異世界トレイン ~通勤電車が未知の世界に転移した!2500人の乗客と異世界サバイバル~

武蔵野純平

第5話 二千五百人

 昼メシか!
 ポケットからスマホを取り出すと、時間は十一時だ。
 どうりで腹が減るわけだ。


 リクのスキル『解体』は、『アイテムボックス』と組み合わせることが出来るそうだ。
 先ほどアイテムボックスに収納した巨大な鹿は、アイテムボックスの中で解体され、肉、毛皮、角などに分けられている。


「メチャクチャ便利なスキルだな!」


「だろ? けど、料理までは出来ないからな……。ここからは人力で料理しないと」


「それなら、私に料理させてもらえませんか?」


 年輩で体格の良い男性が、声をかけてきた。
 見たことのある顔だ。
 同じ車両で顔を合わせたことがある。
 男性は、津田と名乗った。


「私は調理師免許を持っています。社員食堂で働いているのですが……。ジョブが……料理関係みたいで……」


「料理系のジョブ? よろしければ、教えてもらえますか?」


「鋼鉄の料理人です……」


「「「「「ブッ!」」」」」


 近くにいた何人かが吹き出した。
 鋼鉄の料理人こと津田さんは苦笑しながら続ける。


「いや、私も自分のジョブを見た時は笑ってしまいましたよ。昔のテレビ番組『料○の鉄人』と『鋼の錬○術師』がごっちゃになってるみたいで」


 笑ってはいけない。
 しかし、何か色々混ざっているジョブだ。


 俺は周りのみんなを眺めてから、津田さんにお願いした。


「じゃあ、お料理は津田さんにお願いします」


「はい。引き受けました。それで、どなたかナイフをお持ちではないですか? 出来れば包丁が良いのです。調理器具が何もないのです」


 いかな鋼鉄の料理人でも、素手では何も出来ない。
 だが、心配は無用だった。
 次々と手が上がった。


「私は金属加工のスキルがありますから、壊れた電車のパーツを材料にして、包丁と料理用の鉄板を作りましょう」


「私はスキル『木工』があるから、木でお皿やコップを作りますよ」


 意外と何とかなりそうだ。
 リクは、鋼鉄の料理人津田さんと打ち合わせて、石を積みカマドを作り始めた。


 木工スキル持ちの人は美大生で黒髪ロングの女性だ。
 俺に木が欲しいと相談してきた。


「さっきミッツさんが、魔法か何かで木を倒したでしょう?」


「アイテムボックスに入ってるよ」


「その木を材料にして良い?」


「もちろん!」


 マリンさんが声を上げる。


「私、水の魔法が使えるので、飲み水を提供できます」


 続いてスーツ姿の男性が声を上げる。


「火が必要なら、私が対応出来そうです。火魔法のスキルを持っています」


 俺の周りで協力の輪が出来上がった。
 それぞれ自分が出来ることを探し、声を掛け合い昼食の準備をしていく。


「えーと……俺は……」


 俺が何をすればよいのかわからなくなると、リク、マリンさん、柴山さんが、俺を無理矢理座らせた。


「ミッツは休んでろ。そこに座って、メシが出来るのを待ってれば良い」


「そうそう。ミッツさんは、戦闘をしたでしょ? もう一仕事しましたよ!」


「後は、周りに任せましょう。怪我をしていましたし。休むのも仕事ですよ」


 それもそうかと、俺はお言葉に甘えて座って待つことにした。
 自然に出来た俺のグループは三十人ほどだ。
 同じ車両に乗っていた社会人や大学生で、良い雰囲気で昼食の準備をしている。


 火を起こして肉を焼き出すと、匂いに釣られて人が集まってきた。


「あの、すいません。ミッツさんですか?」


 俺に声を掛けてきたのは、鉄道会社の制服を着た男性二人だ。
 若い人が運転手で斉藤さん、四十才くらいの人が車掌で町田さんと自己紹介された。


 車掌の町田さんが、食事を他の乗客に分けてくれと言う。


「お料理をされている方にお願いしたら、ミッツさんのお肉だと伺いまして……」


「そうですね。鹿を倒したのは俺です」


「では、ぜひ、お食事を分けて下さい! 我々も想定外の事態で、会社に連絡が取れません……。他の乗客から、お腹が空いたと苦情が出ておりまして……」


「ああ、なるほど」


 突然、異世界に転移してしまったのだ。
 家族や会社と連絡も取れない。
 そして、どこかわからない森の中だ。
 そりゃ文句も言いたくなるだろう。


 しかし、運転手さんと車掌さんに責任はないと思う。
 鉄道会社が、『通勤電車が異世界に転移する可能性』を予測するのは、無理だろう。


 とはいえ、立場上、二人は乗客の面倒をみなくてはならない。
 俺は運転手の斉藤さんと車掌の町田さんが気の毒に思えた。


「そうですね。分けても良いと――」


「ちょっと待って下さい!」


 俺は二人に許可を出そうとしたが、柴山さんが慌てて俺を止めた。
 柴山さんは、運転手の斉藤さんと車掌の町田さんに向き合う。


「この肉は、ミッツさんが狩り、リクさんが解体し、津田さんが料理しています。他にも包丁や鉄板をスキルで作った人、木皿やコップを木材加工のスキルで作った人、飲料水を水魔法で提供する人などなど、みんなで協力しているのです」


「なるほど……それは……分かります」


 車掌の町田さんが、柴山さんの話に深くうなずく。
 柴山さんは、眼鏡をクイッとすると


「であれば、食事を無償で提供しろというのは、図々しいのではありませんか?」


「おっしゃるとおりだと思います。しかし、今は非常事態ですから、ご理解とご協力をお願いしたいのです」


「非常事態だからこそです! こんな森の中では、食料の確保は容易ではないでしょう。で、あれば、自分たちの食料を確保しておきたいと思うのは当然です! 無償で食料を分けろと言われるのは納得出来ません!」


 柴山さんの言葉に、何人かがうなずいている。
 だが、周りで様子を見ていた顔を知らない乗客たちは、不満を口にしだした。


「俺たちにも分けろよ!」
「そうよ! 私たちだってお腹が空いているのよ!」
「困った時はお互い様だろ!」


「なら、ご自分で肉をとってくれば良いでしょう! 戦闘スキルをお持ちの方は、ミッツさん以外にもいますよね?」


「戦闘って……」
「私はただのサラリーマンだよ。無茶言わないでくれ!」
「そうだ! そうだ! メシを食わせろ!」


 柴山さんが反論したが、あちこちから俺たちを非難する声が上がった。
 不味いな……。
 俺たちを非難している人の数が多い……。


 俺たちが対応に困っていると、それまで黙っていた運転手の斉藤さんが口を開いた。


「あの……私は怪我をしていたのですが、学生さんに助けていただいて……」


 斉藤さんによると、俺たちが乗っていた電車は、転移した瞬間に森の中に突っ込んだそうだ。
 森の中の木を次々と倒して停車したので、先頭車両では怪我人が多数出た。


 運転手の斉藤さんも大怪我をしたらしい。
 斉藤さんの制服をよく見ると、血の跡と思えるシミが沢山ついている。


「壊れた車両の中で動けなくなっていたのですが、勇者の高校生たちが外に運び出してくれて、聖女の高校生たちが魔法で傷を治してくれたのです」


 そんなことがあったのか……。
 偉いな! 高校生!


 一方で、俺は自分のスキルやステータスのことで頭が一杯だった。
 乗っていたのが後ろの車両だったので、斉藤さんたちが怪我をしていたことに気が付かなかったのだ。
 俺は斉藤さんに詫びた。


「すいません。救助活動のお手伝いをした方がよかったですね」


「いえ。全員無事なので、問題はないです。手は足りていました。私が言いたいのは、食事のお手伝いはしていなくても、人助けをしていた方もいます。ですので、助け合いということで、ご飯を分けてもらえないかと」


「そういうことなら……。柴山さん、どう?」


「ううむ……。僕たちの知らないところで、そんな救助活動があったとは……。それなら食事を分けて良いと思います。相互扶助なら、異議はありません」


「「ありがとうございます!」」


 運転手の斉藤さんと車掌の町田さんは、ホッとしたのだろう。
 大きく息を吐いた。


「それで、乗客は何人くらいいるのでしょうか?」


「正確には数えていませんが、恐らく二千五百人程度はいると……」


 二千五百人!
 俺は人数を聞いて、すぐに立ち上がった。


「リク! 行くぞ!」


「オイオイ! ミッツ! 行くって?」


「食料調達だよ! とても足りないだろう! もう、一体狩ってこよう。柴山さんは、調理スキルを持っている人を探して! マリンさんは、水魔法を使える人を探して! 運転手さんや車掌さんにも協力してもらってね!」


「了解です! これだけ人がいるのだから、誰かしらいるだろう」


「私も了解!」


 俺とリクは、大急ぎで獲物を探しに出かけた。
 幸いなことに、この神殿から少し離れると化け物鹿が沢山いたので、俺たちは大量の肉を持ち帰ることに成功した。


 乗客は肉だけだが、昼食、夕食を食べられた。


 ――そして、夜が来た。

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