君のハートもマリンブルーのままでいい

清水レモン

ついつい、つい。

夏期講習が始まった。
炎天下の駅前ロータリーから汗だくになって街路樹沿いに歩いていく。
いいよな、予備校行かないやつら、あいつら、な。自由で。
おれ、予備校。なんで夏期講習。なんで、なんで、なんで。
ひとつだけ楽しみにしていることがある。あるには、ある。あるな。
それが。
クーラー。

たぶん、すごいことになってるぞ?
教室に入ったら冷え切ってる。はず。だと思う。
おれは準備万端で涼む気満々の汗だらだら状態になりつつあった。
しかし熱いな。暑いていうより熱い。しかも、なに?
なんで。なんでなんでなんで、おれ急いでるのかな。かな?
夏期講習の初日。いちばん初めの授業。
実は遅刻確定なんだとさ。
だって、しょうがないじゃん。
電車どんなに頑張っても、これにしか乗れないんだから。
一本前?
そんなのに乗ったら一時間前だよ?
ぎりぎり。ぎりでいい。
て思って、そうプランして、行動した。んだけどな。
いきなり信号トラブルで途中駅待機。
そのときは、まあ、そんなこともあるさ。て感じ。
次の駅に着く前。なんか途中で停車?
ゆっくり走ってたのかもしれない?
どうだろ。
電車ゆっくり。とまった。シューって。音がしてる。がくん。
衝撃とともに再び走り出したら止まらないぜ。
いきなり猛速域でカーブふっ飛ばしてる。
だけど着いたの10分遅い。
確か駅から徒歩5分だっけ10分だっけ走れば3分くらいかもしれない。
信号あったはず。
もういい、もういいよ。遅刻確定。ゆっくり走ろう。いや走らない。
だから遅刻確定。それでいい。焦らず行こうぜ。
なのに、なぜ急ぎ足っぽいんだろうか。か? か。か!

予備校の校舎は赤煉瓦。
ふうの外壁。フェイクだな、これ。
初めて見たとき『カフェみてぇ!』て感動したのを思い出す。
あれは夕暮れだった。トワイライトマジックだったな、完全に。
いま夏の陽射しの下で直視する校舎は、なにこれ赤煉瓦ふうに絵が描いてあるじゃん。
だが悪くない。悪くないぞ。見せかけだけなの、いいぞいいぞいい!
まるでハリボテみたいで、本物っぽくて本物じゃなくて、本当にニセモノでした。
て感じで。
うん。悪くないな。おれ、ここ気に入った。

扉を開ける。開けるよ。開けたよ。開けたよ?
自動ドアじゃないのか。

で。なにこれ。むっとす。
熱いんですけど。暑いなんてもんじゃない。熱い熱い熱い。
クーラーどうした。エアコンは? 完備って言ってたじゃんかよ!?

つい声に出していたのかもしれない。
そんなつもりなかったけど。
声がした。
『ごめんね~さっき急に停電なっちゃって』
声の主どこ。どこ? どこ!
『すぐ復活するはずだからさ~』
声の主。どこどこどこ。
いた。
ガラス窓の仕切り越しに、こっち見て。見てる。見てるね。
あ。目が合った。

おれ瞬時に、やった、て思ったね。思ったよ。もろ好み。まじ好きかも。なにそれ、その美少女お姉さんお姉さま、え? 聞いてないんですけど。
『夏期講習申し込みに来たとき、いたっけ?』
いなかった。いない。いない、いない、いなかった。
ひょっとして夏のバイトかな。かな。かな?
予備校の窓口、受付のアルバイト。
エアコン完備で働きがいありそう。

まずい。いや、まずいな。いつもの何かが発動してしまった。
ついつい、勝手に想像を瞬時にしてしまう。おれのクセ、わるいクセ。
心を読める人だと、全部つつ抜けな!
ついつい、考えてしまっていた。
そのあのこのそのお姉さまと仲良くなって親しくなってウキウキウェイクミーアッ! な。その美少女お姉さんと毎日いつも会話を交わして、このお姉さまとお姉さまとお姉さま、うん、お姉さんがお姉さまになってくれるんだよ、くれるんじゃないかな、くれるといいんだけどな。な。な。

「おはようございます」おれはガラス窓に向かって言い放つ。
「おはよう」お姉さんが言う、「あついよね~」お姉さまが答えてくださる、「もうちょっとだけ。がまんして?」
「はい」全然大丈夫ですよ。

汗ぴっしょり。大丈夫じゃない。シャツぴしょぴしょ、ぴしょ。
あ。でも、なんか。
汗が汗で汗かいてるから汗に汗汗汗これ、これこれ、これアレこれってさ。
ちょっとの風を感じただけで、スゥーッて涼しくない?
すぅー。
涼しい!
「涼しい」おれは声に出してしまったようだ。
「涼しい?」
「涼しい。かも」
「かも?」
「涼しいです」
「暑くてアタマやられちゃったね~」
「大丈夫です。安心してください」
「とりあえず教室、行って待っててね?」
「はい」
本当に涼しくなってきた。
汗かいて、じわー。
汗かわくのかな。じわー。
さっきまで、ぴしゃぴしゃしてたのが、サラサラ。
あれ、あれ、あれれ。あれれえ?
なんだかもうサラサラですよ!

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