿を映した美少年だか美少女の物語を。ストーリーは忘れたし結末もどうだったか。
だけど。おれが水面を見ても、自分が映らない。うっすら波にユラユラしている影のようななにかが映っているだけ。それだけだ。
写真や鏡のように自分を映してくれない池の水面を、しばらく眺めていた。
あけみちゃんが語るのを聞くと、
「きのうのアレって、爆発的なエネルギーがたまっている状態のところに現われるんだって。生きているのかそうじゃないのか、と言う問題よりも、それが意味している物事の重大さに気づく必要があるとかないとか」
「あるの? ないの?」
「つまり虫として捕らえるのではなく、予兆とか現象として捉えるといいらしいよ?」
「予兆?」
「良いか悪いかは、あなた次第です。だって」
「つまりその人がどう望むかなのかな。良いことを望むか、悪いことを望むか」
「なるほど? それで?」
「良いことを望めば良くなるし、悪いことを望めば悪いことが起きる。エネルギーが大きいから、かないやすい」
「なるほどね?」
「せっかくだから、いいほうになにか願いなよ」
「いいことありますように!」
「うん。そう、そんな感じ!」
「悪いことだったら、なにかしら?」
「そういうことを考えないのがいい」
「わかったわ」
「昨夜あけみちゃんから送ってもらった写真見たけどアレわたしも知ってるよ」
「え。ほんとに?」
「うん。うちの壁にもいたから」
「いた? 壁に?」
「そう。外だけど、セミの幼虫だって観察してたんだけど羽化しなくて、そのまま固まっちゃった」
「あら~それはそれは、なんていうか」
「残念です」
「残念よね」
「です」
「ですね」
「お父さんに言ったら、アナザーさまが来てくれる前兆なんだって」
「アナザーさま?」
「うん。そういうひとが、いるらしいよ?」
「ひとか」
「うん。ひょっとしたら神様かもだけど」
「ああ。なんか、わかる気がする。そういえば、なんていうか不気味だけど気持ち悪くなかったっていうか、ちょっと神々しいっていうか」
「おそれおおい感じとか?」
「うん。かも? 思わず神社に奉納しちゃったもん」
「そうなんだ。でも、どうやって?」
「神主さんに?」
「渡した?」
「と思う」
「と思うって」
「いやあ、わたしちょっと怖くてね? あきらくんにおまかせしちゃいましたとさ?」
「そうなんだ」
「ななみちゃん家は、どうしたの?」
「どうしたんだろ、どうしたっけ? 確かお父さんがどうかしたような気が」
「壁から取ったのかな?」
「うん。たぶんね。セミの抜け殻は放置しちゃうんだけど、それだけはすぐに消えてたから」
「風に飛ばされたとか?」
「台風でも飛ばされないよ~?」
「そんなに強いの?」
「セミの抜け殻は、がしっとつかんでるからね」
「どうりで」
「どうりで?」
「わたしの指がっしりつかまれてたわ。まさに、そんな感じで」
「あけみちゃんの指にしがみついちゃったんだ」
「まじで、あせりました!」
「よかったね?」
「すごいホッとしてるよ」
「ところで浴衣は、もう着てみた?」
「まだ」
「わたし、きのう着てみたよ?」
「どんな感じ、どんな感じ?」
「意外と楽で気持ちよかった」
「楽なの?」
「うん。けっこう楽かも」
「大変そうだけどね?」
「着るときは大変かな?」
「着ちゃえば楽?」
「うん。なんなら走れるし」
「走れるの!?」
「うん。平気だったよ」
「意外だわ」
「わたしも思った」
「だよね?」
櫓の建設が始まる。
今年は早めにスタート。なんでも、かなりいい日があるらしくて。年に1日あるかどうかのタイミングで、かなり縁起の良い日なんだってさ。
その日に成し遂げたことは、成果以上の富をもたらしてくれる。
だったかな。
太陽光パネルの修理ができないまま日数が経過して、とりあえず夜間の立ち入りが禁止になった。周辺の外灯の電源を確保できないからだという。
父に呼ばれて和室に向かうと、そこに座りなさいと言われた。
いまからおまえに言っておきたいことがある。心して聞きなさい。忘れてもかまわない。だが、今だけ、今日だけは最後までちゃんと聞くんだぞ。いいな?
わかりました。
和室の襖が閉められた。
息苦しい。そんな気がする。
「なあ、あきら。おまえ、ななみちゃんのこと好きなんだろう?」
「か!?」
「なにも言うな、答えなくていい。ただ黙ってお父さんの話を聞きなさい」
「おっ」
「うむ。うーん。そうだな。あれは幼稚園だったと思うが、どうだったかな。
小学校に入学。いや、その前だ。やはり幼稚園のときだな。
お父さん何度か園長先生に言われたんだよ?
あきらくんが女の子のスカートすぐめくってしまうので困ります。ってな!」
「が」
「ははは。いいんだよ、いいんだ。
スカートめくられた女の子は、いやだったかもしれない。
だが、それでいい。少なくとも、お父さんは、それはそれでいいし良かったと思ってる。
それに、男の子が女の子のスカートをめくるのって、幼稚園でも小学校でも中学、なんなら高校でもあるらしいしな。というより大人の世界にも実は、ある。お父さんは、しないけどな?
なにが言いたいかと言うと、ああいうことは、さっさとやっておいて、とっくに乗り越えておくのがいいと思うんだ。早ければ早いほどいい。
おまえは幼稚園で。だったというわけだ。
で。なにがきっかけでやめたんだっけ?
覚えてるか?
お父さんが思うに、ななみちゃんとだけ遊ぶようになったのが大きいんじゃないかと思う。
それまでは、女の子のことに興味があって、女の子を好きになっていたんだよ?
それが特定の女の子を好きになったんだ。すると変化が起きる。まず、好きな子がイヤがることをしなくなる。いたずらとしてすることがあったのが、いたずらしなくなる。しにくくなる。
本能で気づくんだよ。
おまえ、ななみちゃんのこと、特別な目で見てることないか?
あ、答えなくていいからな。聞いてろ。
いいんだよ、そういう目で見て。
おまえが彼女の写真を撮ったのを見ればわかる。よく撮れてる。あの写真は、おまえのことを見ている彼女が写ってるよな?
それって、すごいことなんだぞ。裸の写真のことをヌードと言う、聞いたことくらいあるだろう?
つまり美しさの芸術だ。おまえが彼女を撮ったヌード写真は、最高に美しい愛の結晶だよ。素晴らしい。素晴らしいから、おまえだけが独占しておけ。いいな。誰かに見せたりするんじゃなくて、彼女ななみちゃんとだけ共有するんだ。
おまえが他の女の子のスカートをめくらなくなったことで、ななみちゃんはおまえのことを信頼するようになってきたんだと思うよ?
あけみちゃんとも仲がいいよな。他にも仲いい子がいるだろ。だけど見ていて思う、友達として仲がいいのと、本当に想いあって仲がいいのとは違うから。
なんのためにお父さんがおまえやすみれを美術館に連れて行っているかわかるか?
美術館には美しいものがある。最高に美しいのは、人間の裸だよ。絵も彫刻も。写真だって、実は美術なんだよ。なにげなく撮ってるスナップ写真だって、芸術なんだからな。
おまえにも、すみれにも、ひとを愛せるひとになって欲しい。
ひとから愛されるひとになってほしい。
愛されるってどういうことなのか、ちゃんと頭でも理解できるようになってほしい。
だから美しいものに触れられる機会を作ってるんだ。
これから夏祭りが始まる。
おまえは最高に美しいものと出会うだろう。
そのとき、きちんと受け止めなさい。遠慮するとか照れたりするんじゃなく、素直に受け入れるんだ。
美しいな、きれいだな、そして大切だなって思えるから。
その気持ちを、大切だなって感じられる気持ちを、いつもより意識して欲しい。
以上だ。
なにか聞きたいことは、あるか?」
和室を出ると、おれは庭に下りて池のそばに行った。
池の水は濁っているが、泳ぐ鯉が見える。岩も見える。
どこかで聞いたよ。池か湖の水面に自分の姿を映した美少年だか美少女の物語を。ストーリーは忘れたし結末もどうだったか。
だけど。おれが水面を見ても、自分が映らない。うっすら波にユラユラしている影のようななにかが映っているだけ。それだけだ。
写真や鏡のように自分を映してくれない池の水面を、しばらく眺めていた。
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