異世界トレイン ~通勤電車が未知の世界に転移した!2500人の乗客と異世界サバイバル~

武蔵野純平

第15話 町を探して探索の旅5~魔王?

 ■異世界転移十日目、拠点を出発して八日目


 ――翌日。


 目を覚ますと、もう、昼近くだった。
 リク、柴山さん、マリンさん、三人も俺と同じでゆっくり寝ていたらしい。


 食堂らしき部屋のキッチンを使って、グレートホーンディアのステーキを焼く。


「この道具便利だな」


「見た目はガスコンロに似てますよね。魔法のコンロ?」


「魔力を燃料にしているのですから、魔力コンロですかね」


 リク、マリンさん、柴山さんが、リクが料理する横でコンロについて色々話している。


 ここの設備は魔力があれば、利用出来る。
 部屋にあった風呂に魔力を流し込めば、お湯が出てきた。
 ここのコンロも同じで、魔力を流し込めばガスキッチンのように火が出る。


 照明も同じで、スイッチらしき壁の器具に魔力を流し込めば、天井全体が発光して太陽光に似た光が部屋に降り注ぐ。


 俺たちは、遅めの朝食を食べながら、マリンさんと雑談をする。


「昨日はぐっすり眠れたよ」


「ホントですね! やっぱりお風呂に入るとリラックス出来ますね」


「あんなに布団がありがたいと思ったことはないよ」


 柴山さんとリクも会話に加わって、現代日本と同レベルの生活環境があるこの神殿に四人で感謝した。
 俺はふと思いだしたことを聞いた。


「柴山さん。本を熱心に読んでいたけれど、何かわかった?」


 柴山さんは眼鏡をクイッとしてから、真剣な表情で答えた。


「ここに住んでいた人の日記がありましたよ。かなり色々なことがわかりました」


「「「おお~!」」」


 柴山さんは、何から話そうかと考えているように見えた。
 俺たち三人は、柴山さんの言葉を待った。
 やがて、柴山さんはアイテムボックスから日記を取り出し、机に広げてから話を始めた。


「この日記を書いた人物は、我々の世界で言うところの技術者のようです。ここは非常に重要な施設で、欠員補充のために派遣されたそうです」


「派遣された?」


「元々は違う場所で働いていたみたいですね。家族を残して単身赴任みたいで、家族への愛情がこもった言葉が沢山書かれています」


「単身赴任か……。どこも世知辛いね」


 俺は、名前も知らない日記の主に、ちょっと同情した。


 リクが身を乗り出して柴山さんに質問する。


「それで、ここから人がいなくなった原因は書いてあったのか?」


 リクの質問は俺も気になる。
 マリンさんも身を乗り出して柴山さんの答えを待った。


「残念ながら書いてありません。これを見てください」


 柴山さんが机の上で開いた日記のページをドンドンめくる。


「ここです! いきなり白紙になります!」


 なるほど。
 白紙になる前のページを見ると、普通に仕事のことや家族に会いたいといったことが書いてある。


「何で急に白紙なんだろう? 前のページの段階では、普通に仕事してるね」


「あくまで僕の推測ですが、急にここから避難する事態が発生したのだと思います」


「急に避難する事態……? 火事とか?」


「そうですね。台風などの天災や強力な魔物が接近して来たなども考えられます」


 それまで黙って聞いていたリクが、渋い顔をして柴山さんに疑問を呈した。


「だが、この建物に壊れた箇所は無かったぜ。火事、天災、魔物襲撃は違ってそうだな……」


「ええ、その通りです。僕も『なぜ急に避難したのか?』原因はわかりません。ただ、関係ありそうなキーワードが一つ……これです!」


 柴山さんは、ページをめくると一つの言葉を指さした。
 指さした言葉は、ジックザハラットだ。


「ジックザハラット? 何のことだ?」


「わかりませんが、この日記に何度も出てきます。日記を書いた人はジックザハラットを恐れています。『ジックザハラットが間もなく来る』とか、『ジックザハラットが恐ろしい』とか……」


 俺、リク、マリンさんは、考え込んでしまった。
 日記の主がジックザハラットを怖がっていたのはわかった。
 だが、何なのだろう?


 考え事をしていたら頭が痛くなってきた。


 俺が頭から湯気を噴き出しそうになった頃、リクがつぶやき始めた。


「磁気嵐とか……。あるいは、俺たちの世界にない天災とか……。例えば、魔力が不安定になる現象があって、それがジックザハラット……。なのか……?」


「リクさんのおっしゃる可能性はあります。僕は、ジックザハラットは固有名詞だと思います。ここを見てください」


 柴山さんがページをめくって、文中を指さす。
 どういうわけか、何が書いてあるのかまったくわからない単語がある。


「僕たちは、この世界の言葉がわかりません。あくまで『異世界言語』のギフトがあるから、この世界の言葉で書かれた日記を読むことが可能です。でも、所々読めない箇所があります。どうやら僕らの概念にない単語、つまり、日本語への翻訳が難しい単語はこのように僕らが読めなくなってしまうのです」


「なるほどな……。だからジックザハラットは固有名詞か……。なら、国の名前とか、敵国の将軍の名前とか……。ジックザハラットという国と戦争になりそうだから焦っていたとか……」


「リクさんの予想は僕も考えました。ただ、この日記には勇者についても記述があるのです。『勇者を呼んでジックザハラットに対抗する』とか。『勇者を呼ぶには魔力が不足している』とか。その記述から考えると、ジックザハラットとは勇者の敵……。即ち魔王ではないかと……」


「「「魔王!」」」


 俺、リク、マリンさんの声が重なった。
 俺は戦ってきた魔物を思い出す。
 どれも巨大で強力だった。


 あんな魔物の親玉がいるのかと思うと危機感を覚える。


「魔王がいるのか……」


 俺のつぶやきに柴山さんが、慌てて手を振る。


「いえ! あくまで僕の推測で、この日記の時点では、ジックザハラットなる危険な人物が存在していたのではないかと。それを仮に魔王と呼んだだけですから。真実はわかりません」


 マンガみたいな話だ。
 だが、グレートホーンディアやグレートダイアウルフのような魔物がいる世界だ。
 魔王もいるかもしれない。


「魔王討伐の為に勇者を呼ぶとか鉄板だな。いるのか? 魔王?」


「魔王がカワイイ女の子で、勇者と仲良くなるのに十円かけるね」


「じゃあ、スライムが魔王で、竜の姫にボコボコにされるのに十ジンバブエドル」


「オマエら真面目にやれよ!」


 俺とマリンさんが軽い冗談を言い合うと、リクが目くじらを立てた。
 リクは真面目に柴山さんの見解に対して意見を言う。


「魔王がいると仮定した方がよくないか? 魔王がどんな存在かはわからないが……。日記の主によれば、危険な存在なのだろう? 危険な魔王が急にやってきたので、ここの住人は急いで避難した。それなら、この状況の説明がつく!」


「ええ。ですが、この日記がいつ書かれたのかが不明です」


「倉庫にあった食料のコンディションを見ると……、一月以内だと思うが……」


「僕も同意します。僕たちが泊まった個室にはホコリがほとんどありませんでした。経年劣化で壊れた家具や道具もありませんでしたし……」


「オイオイオイ! じゃあ、危険な魔王ジックザハラットが近くにいるってことか!?」


 リクの額から一筋汗が流れた。


「ミッツ! すぐに出よう!」


「えっ? ああ、ヤバイのか?」


「ノンビリするな! 行くぞ!」


 俺は何か違和感を覚えたが、いつも冷静なリクがあせっているので、とりあえず従うことにした。


 倉庫や個室を回って、片端から物品をアイテムボックスに回収する。


「ミッツ! 何やってるんだ!」


「使えそうな物を回収している」


「そんなことやっている場合じゃないだろう!」


「待ってくれ! 俺はリクたちの話が変だと思ってるんだ――」


「話は後で聞く! 今は、逃げる!」


 だめだ。
 俺は何か変だと思ったのだが、リクは聞く耳を持たない。


「わかったよ……」


 俺は物資の回収を中断して、発見した神殿を後にした。

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