素直に好きと言えばいいだけなのかもしれない

清水レモン

どうして好きと言ってくれないのかな?

「どんな感じ?」
マスターが訊いてきた。
「はい」おれは答えようとする。
だが、答が出ない。
どう答えていいのか。わからない。
時間だけが経過する。
するとシーナが言う、
「まあ初心者のうちは、あんなもんだよ~」
「うむ。それもそうだな」
マスターとシーナ、そして初めて会うメンバーたちとクエスト攻略に出かけた。
クエストは初級も初級で、初歩の初歩。なんていうかゲームの操作に慣れるための動作の連続だった。そんな気がする。初めて会うメンバーたちは、みんな気さくでフレンドリーで、なんていうかうまく説明できないんだけど。
とても感じのいい人たちだ!
クエストの現場は、閉鎖された炭鉱。らしい。
あたり一面まっくら、すすだらけ。だった。
しかしクエストを達成した瞬間に、暗闇に閃光が弾けて、画面いっぱい明るくなった。
どこかの廃墟、いや観光スポットで迎える日の出みたいに感じられる。リアルに感じた。
それも、みんなで迎える日の出だ。
みんなの姿が逆光シルエットになって、ただただ美しかった。
その美しさが、おれの指を勝手に動かす。何枚も何枚も、SS。
撮りまくりだよ。
「回復の必要は、なさそうね?」とヒーラーが言う。なまえは、ヨツバ。
「はい。あまり減ってないです」と彼が言う「かなり痛手を受けたと思ったんですが」
「何度も戦闘を繰り返すうちに強くなるのさ」マスターが言う「なにしろ、20回は繰り返したからな」
「そんなに!?」
「このクエ達成するには、最低でも20回は同じ戦闘しないとだね~」
「私たちには簡単なことですけど、新人さんには大変だったと思いますよ?」ヨツバが言う。ヨツバが言うと、なんだか癒される。そんな気がする。とくになにかが、というわけでないのに癒されていく。なにげないチャットでさえも、だ。
さすがはヒーラーだな。
「新人さんといっても、もうまもなくベテランさんだよ~」とシーナが言う「ね~?」
「あら。そうだったの?」
「うむ。たしかに。さっきも何回かレベルアップしてたしな?」
そういえば。たしかにレベルアップしていた。途中からは戦闘に必死なのと、少しでも時間を節約したいのとでレベルを意識しなくなっていたけど。
「おそらくだけど、この中の誰よりも早いレベルアップじゃないかな~?」とシーナが言う。
「まさか」と彼は返す。まさか、そんな。おおげさな。でも、そう言われてなんだか嬉しくなっている。
「おおげさでもないぞ?」とマスターが真顔で言う。真顔だ。もともとそういう顔なのかもだけど。
「そうね、そうよね。だって私たちの頃といったら」
「100回なんてザラだったし~」
100回がザラ?
「うむ。それも毎日」
「そうね。毎晩遅く」
100回を毎日、夜遅くまで?
「いまはギルドレベルで、たっぷり経験値が入るようになったし~」
「新人さんは顕著に効果が現れますね」
「うむ。私らの頃とは比較にならない」マスターが言う「しかも武器たっぷり出放題つかみ放題」
たしかに所持品リストが、すごいことになっている。
「売るといいよ~気に入った数点だけ残して全部売っちゃえば~?」
「ですね。売って得たお金で武器を強化しましょう。もっと強くなります」
「あっというまに最強戦士のできあがり~」
「うむ。最強確実だな」
いえいえ、そんなそんな。まさかまさかですよ。
「いいえ。本当よ。現実に、こんなに早くこのクエストをクリアできたんですもの」
このクエストって、初級でしょう?
初歩の初歩ではありませんか。
「初級に何年、初歩でさらなる数年」とヒーラーらしい癒しの口調でヨツバがしゃべる、
「なにしろ、それはそれはもう遠い道のりでしたもの」
「うむ。それが私らの始まりだった」
そうなんだ。
そうだったのか。
なんて反応しよう。
ええと、ええと。
言葉を選んでいるうちに、チャットは流れていく。
だがしかし今夜のチャットは、いい感じでスローに感じられた。考えている時間があるからだ。さっきまでのクエスト戦闘中はギリギリ目一杯だったけれど。
「それに念願だった」マスターが語り始める「私らがクリアしてきた課題、乗り越えてきた難題、そうやって積みあげてきたギルドとしての名誉」
「そうね。それを誰かのために役立てられたら。マスターいつも語ってくれてた」
「ついにそれを体現してくれる新人さんの登場が~」
「うむ」
「ですね」
まさかそれって、おれのこと?
彼は答える「ありがとうございます。身に余る光栄です」いや、もっと気の効いたセリフってないのか。あるよな。ないのか。思い浮かばない。もっとネットの掲示板で勉強してくればよかった。今度ネットの掲示板でチャット会話のテクニックを学んでこよう。あと顔文字も。
て。あれ?
そういえば、このメンバー。
チャットの会話で顔文字が、ない。
使わない。使っていない。使われていない。そんな気がした。急に気づいた。だからどうした、というレベルだったが、おれには大発見に思える。
なにしろ、『ゲーム内チャットで顔文字は必須! ちゃんと単語登録してすぐ使えるようにしておこうね』って読んだから。読んだのに、まったく単語登録していないのもどうかと思うけど、あれ、あれれ、あれれれれ。
本当に顔文字が。
使われて、いない。
「こんなこと聞いたら失礼かもしれないけど」とヨツバが言う「ちょっとだけ確認しておきたいことがあるの」
「なんでしょうか」彼は返事をする。なんでしょう。
少し、想像する。聞いたら失礼なこと。なんだろう?
少し、想像した。ちょっとだけ確認しておきたいこと。どんなこと?
想像したけど、わからなかった。
マスターは無言。
シーナも黙ったままになった。
少し、時間が経過する。
あれれ。
なにが。
おれは画面を見た。
なんだろう、この空気。
思わず、文字を入力していた、
「なんでも聞いてください」
「いつも楽しく遊べて感謝しかありません」
「私に答えられることなら、なんでも答えます」
さすがに一方的に入力しすぎたかな。
おれは待つ。
どんな質問。
どんな疑問。
あるいは。
無言のままマスターが座った。すぐ立ち上がった。その繰り返しが始まった。なんだ、なんだ、なんだ。まるで、なにかに動揺しているみたいにも見える。
シーナは発言しなくなり、身動きもしなくなっている。
まさか寝落ち。いや寝堕ち?
そんなことを思って、ちょっと楽しくなった次の瞬間だ。
「輝夜さん。あなたはこのゲームほんとうに初めてですか?」
ヨツバが語る。
おれは、もう一度、その語りを読む。
輝夜さん。おれのこと。
あなたは。おれに対して。
このゲーム。紳士同盟。
ほんとうに。本当に。噓ではないよね、という確認か。なんの噓だろう、あるとしたならば。
初めてですか。初めてです。
「はい。初めてです」おれは入力する。
オンラインゲームそのものは、過去に遊んだことがある。通信経験も含めて、かんたんなゲームも含めれば、年数は長い。無駄に長い、と言ってもいいだろう。
だが。
本格的MMORPGとしてのオンラインゲームとなると。
初めてだ。

「そうですか。そうですよね。お答えいただき、ありがとうございます」
「いえ」
「失礼しました」
「いえいえ」そんな。なにが失礼なのか、まるで見当つかない。
すると。
「うむ」マスターが口を開いた「初めてのゲームで、私たちのギルドと出会ってくれた。これも、素敵なめぐり合わせだと思う。これからもよろしくね」
「はい」おれは答える。
「はじめまして。どうぞよろしくお願いいたします」
あ。間違えて違うの押してしまった。ギルドのメンバーと初対面となる人のために準備していた登録を出してしまた。おれは手打ちで入力する。
「よろです!」
「お!」シーナが言う。
「うむ!」
「輝夜さん、よろしくね」ヨツバが言う「初めてのゲームで、これから大変なことがあるかもだけど。私たち、みんな協力します」
「はい。よろですです!」おれは答える。
「よろだよ~よろだよね~」シーナが言う「このギルドみんな、かぐやんに協力する。だからさ、遠慮なんかしなくていいからさ~」
「うむ。そうとも。かたくならなくてもいい。いや」マスターが言う「かたくても、いい。かたいままでも、ぜんぜんかまわない」
「そうね。そうよ。輝夜さんは輝夜さんのまま、そのままでいいんだからね」
「だな!」マスターが言う「あらためて、これからも。よろだ!」
「よろです! よろです!」
「かぐやん、なかよくしてね~?」
「こちらこそ!」
「ところで、だ」マスターが言う「あらためてこんなこと聞くのも、なんなんだが」
「はい」なんでしょう、なんでしょう。なんでも聞いてください、聞いてください。
「このギルドは、どんな感じ?」
その質問には覚えがある。
だが、しかし。
おれは、いまなら答えられる。おれのまま、輝夜としての、おれの素直な気持ち。
輝夜は輝夜のまま。答えよう。
たとえ、それが笑われちゃうとしても。
答えよう。自分の言葉で。
仮にもし、ひいてしまわれたとしても。
自由に自分の感想を言えば、どんびきされてしまうかもしれない。
それでも。
自分勝手な言葉でしかない。そうかもしれない。
それでも。
もしかしたら、いまのおれには想像もつかない反応をされてしまうかもしれない。その結果なぜか自分が落ち込むことになってしまうかもしれない。のだとしても。
答えよう。
言おう。
伝える。
「おれ、このギルド好き!」

反応が、ない。
動きもない。
まるで回線が中断されたかのように。
いや、回線切れならログアウトされちゃうか。
で。で。で。
なんなんだろう、この沈黙。
おれ、このギルド好き。へんな答だったか?
あれ、そもそもどういう趣旨の質問だったっけ?
なあ。おれ、いったい。

画面の中で流星が始まった。
一週間に1日、必ず現われるという流星群だ。
青い夜の景色は、しだいに明るくなっていく。
光の粒子が画面に舞い上がっている。
空から降り注ぐ流星たち。地上から昇る光たち。
このコントラストが美しくて、哀しいくらい美しすぎて、
『いいや。これが最後でも。今日この体験が、このオンラインゲーム最後となってしまっても。おれ、このギルドの人たちに出会えた。最高に楽しい時間を味わえた。なによりも、みんな優しい。優しい人たちだ。わかる、わかるよ、わかるんだ。ただのキャラクターなのかもしれない。だが、わかる。つたないチャットなのかもしれない。しかし、会話が成立している。これは空想なんかじゃない。妄想でもない。あきらかに、誰かとの時間。人と人とが接している時間だ』
そんなことを想った。

「ありがとう」マスターが言う。
やっとだよ。やっとかよ。内心ばくばくもの。
いったい、この沈黙って。そう思って、ついなにか、どうでも挨拶のような言葉かなにかを入力しようとした。しようとした、その瞬間。
「マスター。続けてきて良かったね」ヨツバが言う。
「ちゃんと出会えたね~」シーナが言う「これからもっと楽しもうよ。楽しめるよ。きっと。きっと大丈夫。だよね」
「そうよ大丈夫だわ。だからほんとうに。輝夜さん、ありがとう。ね」
え。
いや。
あの。なんだろう、になんでだろう。その。これは。
「ありがとうございます!」マスターが言う「あらためまして、輝夜さん。これからも仲良くしていってください!」
いったい。
「かぐやん、よろ~」
「うん。よろよろ~」
「あは! なんか、よろよろしてるみたい!」ヨツバが言いながら、ぽわん。光を宙に解き放った。
「よろよろ。うん。なんか、ふらふらだね」マスターが言う。
「クエでふらふらですからね~」と、おれ、いや彼は言う、言いながら一回転して、持っている剣を天に向けた。
まっすぐに。
マスターが歩く。
ちょっと、少しの距離。
すると、シーナとヨツバがマスターの両隣に並んだ。
「満月に、ようこそ!」

画面に閃光が走る。青い稲妻だ。まぶしい、しかも衝撃音も来た。
ゆっくり浮かびあがる文字。
小さな文章、それがこちらへと、どんどん。近づく。迫る。文字、大きくなる。
『おめでとうございます。ギルドへの所属が正式に許可されました』
ついに画面いっぱいに。
下のほうに点滅がある。
そこには「あらためまして、よろしくね。ちゃお」と。


リアルのメッセでメッセージも届いている。
おれは開封する。

「ギルドへの応募ありがとう。

 私たちは貴君を歓迎します。

 合格おめでとう!

 これからも、よろしくね!!
 



 追伸

 課題は「好きと言ってくれるかどうか」でした。

 なかなか言ってもらえないんだよね!

 ありがとう。

 好きと言ってもらえて嬉しく光栄です。

 私たちも、輝夜のこと大好きだ!!!」





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