アナザーさま!

清水レモン

順番です!

「まいったな」
「まいったわ」
両親が和室で話している。
近寄りがたい雰囲気だ。
すると、
『こっち、こっち、こっち』
と廊下の奥から姉が手招きしているのが見えた。
姉のもとに行くと、
「いま談義中。わかるでしょ?」
「うん。なんか空気ピリピリだ」
「いまは近寄らないほうがいいかもだよ~」
「なんかあったの?」
「あったのもなにも、おおありよ。今度の夏祭り、うちの番らしいから」
「夏祭りに順番とかあったっけ?」
「それ、そこなのよ。わたしも思った。夏祭りの順番なにそれって感じ」
「ただならぬ空気が」
「わかる? 出てるよね、出てるよね、あれ絶対!」
「だけど今年は役員じゃなかったんじゃ?」
「うん。役員はね。ちがう。でもね、なんかイベントに関する別の順番らしいよ」
「おれらも?」
「さあ?」
「手伝わされるかな」
「手伝いだったら毎年なんかしら手伝ってるけどね」
「だね」
「だよ」
「なんだろう」
「あ。だけどね。わたし今年の夏は臨海学校あるから」
「臨海学校?」
「みんなで海に行くのよ」
「いいな」
「たのしみ~。で。夏祭りの日程と重なるの」
「あれ?」
「だから祭りの手伝いは、あきらひとりだよ」
「げっ」
「大変だね~がんばだよ~」
まじかよ。
「あとよろしくね~」
って。

夏休みまで、あと一週間。
とくに旅行に行く予定があるわけでもない。
夏は習い事も休み。だったはず。
そのかわり、神社の周りが賑やかになる。
夏祭りに向けての準備も、そろそろ始まる頃だろう。
何軒か、区域内で長期旅行に出かける世帯がある。
かなりの負担を強いられる祭りなので、
『ただ働きさせられるくらいなら、旅行に行ったほうがマシだ』
と言われている。
ただ働きといっても、たんなるボランティアではない。
現実は、出費も強いられる。
貯金を切り崩す家庭もあるんだとか。
重労働だし、おまけに夏バテと重なるから。だったら『贅沢でもいい。旅行に行ってしまえ』と家族旅行を選ぶ世帯があるんだとか。実際、夏休みになると留守宅が増える。完全に空き家のように、しいんとしている。長期旅行なんてお金があるんだな羨ましいよ。と父が言っていたのを聞いたことがあったような。
だけど。
リスク管理で見直してみれば、むしろ家族旅行に出かけたほうが、しっかり休みも取れるし、気苦労もないしで、案外そのほうがいいのかもしれないな。
なんてことを、姉たちと話したこともあったっけな。
ひょっとして、ひょっとすると。
うちも家族旅行に行くかもしれないとか?
しかも長期で。海外もあるかも?
ちょっと、わくわくする。わくわくしてきた。
だけど、姉の言葉で気持ちが冷めていく。
『あったもなにも、おおありよ。わたし臨海学校だあるから、あとよろしくね~』
もしも家族旅行だとしたら、姉は臨海学校に行くのか?
それが海外旅行だとしても。
そんなふうに考えたら、長期旅行の可能性が低いことくらい、おれにもわかる。

「とりあえずは、櫓で踊る。かしら?」
「それって盆踊りで?」
「うん」
「あけみちゃんって去年だったよね?」
「もう大変だった~」
「そうなの!?」
「結局わたしが櫓に登って踊ったんだから」
「それ覚えてる。楽しそうだった」
「そりゃあ、もうこのさいって感じになっちゃう。やけよ、やけ」
「そうだったのか」
「ね~? わたしも見てたよ」
「恥ずかしいから、やめてください」
「下からバッチリ見てたもんね!」
「やめ! それ言うのダメ絶対ダメっ!」
「けっこう見てるひと、いっぱいいたもんね~?」
「おれも見てたけど?」
「いやあ。あきらは、むしろ踊ってたっぽいし」
「うん。あきらくんは踊ってるほうだった」
「ていうか下からって櫓の下から?」
「まあフツウは櫓の周りを円になって輪になって踊り狂うわけだけど。
 一部の熱狂的な連中がね、集っちゃうのよ。あの下に」
「おねえさん、そこまで! もうやめてください、それ以上は」
「は~い」
「踊るくらいなら、まあいいかな? おれは」
「あきらは好きだよね~」
「うん。あきらくんなら、問題ないかも?」
「問題って、どんな問題が」
「おっと蒸し返しますかね、この子は」
「お願い、ふたりとも。やめてください」
「だとさ」
「わかったけど?」

神社の境内に櫓は、まだ組まれていない。
だが敷地にラインが引かれている。
結界のようなものだ、と言われたことがある。
邪悪なるものを封じ込めるんだとか。
神聖なるものを呼び出すためだとも。
普段なら自由に行き来できる境内だけれど、ある日を境にして近づきがたい雰囲気になってしまう。お祭り当日は、開放的だけれども。
ピリピリした空気。
張り詰めてく縄の発するエネルギーのようなもの。
けれども、そんなことを気にすることなく、むしろ『待ってました』というオーラで集う人たちも多い。たいていは高校生で、なかには中学生もいるとかいないとか。
夏越の祓なごしのはらいでは、とても清らかな空気を感じられた。
けがれを落とすんだと言う。落とされたけがれが飛び散っていそうな気がしたけれど、清浄で神聖で姉いわく、
「おかすべからず! なのよ!!」
だそうだ。

あけみちゃんに行くと、巫女の衣装が干されていた。
「それ、あけみちゃんが着たやつだって」
ななみちゃんが解説を始める。
「これ、すごい透けてる。もう丸見えっていうか、隠す気なんてさらさらない感じ」
「ほんと、どうかしてるよね?」
「それ着たの、あけみちゃんだよ?」
「もういいの。ななみちゃんが次だから」
「いや、わたしは、まだ」
「そうね? 今年は、あきらくんだし」
「じゃあ、すみれちゃんが」
「たぶん」
「わたしは着ないで済むかも」
「どうして? 順番らしいよ」
「順番だと中二のとき、かな」
「うちのお母さんの話だと、小学生のうちに済ませておいたほうがいいわよって」
「うちのお母さんは中学生くらいがいちばんキレイに映えるわって言ってたけど」
「いろいろね?」
「みたいだよ?」
「あきらくん、話についてきてる?」
「ちゃんと聞いてる」
「うわの空だった!」
「わたしもそう思った」
「聞いてたってば!」
「すみれちゃんは、なんか言ってないの?」
「あねき、すみれちゃんは、なんかさ、楽しげだったよ」
「楽しげなんだ」
「あのひとらしいかも?」
「なんだか知らなかったけど、臨海学校があるんだってさ」
「は?」
「臨海!?」
「そ。臨海学校。海に行くとか? だから夏祭りは欠席するっぽいよ?」
「うわっ」
「それは、それは。なんという」
「悪運が強いわ」
「ごめん、やっぱり話が見えてないかもなんだけど。いったい、なに? なんの」
「じゃあ、またね!」
「うん! わたしも帰る。あきらくん、バイバイ!」
「って、おい!」
「あろは~」
「って、ななみちゃん! 方向同じなんだから一緒に帰ろうよ!」
「先に行く~からね~」
「イヤイヤイヤ、待てってばよっ!」
神社まで出かけて、ひとりで帰らせたとなれば、あとで親たちに怒られるの、おれなんだぜ?
絶対に、ひとりで帰らせたりしない。
おれは彼女を追いかけて、「おい」と。つかまえた。肩を。
「やん」
「へ!?」
「いきなりなんで、なんで、なんてことするのよ!?」
「ってなにも」
「いま触ったじゃない! しかも後ろから黙って、いきなり」
「いや、ちゃんと呼んで走ってきてだな?」
「言いつけてやるんだから!」
「いや、まじダメだから、そんな走るなってば」
急いで彼女の手を握った。しゅんと収まった。
「うん」
「うん?」なんだよ急に大人しくなったりして。
「うん」
「あのさ」おれは言いかけたが、やめた。
「わかったから。その。もっと、その。それ。痛いから」
「え?」
「握りすぎ」
「あ。ごめん」
「いいけど」
「わるかったよ」
おれは、いったん手を離す。それからふたたび彼女の手を取った。
彼女じっと手を握られていたかと思ったら、パシッと手を振り払って、ふたたび握り返してきた。
なんなんだよ?



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