輝きを織り成す祭りに誇りを捧げて

清泪(せいな)

うがい

 
「やっぱり、お母さんの言ったこと本当だったんだね」

「ああっ!? あの女、言いやがったのか。祭の真相は言わないのがしきたりなのにな! 恥ずかしげもなく、自分の娘によくもまぁ――」

 どすっ、と尾児は音を聞いて言葉を遮られた。
 何が起こったのかはわからないが、左脇腹辺りに冷たい何かが入ってきて、そして妙に熱い。
 ぐぶっ、と思わず声が漏れた。

「何かしたか、お前……」

「お母さんを辱しめたのは、お前だろうが!!」

 翼は叫んだ。
 叫び、右手に掴んでいたナイフをもう一度尾児の腹に刺した。
 昨晩、全てを打ち明けた母親に持たされた護身用のナイフ。
 母親は泣き崩れていたが、翼は到底信じれるものではなかった。
 父親のいない翼にとっては、尾児は父親の様な存在だったからだ。

 翼は何度も何度もナイフを刺した。
 尾児も抵抗して翼の顔を強く殴ったが、翼は怯まなかった。
 刺すのも抜くのも力がいったが、無我夢中に尾児を刺した。

 やがて、尾児の身体から力が抜けて横に倒れ翼から退いたが今度は翼が上に覆い被り、ナイフを刺した。

 神社の扉が開き、長束が駆け込んできた。
 血が飛び散る惨状を見て、長束が翼に制止の声をかけるも翼はもう動かなくなった尾児の身体にナイフを突き刺すのを止めようとしない。
 長束は飛びかかるようにして翼の動きを止めた。

「嫌、離して!」

「止めろ、もうこの男は死んでる!!」

「それでも、それでも、まだ足りないんだ! 今までの巫女が受けた辱しめには足りないんだ!!」

 長束に押さえられた翼は血走った瞳で尾児の死体を睨んでいた。

「君が背負うようなことじゃない。もういい、ナイフから手を離せ」

 呼吸をあらげていた翼は長束の言葉にようやくナイフを手離し、仰向けに倒れたまま泣き出した。

「そうだ、泣いて、泣いてしまって、今日の事は忘れろ」

「でも、私、私は人を……」

「人じゃないよ、コイツは鬼だ。伝統が生かし続けた鬼だ」

「鬼……」

「君は鬼退治をしたんだ。この町を救うために。そう思って、そして、忘れろ」

 長束は優しくそう言った。
 微笑むことはしなかった。

 
 暫くして頼斗が神社に駆け込んできた。
 急いできたらしく呼吸が荒々しい。
 しかし、入ってきて惨状を見て息を飲み込んだ。

「これ、どういう状況っすか?」

「すまない、扉を開けるのに手間取った」

「そんなの、説明になるかよ……オレはこんなこと頼んでねぇぞ!?」

 頼斗は長束の胸ぐらを掴んで怒鳴った。

「違うの、頼斗兄ちゃん。私が――」

「頼斗君、君もある程度予想していた通り、そこの尾児が巫女を襲っていたんでな、助けるために僕が刺した」

 違う、と言おうとした翼を長束は手を向けて制止する。

「オ、オレはそんなこと……」

「予想していた、というより気づいてしまったんだろ? 尾児が毎年やっていたことを。だから僕に神社に向かえと願い出た」

 頼斗は返事を返せずにいた。

「巫女の話を聞いた時の青ざめた君を見て不思議に思った。尾児の言う通り巫女が生け贄だということにショックを受けたのかと思ったが、違う。鬼、だったんだな」

 つまらない当て字だ、と長束は続けた。

「片付けは責任持って僕がしよう。二人は速やかにここから出て何事も無かったように祭を楽しんできてくれ。そして、この事は忘れろ」

 無茶苦茶な物言いの長束に押し出される形で頼斗と翼の二人は神社を出ていった。
 血だらけの巫女装束の始末は外で待っているだろう母親に任せるとしよう、と長束は思った。
 何よりもまずは尾児の死体の処理だ。
 そういうのを専門にしている知り合いに電話をかけた。

 出前を注文する様な手軽さで死体処理を頼み終わると、それを待っていたかの様に誰かが神社の扉を開けた。

「終わったかね、長束君」

「終わりかけているってところですかね、佐脇さん」

 杖をついた白髪の老人が中に入ってきて、扉を締めた。

「すまないな、こんな依頼をしてしまって」

「いえ、こういう依頼を受けるのも僕の仕事ですから」

 長束は軽く会釈した。
 人懐っこい笑みを浮かべている。

「これで、我が町の忌まわしい伝統も終わる。儂が死ぬまでに果たせて良かったよ」

「悔いは残したくないタイプなんですか?」

 そうかもしれんな、と佐脇は笑った。

 
「この町には鬼の血が薄く残ってるかもしれんが、鬼の名と伝統を受け継ぐものを断てて良かったよ」

「ああ、死体処理まではしますが、後の事はお任せしますよ」

「神隠し、として処理するつもりだ」

「鬼については誰も語りたがらないでしょうからね、神隠しでまかり通るんでしょうね」

 変な町ですね、と長束は言う。
 否定はしない、と佐脇は答えた。

「それにしても、いつしか尾児はこうして殺されていたんでしょうから、僕に依頼する必要は無かったのでは?」

 長束の問いに、ふーむ、と佐脇は唸った。
 杖でとんとんと床を叩く。

「儂の死期が迫っていたので急ぎたかったというのもあるが。そうだな、うがい、したかったんだよ」

「うがい?」

 長束は首を傾げた。
 佐脇はそのまま説明もせずに神社をあとにした。

 また死体と取り残された長束は死体処理の知り合いが来るまでの待ち時間で、うがいについて考えてみようと思った。

 さて、この町の病気はうがいすることで治るのだろうか?

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