アナザーさま!

清水レモン

電波です?

太陽光パネルが機能しなくなった。
「ゆうべ停電あったよね!」
「あった、あった、った!」
「いきなりきれるゲーム中」
「それセーブできてたの?」
「まさかだよホントまじで」
「それは災難ね最悪だわで」
「笑えないし笑えちゃうし」
「だけど直ったっポイよ?」
「直ってないとヤバイです」
「てゆうかさ電気ついてる」
昨夜の停電は、ほんの数秒間程度。
それでも影響は大きかった。
おれは通信中だったから、スッパリと遮断されてしまった。
点検中の不備で、重要なラインを断ち切ってしまったのが原因とのことだった。

「蓄電は充分あるはずよ」と見回り中の区長が言った。
「だけどさ、万が一ってことも考えておかないと」
「そうね。でも、こうなった以上は仕方ないじゃない。やれることやりましょ」
区長の口調はいつになく覇気に満ちている。
「あら。あなた、たしか」口調と目が合った。
「こんにちは」と挨拶をする。それ以外に言うことは、思いつかなかった。
「たしか今年が順番だっけ?」
「っていう話ですね?」
「聞いてるのね」
「はい。でも、なんの順番なんですか?」
「それは聞かされていないのか」
「はい」
「それはね?」

父に連れられて本家ほんけに行くと、なにかのお祝い事みたいに賑やかに大勢が集まっていて、すでに食事が始まっているようだ。
「おう、きよしくん。早かったね、疲れただろう。ゆっくりしていってよ」
「こんにちは、おじさん。それと、ああ、みんなすでにもう、始まっちゃってるね?」
「あはは。もう遅いんだからさ! とっくに始めてるわよ」
「あきらくんも疲れただろう? さ、どこでも座って座って」
「おじゃまします」
「おじゃましますじゃないよ~そんな!他人行儀すぎ!!」
「え~と?」
「こういうときはね、『ただいま』でいいんだよ?」
「すみません。ただいまです!」
すると、
おかえり~
と一斉に声が返ってきた。
「ね? 『おかえり』が正解だったでしょ?」
「はい」
本家ほんけに入るときは、ちゃんと言ってね?『ただいま』って」
「わかりました」
もともと大きな家だが、いちだんと大きくて広い屋敷に感じられる。
そうか。ひとが少ないときは、狭く思えて、ひとがたくさん入りきっているうえに余裕があるもんだから広さを実感できるのかもしれない。いったい、なんにんいるんだろう?
「そうだ。あきらくん、こっちこっちこっち。教えておくよ~」
「はい?」
「よし、このさいだ。ちゃんと教わってこい」
「お父さんは?」
「お父さんは先にここで食事している。たしかアレは食事前がいいんだよな?」
「あたりまえじゃない。さあさ! すぐに済むし。済んだら美味おいしいもの、いっぱい食べられるからね~」
「え~と? では、いってきます?」
「おう。いってらっしゃい!」
「気をつけてね~」
なにが始まるのか、わからない。
だが、「それじゃ、あきらくん。いきましょ?」と手をそっと取られて歩き出す。
あれ。このひと以前どこかで?
思い出せそうで思い出せない。
彼女に連れられて廊下を進むと、奥は真っ暗。闇そのものだった。
灯りが、ひとつもない。こんな暗闇は初めてかもしれない。
でも怖くない。というよりも、この闇のことを知っている気がした。ずいぶん昔に、見たことがある。そんな気にさせる。なんだろう。目を凝らしてみたけれど、ゆらぎさえ感じられず、ありとあらゆるものが静止して大人しくしている空間。なるほど、だがなにものかが息をひそめている。そんな気がした。

「あら。ついに、あなたの順番になったのね?」
闇の奥から声がした。
「お待たせいたしました。夕凪坂ゆうなぎさか長男ぼっちゃんです」
ぼっちゃん?
おれのことだろうか。
「久しぶりね~元気そう?」
「それはもう、元気いっぱいかと」
「あらあら。それはそれは。さ。おいで?」
「さ。ここからは、ひとりで行きなさい」
「はい」
おれは廊下を進む。もうすでに真っ暗闇のままで、とくに目が慣れるということもなく、いままで繋いでいた手を離されると、もはや上下左右まったくわからなくなってしまった。
それでも、そっと足を進める。歩くというより、滑る感覚。靴下のおかげか、廊下の板の上を移動しやすい。
「ねむ」
と声がした瞬間にパッと明るくなった。
「う」思わず眩しくて声を出していた。
「あらあら。ほんとうに、大きくなって、まあ」
「あ」
そこには、ときどき夢で見かける女性がいた。知っている。だけど夢の中でしか会ったことがないような。それとも。
すでにどこかで会ったことがあって、たまたま夢の中に出てくる回数が多くて記憶が混在してしまっているのかも。
「あ」言いかけて声が止まった。
「ええ。そのまま。こっちに進んできて」
「は」
その髪は黒々としているばかりか、床に広がっていて。長い。先端が、どこなのかわからない。
髪が後ろから肩の上を通って胸のほうへ流れている。乳房のあたりを覆い隠すように。あれ。裸なのか。なにも着ていない? いや、あれ。あれれ?
「そこで止まって」
そう言われて立ち止まると、足元に冷たい感触。水か。水だ。水の流れを感じる。耳を澄ませば湧き出しているような音も聞こえた。
足首のあたりまで水。もしかして水位が上昇しているのか。いったい、ここは。
「それではご一緒に。さ。あきらさん、わたしのあとに続いてとなえるのよ?」


じょうそうびかんしくわのみからむくみのままに
へいせるなついんとくむすめいとちりぬういとに
しょうあく
しょうあく
しょうあくす
みちる
みちるに
みちしるべ
しょうあくす
しょうあく


『あれ?』
「お。起きたか。おーい、あきら起きたぞ」
え。おれ寝てた?
って、いつから。しかも、どこ。ここ。ここで寝てた?
「疲れたろう。まあ、ゆっくりさせてもらってから帰ろう。横になってていいぞ」
父の声が聞こえる。ほかにも、父の姉たちの声がする。伯母叔母小母おばさまがたの声が聞こえている。遠のいていく。すうっと、ゆっくり。ゆっくり。ゆっくり。
ぷつ。と音がした。

「よく眠ってるね?」
「じゃあね、またそのうち」
「送ってくれて、ありがとね?」
「いいのいいの、ゆっくりしてさ」
「ありがとう。また行くからさ」
「待ってるよ」

翌朝になると、父が不思議なことを言ってきた。
「おまえも立派につとめを果たせるようになった。お父さんは鼻が高いぞ。気を抜かずに頑張れ。な?」
「はい」
なんだろう今日は曇っているのだろうか、どこかムシムシするし、なんとなくだけど目の前が白く雲って見える。蒸気だろうか煙だろうか。匂いは感じられない。
トイレに行って、いつものように用を足す。あやうく声をあげそうになった。
おれの尿が壁一面に撒かれる、撒かれる、いやいやいや、しっかり指で自分のをつかんでいるのに方向が定まらないだと。尿の勢いが強くて壁が削られそうに感じるほどだ。
いつもの朝よりも大きく長くふくらんでいて、おまけに固い。コチコチだよ。下を向かせることができずに、まるで宙に向かってホースで水撒きするみたいに。
勢いが良いばかりか、止めることもできずに、ただ出し続けて放ち続けているしかなかった。すべてが出切できると、なにもなかったかのように、いつものフニャフニャの状態。いまのは、なんだったんだ。おかしい。いつもよりも、すべてがワンランク違う。
って、これ。
どうすんだよ。
おれは、びっしょり濡れたトイレの壁を見て、『やっちまった』と思うしかなかった。

親には言えないまま、なにごともなかったように家を出てきた。
「ゆうべ、テレパシーとか飛ばさなかった?」
と、あけみちゃんが言う。
神社の近くにある公園で。
これから盆踊りの予行練習がある。
「テレパシー?」
「そ。てゆうかね、夢にきみが出た。笑ったよ」
「そんなこともあるだろうさ?」
「ただちょっと気になるのはさ」
「気になるの?」
「そう。起きても夢のこと覚えてるのよね」
「へえ?」
「夢の中で、かなりおしゃべりしてたんだけどさ」
「夢なら夢で、おれとは関係なくない?」
「いつもなら、そう思う。思うんだけど。ねえ?」
「ねえって」
「ねぇなのよ」
「って言われても」
「そうよね~」
「ヘンなの」
「そ。わたしヘンなの」
「なにそれ?」
「さあ~あ?」

「あのさ、ちょっと話、いいかな?」
「なに? いいけど」
「ちょっと、こっち来てって」
「なんだよ。ここでも聞こえてるよ」
「やばいよ。大きな声じゃ、ちょっと」
「なんだよ。もう始まるぞ、盆踊りが」
「始まるったって今日は練習だろ~?」
「そうだけどさ」
「いいから、いいから、ちょっと、ちょっと」
あけみちゃんが手招きするほうへ移動すると、とつぜんかげった。
「これ。見て欲しいの」
「え!?」
なにそれ。
「ね?」
「てゆうか、それ持ってて大丈夫か?」
「大丈夫もなにも、気づいたら持ってたのよ」
「いつから」
「今朝。起きたときから」
「はあ?」
「しかもこれ、夢の中で、あんたがわたしに渡してきたのよ?」
「夢のことは知らないさ」
「わたしは覚えてる」
「だからおまえの夢な? おれは見てないし聞いてないし知らない」
「どうしようこれ」
「どうしようって」
言われても。
よく見るとセミの抜け殻じゃないか。と思った瞬間に気づいてしまう。抜け殻じゃない。中身がある、ということに。ぴくりともしない。けれども今にも動き出しそうな気配がするし、しっかりと彼女の指にしがみついている。でもそれ、生きているのか?
「かたくて取れないし、ひっぱったらこの足とか? もげちゃいそうで怖い」
「重さは?」
「少し感じる。ちょっとね。なんか、いる。って感じ」
「だよな。抜け殻じゃない」
「どうすればいい?」
「どうするもなにも。なあ? そういえば夢の中で、おれが渡したって言ってたよな」
「うん。そうだよ」
「おれなにか言ってなかった?」
「自分が言ったこと忘れちゃったの?」
「おれが言ったんじゃなくて、おまえの夢に出てきたお。っ。ややこしいな」
「そういえば、なにか祝詞のりとみたいなのを」
「のりと?」
「そう。ヘーゼルナッツがどうとか」
「それって、ひょっとしてこういうのじゃ?」
おれは、うろ覚えの言葉を唱えた。
すると。
「あ」
「なに?」
「っとっとっとっっ」
「え!?」
「った~? 落とすかと思ったわ。でも。大丈夫。ほら。しかも取れた!」
「あ」
セミらしいそのものは彼女の手のひらで、受け止められている状態だった。
「あとさっきの、それ。まさにそれよ、それ。歌ってたの」
「歌じゃないだろ?」
昨日、本家ほんけで教わったものだ。
でも、なにを教わったんだっけ?
「歌だよ歌でしょ、だって歌ってたもん。外国の歌?」
「うろ覚えだよ」
「でも同じ。あんな感じだったから」
「じゃあ、あれか。なにか。電波が伝わったかな?」
「電波?」
「うん。波長が近い人だとキャッチしちゃうことが、あるらしい」
「わたしとあんたと? 近くないでしょ?」
「近くないよな? てゆうか波長とかわかるの?」
「うん、なんとなく?」
「おれ波長とかって、わかんないんだよね」
「わかるって言っても、なんとなくよ。あれでしょ、一種のテレパシーみたいな?」
「そっか」
「で。そのあの歌って、どういう意味があるの」
「おれも知らないんだ。昨日知ったばかりだし。今度聞いてみるよ」
「聞くって誰に?」
「教えてくれた人」
「って誰?」
「さあ?」
「さあって。さあ?」
「わかんないや」

蓄電池の調子もおかしいよ、という声が聞こえてきた。
「ひょっとしたら今夜このあたり電気まったくつかないかも?」
「だったら早く帰ったほうがいいかな?」
「うん。なんか、これもあるし」
「それ。なんだったらさ、奉納していこうか?」
「奉納って?」
「よくわかんないときは、神様にお任せしてみよう」
「おさめるの?」
「そんな感じ?」
「そうね、それがいいかも」
「ななみちゃんと会った?」
「今日は家族とお出かけするって」
「そっか。じゃあ、あけみちゃん送ってくよ」
「遠回りになっちゃうよ? 方向逆だし」
「だから早めに帰ろう」
「うん」

は傾いてさえいないのだが、いまにも空が黒くなっていきそうな気配を感じた。少し空気がピリピリする。電気が走っているような感じがするし、不気味な電波が伝わっているようにも思える。
夏祭りが近くなると、こんな感じの不気味な感覚は覚えがある。だけど、たいてい、そういうのは八月になってからだよ。
まだ七月なのに。
それとも夕立になるのだろうか?
積乱雲は見えていない。


コメント

  • ward8

    不思議な話が続きどこに行き着くのか見えません!ドキドキ

    1
コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品