高嶺の花と呼ばれた君を早く僕のものにしたい

森本イチカ

ハートの半分と再会


 高嶺の花。
 遠くから見るだけで、手に入れることの出来ないもの。憧れるだけで、自分には程遠い。そう学生時代から呼ばれ続けた桜庭華(さくらばはな)は医局に入りたくても入れずにドアの所で息を潜めていた。
「桜庭は美人だけど気が強くて可愛げがないよな」
「あ〜分かる分かる。まだ若かったらいいけど、確かもう三十だろ? もう少し可愛げがないと婚期逃すよな」
「いや、女医でしかも外科医ってところで既に婚期逃してるだろ」
 男性医師三人が華の話題で盛り上がっている。
「この前も呼ぶのに後ろから肩叩いただけで睨まれたぜ。まぁその顔もすげぇ美人なんだけどさ」
 華は小さく溜息をついた。
(私だってこんな風になるはずじゃなかったのになぁ)
 なかなか医局に入れず華は壁に背をついた。
 華の外見は高嶺の花と言われるだけあって美人だ。一度も染めたことのない艷やかな長い黒髪は勤務中は一つにくくっている。すっきりとしたクールな目元の縁には一つのホクロ。それがセクシーだとよく言われるが、生まれた時からついている黒い点としか自分には思えない。
 高嶺の花、なんて呼ばれたくないのに外見からそう呼ばれ、性格もクールだと思われてしまい華はいつしか自分の性格を偽るようになった。本当は人見知りで小心者で泣き虫。そんな本当の華を知っている人は数少ない。
「はぁ」
 とめどなく溜息が溢れ出した。チラッと医局の中を見てみるが三人の男性医師は未だにおしゃべりをしている。
(早くどっかに行ってくれないかしら)
 睨みたいわけじゃないのに、どうしても男性のことを睨んでしまう。怖くて。
 ふぅ〜と生ぬるく緩い風。耳元に当たる不快感。高校生時代、華は何度も痴漢にあっていた。
 思い出しただけでも身体の震えが止まらなくなる。そのせいで大人になった今もどうしても男性が苦手なのだ。最初から男性だと分かっていて対応するのと、突然の接触とじゃ心構えが全く違うからか、怖くて触れられるとつい睨んでしまう。それに高嶺の花と呼ばれた華は男の子と接する機会も元から少なく、どう対応していいのか未だに難しくて分からないのだ。
(唯一私と仲良くしてくれた男の子ももういないし)
 華はそっと首から下げているチェーンに触れた。
「尊臣くん……」
 小学生時代の幼馴染の高地尊臣(こうちたかおみ)。小学生時代から美人で一目置かれていた華と唯一仲良くしてくれた幼馴染の男の子だ。同い年なのにしっかりとしていて兄のような存在の尊臣は真っ直ぐで芯の強い漆黒の瞳をしていた。
 華は首から下げているチェーンを手繰り寄せ、ペンダント部分を手のひらに乗せる。
 ハートが半分に割られたペンダントは小学生の頃に流行ったデザインのペアネックレス。華の持っている半分のペンダントともう片方を持っている尊臣のペンダントを重ねると一つのハートになるらしい。尊臣がアメリカに引っ越す時に華にくれたものだ。最初はなんの形だろう? と不思議に思ったが母に聞くとハートのペアネックレスだということが判明した。渡してくれた時になにか尊臣が言っていたが華は別れが悲しく泣きすぎてうまく聞き取れなかったのだ。
「また会えたらいいな」
 唯一の仲の良かった友達に。華はボソリと呟き、ネックレスを服の中にしまった。その瞬間、華の身体が後ろから誰かに抱きしめられた。
「やっぱり、すぐに見つけられた。華」
「ひっ……」
 耳元に低くてよく響く声を流し込まれ、吐息にゾクリと背筋が凍った。ドッドッドッドと心臓が不穏な動きをし、いきなりのことで怖くて身体が動かない。声が出ない。固まる身体に容赦なく、男は華を抱きしめ続け、サラリと黒い髪が頬をくすぐった。
「こんなに広い病院の中でも華ならすぐに見つけられる。こんなにいい名前をつけてくれたお父さんには本当に感謝だな」
 ――え?
 華という名前をつけてくれたのは癌で華が小学三年生のころに亡くなった父親がつけてくれた名前だ。一本でも周りを明るく照らしてくれる華やかな花のようになって欲しい。迷子になってもすぐに見つけてやれるから、とつけてくれた大事な名前。その由来を知っているのは母親と華の唯一仲良くしてくれていた尊臣だけだ。
(嘘っ……)
 華は慌てて抱きついてきた男から身体を引き離す。華に抱きついてきた男とばっちり目が合った。嬉しそうに目を細めて笑っている。
 ずっと何年も会っていなくてもこの笑顔は間違えるはずがない。凛とした瞳を細めても漆黒がしっかりと華を捉えてくる笑顔に懐かしい気持ちが込み上げてきた。
 でも、本当に本人なのだろうか。似てるだけで違う人? それとも――
「尊臣くん、なの?」
 震えそうな声を発し、華は白衣を着た男を見る。
「ただいま、華」
 ずっと会っていなかった尊臣が急に目の前に現れた事が信じきれず、華は両腕で自分自身を抱きしめた。

コメント

  • ノベルバユーザー601444

    タイトルに惹かれて読み始めましたが、内容もとっても面白くてスラスラ読んでしまいました(^^)
    続きを楽しみにしています!

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