素直に好きと言えばいいだけなのかもしれない

清水レモン

対等の条件

「ゲーム内では序列がある」マスターが言う「少し説明させてもらうけど、いいかな?」
「はい」彼は答える「よろしくお願いいたします」
よろしくお願いいたします。は、挨拶登録しておいた。
「個々のレベルや経験値の違いがあるにせよ、私はゲーム内での人と人は対等であると考えている」
「はい」
「だが私のような考え方は少数派だ」
「そうなんですか?」意外だなと思った。
キャラはキャラ、人は人。キャラを操作しているのは人。人と人とは、リアルでの社会的地位や国籍性別の違いがあるにせよ、人間的平等もしくは対等。それが常識だと考えていたからだ。
「うむ」マスターは続ける「運営は称号の付与剥奪権を持っている。称号とは、レベルや経験値に基づいて自動的に付与されるものだ」
「はい」
「ギルドに所属していれば、ギルドの名誉も影響する」
「名誉ですか?」
「うむ。かんたんに言えば、所属するギルドによって左右される評価だ」
「ギルドの規模や実力に応じて変化する。ということでしょうか?」
「その通り。ちなみに名誉平均値は10だ。うちの満月は90を超えている」
「すごい」なにがどうすごいのかわからないが、数値が高いことはわかる。その数値の差がキャラクターの立場や行動にも影響するということなのだろうか。
「ダンジョンで獲得した宝物が高く売れる。武器商人から安く買える。同じイベントでも経験値が何パーセントか高くなる。『時の巻き戻し』機能を使える」
「まるで特権階級みたいですね?」
「ああ」マスターが語る「ゲーム内では『貴族』と呼ぶ人もいる。それだけに名誉レベルの高いギルドは人気だ。同じクエストを攻略しても、得られる経験値が高くなるわけだし宝物も高く売れる。いいことだらけというわけだ」
あらためて満月のすごさがわかる。
「体験お試しとはいえ、きみも満月の一員だ。満月の名誉レベルが与えられているよ」
「ありがたいです」
「うむ。だからって、かたくなることはない。名誉レベルはシンプルなシステムなのだから」
「と言いますと?」
「楽しくゲームを遊ぶ。遊んだ時間。それがレベルの数値になる。メンバー同士、他のギルドとも仲良く。誠実に接する。ゲーム内のキャラすべてに、中の人がいる。その意識を忘れずに行動する。その結果が、名誉レベルなんだ」
「なんだか人の徳みたいな感じがします。努力の結晶ですね」
「その通り。きみは理解が早い。しかも正確だ」
「てれますよ」実際に画面チャットを見ながら、おれはてれまくっている。てれってれだ。
「だが現実には、きみとは異なるタイプも少なくない。トラブルを起こす、やからもいる」
「たとえば、どんなトラブルですか?」おれは質問した。気になる。
「それは」マスターが話を続ける。


紳士同盟暦789年 3月 3日。


ログインは、三日ぶり。
リアルに多忙で、それどころじゃなかった。
というのは言い訳にすぎない。
たとえ自分にとっては正当な理由であっても、他人にとっては『だから何どうしたって?』ということになる、だろうな。
だからさ。あまりに多忙なとき、おれにはゲーム無理かな。って。そう思う。思ってしまう。
ゲーム内であっても、たかがゲームといっても、ゲーム内で交わした約束は約束。約束を守らなければ相手を傷つけたり、自分の信用を損ねることにつながるだろう。
画面。点滅あり。
うわあ。
開けてないや。
開けるの、怖い。
気づかなかったことにするか。開けずにログインしちゃえ。そうも考えた。けれども。
『寝堕ちか。起きたとき返事はいらないぞ』と、さりげなくチャット入力していたマスターのことを思い出していた。
さりげない気遣いのできる人だ。そう思った。優しい人なんだと思う。特別な理由とか能力とかではなく、優しさの神経回路が働いている。そんな感じの人だ。
そりゃ、マスターだもの。
たしかに。
でも違う。だからこそのマスターなのかも。
優しさの神経回路が働いている人、だからこそのマスター。
選ばれしマスター、認められしマスター。
ゆえに。君臨するマスター。
あのオーラ半端ない。
おれはお知らせメールすべてに目を通してた。
やっぱり。やっぱりだ。あのひと、すごいや。
おれは安心してログインする。

ログインした。

このまえログアウトした場所とは違う。
ここは、どこだろう?

「こんこん」
おっと。チャットだ。
マスターから。
だけじゃない!?
「こんこんこ~ん」
「こんにちは!」
「やほー」
「こんにちは。はじめましてですね?」
「こんこん」
「こんこん」
「こーん」
「コーン(*'ω'*)」
「コーン(*゜▽゜)ノ」
お!
追いつかないってばよ!!
「ログインして早速だが、どうぞこちらへ」
マスターの言葉だ。
「はい」
彼は返事する。
だが、こちらとは?
どこだ!

「ここだよ、ここ~」と声がする。
そちらを見ると、祭壇があった。
そっか。ここは教会の中か。
すると、おれの反応に思うところがあったのだろうか。
声をかけれてくれた人が説明を始めてくれる「ここはギルドの溜まり場になってるカテドラルだよ~」
「こんにちは!」あわてて挨拶する。
いや。はじめまして。が先だな。
そう思ったときには、
「ギルメンはログインすると、たいていココになってる。ギルメン初期設定あるあるだね!」
「そうなんですね」て、挨拶あいさつ挨拶しなくちゃ、はじめまして。って。
「だから何処でログアウトしようとも、次ログインするときココ。すごく便利」
「たしかに」いや、挨拶、挨拶。
「クエ継続中でダンジョンとかにいるとき、またすぐ続きからしたいときとか、ログアウトするとき設定できるよ。一瞬だけど『次の出現場所』選択モードが出るから選んでね」
「ありがとうございます。勉強になります」
「にゃはは。まあ、そんなかたくならなくていいからさ。一緒に楽しもうよ!」
「はい」おれは嬉しくなる、なんだろうこの嬉しさは、ただのチャットなのに心が軽くなっていく、そんな感じがしてきて気づいたらリラックスしていて、それで、そうだ挨拶まだだったなと思い出して「あらためまして、よろしくお願いいたします」と伝えた。
「よろ~」と返事があった。
よろ~か。
よろ。
よろでいいんだな。ヨシッ!
次からは。


「いたいた」とマスターが現れた「シーナ。こん」
「マスターこんこん」シーナが答える「このひとが新人さんだね?」
「ああ。紹介しよう」
「あらためまして」おれが言い始めると、
「もう挨拶は済んでま~す」とシーナが言う。
「そか」
「ログインしたらココでした」おれが答える。
「うむ。ギルメンはログインすると、ギルドが登録している『たまり場』に現われるようになってる。設定だから変えられるよ」
「はい。便利ですね」
「うむ。ほんとに重宝する。遠い先で戦闘していても、一瞬で帰還可能な世界だ」
「マスターは戦場にいることが多いから、ログインした瞬間は血まみれだったりするよね」
血まみれ。まじか。
「可能ならば帰還して回復したうえでログアウトしたいと思ってるんだが」
「いつもギリギリだもんね!」
「まあ、たしかに。そう。かもしれない」
「でも寝堕ちしないだけすごいよ」
「それだけは避けたい」
「けっこう、みんな寝堕ちしちゃうよ?」
「いつも疑問なんだが、寝堕ちするときは本当に眠ってるのか?」
「もちろんだよ~寝ちゃってるから寝堕ちだし」
「そか。あ。このギルドでは寝落ちのことを寝堕ちと書いている」
「寝落ちのことはわかります。あえて寝堕ちなんですね?」
「うむ。堕落の始まり、にしたくないので自戒の念をこめてそう呼んでいる」
なるほど。
「私も寝落ちしたことがある」マスターが言う「あのときカゼひきかけたから」
「マスターにもあったんだ! まあリアルで寝堕ちは風邪ひくかも~?」
「とても寒かった」
マスターでも失敗することあるんだな。と思うと、ちょっと安心する。ホッとする。同じ人間だったんだな。って。
いつのまにか、おれはマスターを完璧な徳の高い人物のように思い始めていたのかもしれない。あくまでも見かけは、ゲームキャラ。チャットは自由度の高い会話システムだからこその演出。
きっと生身の人間が、画面の向こうにはいるのだろう。
いままさにこの瞬間、どこかの場所でログインしているわけだ。

「マスター。今日はシグレのクエでみんな出かけちゃってるっぽい?」
とシーナが言う。
「みたいだな」
「みんな黙ってモクモク」
「あのクエはチャットどころじゃなくなる」
そんなクエストがあるんですか。
どんなクエストなんだろう?
すぐに聞き返したかったが、チャットが追いつかない。
挨拶の自動入力には慣れてきたが、生のチャットはレベルが高い。まだまだだな。
「きついクエストなんですか?」おれは質問する。
「きついていうか手があかない」シーナが答える。
「所定の人数が常に必要で、その戦闘に参加しているとき迂闊にチャットしてると即死だ」
「即!?」
「両手フル稼働だね~別に痛いわけじゃない。忙しいだけ」
「油断するとカテドラル」
「しかも死んだ状態で」
「回復に時間かかるし」
「ヒーラーに頼めばシュンで生き返るけど」
「たいていヒーラーは戦闘で大奮闘中だからな」
「自分を回復できずに死ぬなんてことも」
「あるあるだな。まあでも、コツさえつかめば安心して楽しめるぞ?」
クエストへの道は、あまり近くに感じられなかった。


チャットを楽しんでいるうちにクエは終了したようだ。
ギルドのチャット欄だけだったが、はじめましての挨拶を交わした。かなりの数、交わした。誰と挨拶したのか、はっきりと覚えていない。まだ挨拶していない人が誰なのか、そのうちわからなくなりそう。
ギルドのメンバー表には、所属96人とある。
大所帯だな。

「このギルドは、みんなが対等なんだよ」シーナが言う「きみも、レベル高い連中も対等。もちろんマスターも。ね?」
「うむ。そのとおり」
「だから遠慮なく楽しんでね~」
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」

このゲームいいな。始めて良かった。そんな感慨に。ひたっていると、チャット欄は。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ~」
「またね~」
「おやすみなさい」
すっかり夜の挨拶が連続していた。
おれは。
おやすみなさい。言い損ねてしまっていた。

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