高級スーパー☆チャンス堂

清水レモン

あの痛いんだけど

電話で話すより、外での会話がいい。
電話より外で聴くほうが声もいい。
そう思った。
そう思ったんだけど、それをそのまま言うと曲解されてしまうおそれがあるので言わない。
みどりの声は外で聴くと、すごくいい。
まるで風の通りみたいに、すぅ。すぅ。すぅ。
って、心地いいから。
声そのものが心地いい。
ていうか。まあ。まあね。なんていうか、なんだろね。
みどりの話の内容に意識を向けてしまうと、やるせないのさ。
なんだか責められているみたいで。
なんだか怒られている気さえする。
なんでツンツンしてんのさ、そんなに!
って、なる。
でもでもでも、外で青空でパームツリーに囲まれて潮の香りが漂っていれば、いさえすれば!
心地いい。
まるで音楽。
おれは男性アーティストの音楽よく聴くんだけど、みどりの声は別格。まるで違う。声の存在そのものが音楽。話すトーンは旋律で、語り口が律動そのもの。
だから好き。
好きなんだ。
ってばさ。

「まあまあ、そんなにしょげないで?」みどりが言う「バレテルったって、そんなに怒ってるふうじゃなかったわよ? いったいなんに使ったのかしら友だちと喫茶店にでも入ったのかしらね。って。おかあさん言ってたよ」
「バレテルばれてたバレテル」
「おかあさん楽しそうに話してくれたよ、なんていうのかな? おかあさまいわく『うちの息子がバカで馬鹿でしょうがないのよぉほほほ』みたいな!?」
「そこまで言わんでもよくないか」
「レストなんだっけ?」
「インピース」おれが答える「です」
「レストインピース!」みどりが言う「デス!!」
模試代ちょろまかしてるのバレテルとしたら、ていうかバレテルみたいだしバレテルならもう。もう、もう、もう。無理だよな、お金の調達。どうしような、お金。これから。
ためいきしか出てこない。
「とにかく、まああれよアレあれねアレ! アレっていうかその」
「なぐさめてくれてるのなら感謝しますです」
ばかにされてるとしか思えないけどな。
「大丈夫! なぐさめてなんかないから!」
「それこそ意味不じゃ」
「なぐさめてなんかあげません!!だから安心して!」
「なにをどう安心するんだよ」
「あきらなら大丈夫!!!」
みどり、ときどき意味不明。
明日からの資金について思い馳せると気が重くなる。

いつのまにか、建物の外壁が目の前。正面入り口ゲートらしきもの。ポスターのようなシルエット。
たぶん、あれか。
「あれだな、見て来いよっていうポスターって」おれが大きなポスターのシルエットを指す。そうかもね、と小声みどりがつぶやく。風の音が大きい気がする。潮の香りも濃くなってきた。パームツリーが遠く感じられて、そのかわり化学薬品の匂いもする。気がする。気のせいかもしれない。塗装のほうか。塗料の匂い。塗膜が放つ物質か。空気の対流がゲートの周囲にあって、強い風とは別の流れが発生していた。
「ちがう」みどりが言う。
なにが違う?
おれも見る。
ポスター。

ポスターは、開店告知のみ。
特価品リストだった。
チラシやハガキと違って、商品の写真もプリントされているので、とてもわかりやすい。
けれども。

「求人案内じゃない」みどりがポスターを見て言う。
「どこかに小さく書いてあるかも?」おれが一歩さらに近づいてポスターを観察する。
「そんなに舐めなくても」
「なめなくても?」どういう意味だそりゃ。
「あきらって、ポスター平気で舐めまわすよね?」
「舐めてません」しかも平気でって、なにがどう平気なんだ。
「印刷の匂い? インクの香り? そういうの好物でしょ」
「いみわかんないし」
「まえにホラあれ美術館に行ったときのこと」
「美術館がどうしたって?」
まさか舐めてたとか言わないよな?
「絵に近づいていって、どんどんどんどん」
そりゃまあ、近くで見るよ。絵。そのために行くんだからな、直接この目で絵を見るために。
「舌を出してさ」
「はあ!?」
「こうなんていうのぺロリ? みたいな」
「な! 」そんな覚えありません。
「まあ確かにね気持ちはわからなくもないんですけど?」
「ん?」
「裸婦画モデル足のあたりに接近してから、こう」
「ちょ」
「ぺぇ~」
「してないだろ。しかも今するなよ」
「ろ!」
「あきら好きだもんね~女の裸。とくに裸。まれに裸たまにヌード」
「く」くりかえさなくても。
「とくに足が好物なんですかね~ね~ね~?」
「あの。みどりさん。場所を移動しましょう。か。ね?」
「はぐらかすのがまたもう証明証拠でグッジョ!てなもんなのかしら。ね?」
「いったいなにをおっしゃられてるのでしょうか」
「ねー?」
訊いてるの、おれなんだけど。
みどりときどき、おれをからかう。おれが面白い反応するわけれでもないのに。からかう。いみがわからなくて困惑する。困惑するけど腹は立たない。わけわからない。
ただちょっと、恥ずかしいだけだ。


みどりと会話していると、むしょうに恥ずかしくなることがある。
どう反応すれば。
どう対応すれば?
どんな態度で返す?
まるで、わからない。
でも、ひとつだけ。
わかっていることがある。
これは昔から。
ただし、ある時期から。
ある事件を、きっかけに。
そこから、こうなった。
それはハッキリ覚えている。
みどりの口調が、からかいモードに変わったら、さんづけで呼ぶ。彼女、さんづけ。丁寧に。イメージは執事か使用人あるいはホテルマン。おれは言う、
「あっちにも入り口っぽいとこ、たしかあったよ?」
「そうですね! 行ってみましょうか!?」みどりは静かにテンションあがってく。それが、わかる。
こういうとき、かなりやばい。
彼女そのものに問題ない。
おれがヤバイ、やばくなるのおれのほう。
「あっちなら求人案内ポスターになってるのかも?」おれは言う。ちょっとだけ声を高くしてみた。つもりが異常に高くなってしまった。そんな気がした。
「そうですね! 行ってみましょ行ってみましょ行ってみましょ」
「うん?」
「デス!」
ああ。みどりが発動した。なんか発動した。スイッチ入った。わかる。見た目や態度その仕草だけでは読み解くことの困難な、とある種族に入れ替わってしまうスイッチが。
オン!
おれには聞こえた。

「ねえ、あきらさん」
「なんだ~い?」 さんづけもヤバイ。
「あきらさんは、どうして女の人の裸が好きなんですか?」
「美しいからです」
「美しいから好きで、美しくないと好きではないんですか」
「美しさには強さがあるんです。もう、それはそれは、強い。美しいからこその強さ。それを、いちばん感じるのが」
裸婦画。ヌード。その女性美だ。
「美しくて強くないと見るに耐えないのでしょうか? か? か」
「いつも目に見えてる世界には、なかなかないだけです」
「ん?」
「ふだんは見えない。見る機会もない。それが見られる。たとえば美術館。そこで出逢う絵。そのとき、こう、なんていうのかな」
「なんていうのです?」
「エネルギーもらえる。伝わる。伝わってくる。伝わってきて、こっち見てるこっち、おれのほう。すごく」
「すごく?」
「強くなる」
「強くなる?」
「強くなった気がする」
「かたくじゃなくて?」
「強くです」
「かたくなった気がします」
「強くです!」
「固くです?」
「美しくて見とれていると、どんどんこっちも強くなっていくっていうか。満たされていくっていうか。エネルギー満たされて元気になって」
「それでずっと立ちっぱなしになるんですわね?」
「見てるだけです!」
「見てるだけ。そうね、そうでした、そうですわ。見てるだけ。で立ちっぱな」
「近づくのは、どんな材料で描かれてるんだろうって知りたいからです!」
「だからって舐めちゃいけませんわ」
「だから舐めたことありませんて」
「毒」
「え?」
「絵を描くときの。材料。毒も少なくなくてよ?」
ああ。たしかに。たしか「エメラルド、とかのことかな?」猛毒だって聞いたことがあるような読んで知っているような。
「美しい。だからって舐めていては、いつか毒にやられてしまいますわ」
「気をつけます。舐めたことないけどね!」
「噓おっしゃい!」
「え!?」
「噓いけません」
「どうしたのかな~?」
「噓どろぼうの始まり」
「みどりさん?」
「私のこと舐めたことあるじゃない!」
「ちょ」
「私の腕とか頬とか足とか足とか足とか足とか」
「ちょ。ちょ。ちょ。み」
「ふともも!」
「みどり!?」
「私の、ちっとも太くない、ふとももまるで美味しくない菓子パンの表面みたいに舐めたじゃない!」
「いや。あの。あれ?」
今日は、どっちの方向に進むんだろうか。
このスイッチが入ると、ABCの進路ではなく、いきなりXYZにワープする。ことがある。ことが多い。
「おいしくなかったんでしょ~でしょ~でしょ~」
「や。あの」
「ですよね~あきらは文字通り太い太くてふてぶてしくテカッてるふとももが大好物でしたものね~」
「その言い方なんか」毒がある。毒がある。そこがまたいい。
「私なんてふともも名乗ったらダメなふとももダメ足ですもの。ね。ね。ね。」
おれは深呼吸する。
仕方ない。とにかく深呼吸だ。
まずは自分が落ち着こう。売り言葉に買い言葉になったら、おしまい。そう。そうだとも。この展開の先に待ち構えているのは、おれの負け。それも無残な。
それだけは避けたい。
「そうなんでしょ~?」
いたってクールな横顔の、みどり。そう。彼女このスイッチが入って語るモードに突入すると、なぜか横を向く。その横顔が妙にクールでカッコいい。かわいいという表現が似合わないくらいにカッコいい。だが。
そのことを、そのまんま言ってしまうと最悪。
この展開。前にもある。この展開。あちこち地雷だらけ。この展開。あのときと同じ。いや違う。同じだと思ってしまうから間違える。同じではなく、似ているだけ。すごく似ている。似ているから『あの日あの時あの場所と同じ』ように錯覚してしまう。その錯覚がトリガーとなってしまい、みどりさん彼女が暴走する。暴走はしないか。ただ、みどりさんは、みどりさまになってしまわれる。それも避けたい。避けなくちゃ。避けられなければ大変なことに。
「あのさ」おれは横顔に話しかける「みどりさん、おれ。おれな、おれなんだけど」
「おれは、おれなんだけど? てイミフ」
「いちばん好きな植物って幸福の木なんです」
「幸福の木。ああ、あの」
「です」
「ドラセナのことですね?」
「です」
「それでドラセナを恋人にしたいとでも言うのん?」
「言いません。幸福の木が好きで育てているけど、けど、けど。けども」
「も?」
「ひとといるのが好き。みどりさんと、こうやって出かけたり話したりするの。すごい好き」
「私も好きですよ。あきらとお出かけ。あきらとおしゃべり。あきらと」
「それ以上なんです!」
「ん!?」
「それ以上なの、それ以上。その説明させてさせてください説明いまから説明ね。ね!ね!ね!」
「ふ~?」
「ね!!」
「ハイ。ん。ふ?」
「パームツリーを見ると、ワクワクします。ワクワクすると元気が出てくる。だからパームツリーの並木道ができてすごくうれしい。うれしくて嬉しくて、ついつい走っちゃう。近くに行きたい、走りたい、通りたい。だからあの道あの坂、のぼったり、くだったり」
「自転車の話ね、いつのまにか。いみふ」
「だけどパームツリーには触らないんだよ!」
「ぬ?」
ぬってなんだよ。まあ、いいや。続ける。
「パームツリーには触らない。触れない。おれにエネルギーを与えてくれるものには敬意を表するし、なんていうのかな。うやまう。ていうか。つまり。その。なにかこう、距離がある。あるっていうより、距離が必要。だからパームツリーが好きで眺めていたくて近くを走るんだけど、一定距離以上は詰めないんだ。近づくにもほどがある」
「そういえば会話してますよね、たま~に。植木さんたちと!」
「あれは妄想です!」
「妄想のほうが。恥ずかしい。と思いませんか?」
「もともとおれの存在そのものが恥ずかしいんだよ!」
「妄想だから相手の話が本当か真実か科学的に証明することはできない。できないんだ。だけど、ひとは違う。違うよね。ひとはさ、ちゃんと話してくれるし語ってくれるし説明して納得したり誤解したり質問したり」
「それが会話というものでしょう?」
「そ。それ。そこだよ、そこ。それが大事なポイント」
「へんなの。意味不ですね」
「ひととの会話には妄想が入り込む余地がない」
「そんなことないと思いますよ?」
「おれは、みどりさんの言葉と気持ちをいちばんにしてます!」
「ん」
「妄想の余地があったとしても。みどりさんがいった言葉そのものと、どういう気持ちなのかを。そういうのを。いちばんにしてます」
「ふ~」
「みどりさんは、みどりさんそのもので、そのままでいいんです」
「んふ」
少し表情が、なごんだ。かな。錯覚かな。
「みどりさんは細くても少し肉がついてもそれはそれでいいんです」
「そ。そ。そ」
「誰かに何か言われても、まずは!まずは! おれの言葉を言葉のままに受け止ってほしいんだ。よ?」
「の」
「太っていれば痩せたいと思う? モデルみたいに細く。とか。痩せていれば丸みをつけたいと願う? アイドルみたいにセクシーかわいく。とか」
「ん~」
「みどりさんは、みどりさんのままがいい。みどりさんのままだから、同じだったり変化もあったりするだろうけど。けど。けど」
みどりさんが黙る。妙な 声を発しなくなった。チャンス到来だ。
「みどりさん」
「はい」
「おれ。きみのことが好きだ」
彼女おれのほうを向く。
目が合う。
その瞳に元気のカケラもない。ように見える。
ここで目をそらしたらダメだ。
とりあえず、なんでもいい、何を感じても何を考えても、なにを想っても思わなくても! 
だから、もう視線を!
決して、そらすなよ!!
少なくとも、おれのほうからは。
彼女が横向くか俯くか空見あげるか何か視線をそらすまで。それまで。それまでは、
決して視線をそらすな。
よかった大丈夫そう。みどりが穏やかになった。いや、もともと穏やかなんだけど。
よかった大丈夫そう? みどりが少し髪を触り始めた。この仕草が、なんの合図なのかいまだにわからない。でも良かった、なごやかな空気が戻ってきたから。
彼女から視線そらさないままでも、空の青さが視界に入っている。
遠い距離だけれどパームツリーが風に揺らめいているようにも感じられる。
おれは半歩みどりに近づく。
みどり。きみがコンプレックス抱えているのは知っている。よく知っている。理解しきれていないかもだけど、ちゃんと受け止めている。

きみは背が伸び始めたとき『大きくなりたくない』と言っていた。『女の子は小さいほうがかわいい』って。誰かに何かを言われたのかもしれない。でも今は少しだけ理解できる。気がする。シンプルに、きみが小さい女の子がかわいいと想っていて女の子は小さいほうがいいから大きくなりたいと言った。それが本心かどうかなんて、彼女自身だって知らないんじゃないのか。

きみは細い体のことを他人に指摘されて、その表現よりも込められた悪意のほうに敏感だったんじゃないのかな。細ければ骨格標本と言われるし、逆なら逆で別の言い方をされただけだよ。どっちにしろ、どちらだって、きみ自身が自分のことを嫌わなければ大丈夫なんだ。みどりが、みどりを好きになれ。それが、みどりのこと大好きなおれの、ひとつの願いだ。
祈りかもしれない。願いというより、願いなのかもしれない。

自信を持て。
そう言ってしまったことも、あった。
彼女は、おれをひっぱたいた。
傷つけてしまった。
痛い思いをしたのは、おれのほうだよと当時は感じたけれど、ひっぱたいた手のひらが厚くなっていたんじゃないかと予想する。想像する。妄想とは少し違って欲しい。空想だとしても、きみのことを知る手がかりになってくれれば。くれさえすれば。

「あきら」みどりが、ふいに呼んだ。
「みどり?」ちょっと疑問系。
「あきら」少しトーンが下がる。
「みどり」今度は、正しい調律で声にできた。
「わたし」
うん?
「てめえのことなんか、なんか、なんか、なんか!!」
え。
回転した。ちが。旋回か。空。あれ?
背中と首辺りに熱いなにかを感じた。
痛い? 思わず自問自答する。
てめえのことなんか「だいっきらいだっていうの!」
足を、はらわれた。ようだ?
理解したとき、彼女おれの腹を思い切り踏んでいる。
踏んでいる。踏んで。
おれ。








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