輝きを織り成す祭りに誇りを捧げて

清泪(せいな)

祓主

 
「あの、オレ、この辺で。明日の準備に戻らないと」

「あ、そうかい。悪いね、休憩中に」

 長束の言葉に、いえ、と一言返し頼斗は軽く会釈をして休憩中の青年達の輪に入っていった。

「どうしたんですかね、頼斗君? 少し気分が悪そうでしたが」

「頼斗は幼い頃から祭に関わってますから、人身御供だとか聞かされて少し気分が悪くなったんでしょう。まぁアイツもいい歳だし、理解してくれて上手く飲み込んでくれると思いますけどね」

 飲み込んでくれる、という表現に長束は少し引っかかったが深く聞く事はしなかった。
 代わりに気になっていた質問を尾児にぶつけた。

「尾児さんは、若い方に随分人気なんですね」

「え、ああ。この名前通りね、親戚の叔父さんみたいな扱いですよ。恥ずかしながら、もう時期五十にもなるんですが独り身でね。それで、祭を通じて若い奴らと親子とも兄弟とも友達とも言えそうな関係を築いてるんですよ。下手すると家族とも言えますね」

 尾児がそう言って笑うので、長束も笑って返した。

 
 時刻は夜の七時を過ぎて、前日に行う準備が一通り出来たのを確認すると女性達は作業を終了し解散するところであった。
 そこに公民館の玄関より一人の女性が帰ってきた。
 玄関口で何やら言い争いをしていた様で会議室内では心配の声があがっていた。

「何かあったの?」

「春日井さんちの頼斗君が来たわ。翼ちゃんに会わせてくれって」

「頼斗が? 翼ちゃんに?」

 女性におうむ返しで返したのは頼斗の母親であった。
 その隣では翼の母親が同じ様に動揺している。

「祭前日の夜からは巫女と祓主はらいしゅは会うことはできないとしきたりを説明して帰ってもらったけど……」

 祓主とは神輿の上に乗り巫女を救いにいく役割を担う者の事を言う。
 鬼を祓う者としての役割も担う。
 前日の夜から巫女と祓主が出会えないしきたりとは、巫女を供え物として差し出す際に鬼に怪しまれない為という意味がある。
 鬼が供え物を得なかった際には更なる災いが起こると昔から恐れられている。

「なんで頼斗君が翼ちゃんに会いに?」

「理由は聞いてないわ。ただ会いたいとだけしか言わなくて」

「春日井さん、頼斗君には?」

「……もちろん何も話してません」

 頼斗の母親は顔を青ざめさせて、口を手で押さえ震えていた。
 近くの女性達がそんな頼斗の母親を支える。
 机を挟んだ反対側に座る女性達はそんな頼斗の母親を冷たい目で見ていた。

 翼は不思議に思っていた。
 なぜ頼斗兄ちゃんは自分と会いたがっているのだろうか?
 なぜ頼斗兄ちゃんが自分と会いたいと言っただけで、周りの大人達はこんなにも動揺しているのだろうか?

 母親に聞けばわかるのだろうかと、翼は母親の袖を掴んで少し引っ張った。
 翼の母親はそれに反応して翼の方を向いた。
 少し震えている様子だった。

「翼、ちょっと部屋出ようか」

「小野田さんっ!?」

 机を挟んだ向かいから避難めいた声があがる。

「すみません、この子がトイレに行きたがるもので」

 母親はそう言って立ち上がると翼を引っ張るように連れて会議室を出ていった。

 
 頼斗は公民館の前で、くそ、と吐き捨てて転がっていた石を蹴っていた。
 蹴られた石は隣接する道路に転がっていき、通りすがりの車に弾かれて何処かへと飛んでいった。

「頼斗君も門前払いかい?」

 その通りすがりの車の影から長束が現れて、頼斗は驚いた。

「“も”、ってことは長束さんも?」

「巫女の話を聞いたもんで、あの後直接巫女に取材をと思ったんだけどね。関係者以外立ち入り禁止だって、中の女の人が」

 長束は公民館を指差し肩をすくめる。
 尾児にも頼んでみたが、断られたなら無理だね、と返された。

「頼斗君は?」

「オレ、明日祓主って役割で。祓主ってのは巫女と前日の夜以降会えないしきたりがあるって、断られました」

 ため息をつきうなだれる頼斗に、ふーん、と長束は頷いた。

「それで、頼斗君は何の用事だったんだい?」

「え? あ、その、翼に……巫女に伝えたい事があって」

「伝えたい事? その様子だと急を要する感じだけど?」

 頼斗は、はい、と返事をしたものの次の言葉を発するかどうか悩んでいた。
 
「……あの、長束さん、お願いがあるんですけど」

「お願い? 僕に?」

 長束は自身に人差し指を向けて尋ねた。

「明日、祭が始まったら直ぐに織輝神社に向かってもらえませんか?」

 頼斗は頭を深く下げた。

「取材で来てるのはもちろん知ってます。始まってすぐ神社に向かえば神輿が町を駆け抜ける様を見れなくなることも承知してます。その上で、無茶苦茶な願いではありますが――」

「いいよ」

 まくし立てるように懇願する頼斗に、長束は軽く返事した。
 驚いて顔を上げる頼斗。
 長束は人懐っこい笑みを浮かべていた。
 元からそうするつもりだったかのように。

「いやいや、驚かないでくれよ。いいよって言ったんだよ」

「でも……」

「ご覧の通り、僕はカメラを持ち合わせていないもんで、神輿を見たとしても記録するものが無いんだ。だから、神輿が町を駆け抜ける様を想像で書いたって大差無いさ」

「大差無いって」

 神輿の移動に関わる人間として頼斗は反論したくなったが、見るなと言った口で反論も何も無いので我慢した。

「それに必死な願いだ、無下にはできないよ」

 ありがとうございます、と頼斗は再び頭を深く下げた。

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