武田信玄Reローデッド~転生したら戦国武将武田信玄でした。チートスキル『ネット通販風林火山』で、現代の物をお取り寄せ無双して、滅亡する武田家の運命をチェンジ!

武蔵野純平

第37話 説得する事、なぜそうなるの如し

 香がチョンチョンと、俺の肩を叩いて小声で聞いて来た。


『ねえ! 何でよ! 私の時は反対意見ばっかりだったのに!』


『昔、会社でベテランに教わったクレーム対応方法だよ。まずケーキとか甘い物を出して、相手をリラックスさせる。それから相手の言う事を否定しないで、自分の主張を通すんだ』


 前世の経験が役に立った。
 ベテラン社員から教わったのだけれど、昔はメールもスマホもなかったそうだ。だから直接会社に乗り込んで来て文句を言う人がいたらしい。


 そんな時は、まずお茶とお菓子を出す。
 すると文句を言いに来た人は『自分は大事にされている』と感じて少し機嫌を直し、さらに糖分が脳に補給されて怒りが緩和されるそうだ。


 そのタイミングでお詫びをしながら、相手の言い分を聞きながらこちらの主張を通すそうだ。


『大変申し訳ございません。お客様のおっしゃる通りですね。しかし、弊社ではカクカクシカジカ事情がございまして、何卒ご理解を賜りたく……』


 と言う感じで対応したそうだ。
 YES BUT法と言う話術らしい。


 モンスタークレーマー相手じゃダメだろうけど、普通の人が相手なら有効なテクニックだよな。
 ベテランは凄い。教えて貰っておいて良かった。


『なるほどねえ……でも、あれどうするの? 頑固そうだよ』


 香がそっと指さした先は、腕を組み、目をつぶった甘利虎泰だ。
 普段無口で淡々と仕事をする男だが、流れ者を受け入れる事には明確に反対していた。


「甘利虎泰。流れ者の女子供は、金山の方で働いてもらうから、男の方を道路工事で使ってくれないか?」


「……いやでござる。年寄りが多く力仕事に向き申さん」」


 ハッキリと断られた。
 甘利虎泰の言う通りで流れ者の中に若い男はいなかった。
 男は年寄りばかりで、あまり労働力にならないから追い出されたのだろう。


 俺の一芸『鑑定』で流れ者たちをチェックしてみたが、一芸持ちも見当たらなかった。
 人材としての価値は低い。


 まあ、それでも人は使いようだろう。
 流れ者の男性は年寄りだけど元農民だから体は丈夫そうだ。
 食事を与えた事で元気を取り戻しているので、細々した仕事は出来ると思う。


 俺はもう一度丁寧な口調で甘利虎泰に頼んでみた。


「確かに年寄りが多いが、現場で雑用位は出来るだろう。上手く使ってくれ」


「……いやでござる」


 頑固だ。
 腕を組み、目をつぶったまま小動こゆるぎもしない。


 うーむ。どうしよう。
 香のように感情に訴える説得はダメ。
 馬場信春に話したように、流れ者の実用性を訴えるのもダメ。


 じゃあ……物で動かしてみるか?


「流れ者の面倒を見てくれれば、今食べたアイスクリームをつけるが……どうだ?」


 甘利虎泰がカッと目を見開いた。
 腕を組んだままギョロギョロっと俺を見る。


 分かりやすい反応だな。
 この時代の人には、実利に訴えるのが手っ取り早いのかな。


「さっき食べたのはストロベリー味のアイスクリームだ。大そう気に入っていたな? もう一個……食べたくないか?」


「むむ! むうう……」


 あと一押しか!


「わかった。アイス二つ! 二つでどうだ!」


「しっかと! 承りました!」


 よし! 落ちた!
 アイス二つか、チョロいな!


 甘利虎泰はさっきと同じストロベリー味を希望した。
 隣の部屋へ行きネット通販『風林火山』で高級アイスクリームストロベリー味を二つ買って甘利虎泰に与えた。


 もの凄くご機嫌だよ。
 今まで見た事ない位ニッコニコ!
 隣に座る妖怪ジジイ小山田虎満おやまだ とらみつが『そんな事でどうする!』と甘利虎泰を叱っている。


 よし!
 会議の流れが変わって来たぞ!


 小山田虎満おやまだ とらみつが甘利虎泰への説教を止めて俺へ問い質す。


「ふう。御屋形様は、是が非でも流れ者を受け入れたい様ですな……何故です?」


 全員の目が俺に注がれる。
 ここは大事だな……。


 大きな目標をアピールする方向で説得してみよう。


「俺はみんなに考え方を変えて欲しいのだ」


「考え方……ですと?」


 小山田虎満おやまだ とらみつは、わからないと首をひねった。


「そうだ。これまでは干ばつ対策や金山開発、内政に注力して来た。武田家の領内や甲斐国の事だけ考えていれば良かった。だが……」


「だが?」


「だが、来年からは今川攻めだ。今川家の領地を切り取れば、そこの領民は他家の者……。みんなが言うところの『よそ者』だ。よそ者だからと言って、切り取った領地の民をないがしろには出来ないだろう?」


「むう……それはそうですな。働いて貰って税を納めて貰わねば」


 小山田虎満おやまだ とらみつは渋々と言った感じで俺に同意し、他の幹部たちも肯いている。


「流れ者を保護するのは、流れ者を労働力として活用したいからだ。金山、道路、治水……やる事は山ほどある。人手はあるだけ欲しい。小山田虎満おやまだ とらみつが補修している本栖城だって、人手が必要だろう?」


「それはそうですが……我ら甲斐国の者としては少々不満が残りますな……。御屋形様が我らより流れ者を大事にされているように感じますぞ」


「いや、そんな事はないよ。甲斐国の者をないがしろにするわけじゃない。お前たちの事は、常に大切に思っている。ただな。これから武田家の領地を広げて行った時に、上に立つのはお前たちだ。だから、よその国の者であっても上手く使って欲しい」


「なるほど……」


 幹部たちは腕を組み天井を見上げたりして色々考えているようだ。
 どうだろう? 幹部たちの反応はイマイチ良くない。
 理屈ではわかるけれど、感情が受け入れないかな?


 俺はしばらく黙って、幹部たちに俺の言葉がしみ込むのを待った。
 幹部たちは黙っていたが、やがて小山田虎満おやまだ とらみつが発言した。


「御屋形様のお考えはわかり申した……。ただ、我ら甲斐国の者としては……うーん……なかなか受け入れ難い……そこで御屋形様にお願いがござる」


「聞こう」


「御屋形様が我ら甲斐国の者を大事に思っているあかしが欲しいですな」


「証し?」


 何だろう?
 何か欲しいのかな?
 アイス?


「御屋形様にお願いしたい事は三つござる。一つはチェーンソーやパワーショベルをこちらにも回して頂きたい。機密なのでしょうが……我らを信じるならば、便利な道具はこちらにも回して欲しいですな」


 なるほどなあ。
 チェーンソーは飯富虎昌隊に、パワーショベルは馬場信春に貸し出している。
 別に信用順に貸し出している訳ではないのだが、誤解されていたのか。


「わかった。割り振った仕事に応じチェーンソーやパワーショベルを貸し出そう」


 金がキツイ……。
 けれども道路工事や本栖城の工事が加速するなら投資として悪くない。
 何よりこれで幹部たちの信用が買えるならお買い得だろう。


「ありがとうございます。二つ目は我らにお役を頂戴したい」


「お役? 役職の事か? 家老とか?」


「左様でございます」


 これも問題ないな。
 幹部連中にはいずれ役職を付けるつもりだった。
 良い機会だから組織化をしてしまおう。


「わかった。それも良いだろう」


「ありがとうございます。三つ目は……」


 小山田虎満おやまだ とらみつはチラリと香の方を見た。


「三つ目は婚姻……甲斐国の者を側室に入れて欲しゅうございます」


「……」


 そう来たか!
 側室……ロマン溢れる響きだ……。
 しかし、隣に座る香を見るのが怖い。


「そ、それは……」


 しまった! 声が上ずった!


「えー! オホン! それは誰の娘を俺の側室にするのだ?」


「誰でも構いませぬ。恐れながら香様は、みやこの方でございますからな。御屋形様の側に甲斐国の者を置いて頂きたいのです。そうすれば我らとしても安心です。御屋形様も……、嫌じゃないでしょう?」


 小山田虎満おやまだ とらみつ……。
 ズケズケと踏み込んだ事を……。
 嫌ではない……嫌ではないが……。
 隣の香が怖い。


 この時代では奥さんが複数いるのは、普通の事だろうけど俺達は中身が現代人なんだよ!
 小山田虎満おやまだ とらみつ! 俺にどうしろと!


 俺が腕を組み、目をつぶり困り果てていると、板垣さんが発言した。


「ふーむ。小山田殿の発案は悪くないですな。でしたら、河内の穴山家か郡内の小山田家から側室をお迎え下さい」


 河内の穴山家も郡内の小山田家も甲斐国も有力国人だ。
 面会希望の使者を出しているが、良い返事を貰えていない。
 それどころか今川家からの使いが出入りしている。
 確かに婚姻で両家との絆を固くしておく事は悪くない。


 けどなあ。
 香さんが何と言うか……。


 だが、俺の気持ちなどお構いなしに話は進んで行く。
 他の幹部連中も俺が甲斐国の中から側室を取る事に大賛成している。


 しばらくして板垣さんが話をまとめた。


「それでは河内の穴山家か、郡内の小山田家から側室を迎えると言う事で……。御屋形様。よろしいですか?」


「あ……はい……」


 俺は遠い目をして答えた。
 後で香と話し合わなくちゃなあ……。


 なぜ、そうなった!
 流れ者を受け入れろと説得していただけなのに!




 リンリン! リンリン! リンリン!




 躑躅ヶ崎館の外からマウテンバイク隊の鈴の音が聞こえて来た。
 伝令だ。何かあったのか?


『ご注進! ご注進!』


 マウテンバイク隊隊員の声が聞こえた。
 マウテンバイク隊は早馬の代わりだ。
 鈴を鳴らし『ご注進!』と叫んでいると言う事は、何か急ぎの事態だ。


 幹部会議に緊張が走る。


 しばらくして廊下から若い侍が書状を持って現れた。


「失礼いたします! 富田郷左衛門様に急ぎの密書が届きました!」


 富田郷左衛門が書状を開くとサッと顔色が変わった。
 不味い報せだな……。


「御屋形様! こちらの書状を!」


 富田郷左衛門が差し出した書状を一瞥して俺は震えた。
 ゆっくりと深呼吸をして、もう一度書状に目を落とす。


 そこには、こう書かれていた。


『今川家に不穏な動きあり。武田家へ出陣の気配あり』

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